2.10.今日は……なにもしない日。
「…………むぅ」
ユウは、布団の中で寝返りを打った。
時刻は、もう午前10時を過ぎている。
宿の食堂から、パンを焼く匂いがかすかに漂ってきていた。
それでも、彼は起きなかった。
(……今日は、もういいだろ)
(魔法も、検証も、何もかも)
昨日までの疲労が、一気にのしかかっている。
身体も、心も、ちょっとだけ“動きたくない”と言っていた。
ユウは、ごそごそと布団にくるまり、枕に顔をうずめる。
「…………っ、ふわっ……ん……」
思わず出てしまう、くしゃみとあくびの混ざった音。
まるで子どもみたいなその声に、本人も思わず小さく笑ってしまった。
(こんな日があっても……いいよな)
(世界は、俺が1日くらい動かなくても、壊れない)
昼過ぎになって、ようやく体を起こしたユウは、
窓を開けて風を感じてから、ベッドに逆戻りした。
本棚から適当に引っ張り出した読みかけの小説を手に、
ごろりと横になりながら、ページをめくる。
「あ〜、このキャラ……なんで毎回ピンチになるんだ……」
「しかも、ヒロインに助けられる流れ、三回目なんだけど……」
そんなことをつぶやきながら、ページをめくる。
何も考えずに、ただ文字を追う時間。
夕方になって、さすがにお腹が空いてきた。
ユウは、宿の女将さんに声をかけ、パンとスープをテイクアウトで受け取り、
部屋に持ち帰って、また布団の上で食べる。
「……うん、あったかい。美味しい……」
誰とも話さず、何も進まない1日。
でも、それが不思議と心地よかった。
明日になれば、また色々動き出す。
だけど、今日だけは。
ほんの少し、心を緩める日。
それもまた、旅の一部だ。
「おやすみ、今日の俺」
布団にもぐりこんだユウは、何の夢も見ずにぐっすりと眠った。