2.9.消える自分、現れる他人
林の奥、木々の隙間から差し込む光が揺れている。
ユウは、そこにしゃがみ込み、深く息を吐いた。
今日のテーマは、擬装魔印。
魂認証や魔力署名といった“本人しか持ち得ない情報”を一時的に偽装する――超高等魔法。
「……これは、使うたびに、自分の輪郭が少し削られる感覚がある」
だからこそ、慎重に試さなければならなかった。
一度崩れれば、戻れなくなるかもしれない。
■1日目:魔力署名の擬装
ユウは、まず登録カードに触れたときの“署名反応”を思い出す。
その魔力の波長と特性を一時的に“偽装”して書き換えることが、今回の課題だった。
「擬装魔印・署名偽装――開始」
魔力の流れが乱れ、空気がピリッと張り詰める。
手のひらに浮かぶ魔方陣の形状が、いつもの擬装魔法とはまるで違う。
波形を崩し、編み直し、他人の署名情報を疑似構築――
成功。だが、その瞬間、頭の奥に鋭いノイズのような痛みが走った。
「っ……く……」
ユウは、額を押さえてうずくまる。
意識の奥に、“何か”が軋む音が聞こえた気がした。
魔力の再編は成功していたが、それは精神の根幹を揺さぶる負荷だった。
■2〜3日目:魂紋の擬装試験
「擬装魔印・魂識変換――」
ユウは、持ち込んだ擬似魂紋記録装置を用いて、実験を行う。
魂に紐づく魔力のリズム、気配、波動――
それらを丸ごと、別の存在として“構成し直す”。
けれど、失敗も多かった。
擬装に成功しても、“自分である”という感覚が一瞬消えることがあった。
鏡に映る他人の姿。
他人の声を持った自分。
魔力も、気配も、名前すらも――ユウではない“誰か”だった。
「……っ、俺は……ユウ……だよな?」
一瞬、鏡に映る顔が笑った気がした。
でも、その表情はユウのものじゃなかった。
■4日目:コンボ確認《擬装魔法 × 擬装魔印》
ユウは、深く集中しながら魔力を展開する。
「擬装魔法・全身構成――」
「擬装魔印・魂紋同調――」
空気がきしみ、魔力の波が螺旋を描く。
姿、声、気配、魂紋、魔力署名――
そのすべてが、完璧に“他人”として構成された。
少年でも、青年でも、女性でもない。
中年の魔導師風の姿に、深い声と落ち着いた口調。
魔力量は抑えめ、属性傾向は風と無のミックス。
波形も完璧に別人。
――ユウは、そこに“いなかった”。
「……このまま暮らせって言われたら、案外、できそうな気がする」
けれど、それは“怖さ”でもあった。
(これを使うたびに、本当の自分が、少しずつ削れていく気がする)
擬装を解除すると、ユウはどっと座り込んだ。
呼吸が荒く、手が震えている。
「限界……ギリギリ、ってところか……」
それでも、その瞳には、確かな強さが宿っていた。
「この力は――絶対に、必要になる」
そう確信しながら、ユウは静かに林を後にした。