ワンマンショー
体育館の空気が完全に黄色組に不利に傾いていたが、白根レンジの闘志はまったく萎んでいなかった。
彼の視線は森啓太がボールを運ぶ姿に釘付けだった。森は冷静に、主導権を握っていた。
森はレンジを一瞥し、口元に薄い笑みを浮かべて小さく呟いた。
「いい目だね……。
そういう目をしてなきゃ、面白くねえよな。
さて……どこまで食らいつけるか、見せてもらおうか。」
ベンチの瞬は拳を握りしめ、固く見つめていた。
(レンジ、頼むから一回だけ止めてくれ。
無茶な頼みだってわかってるけど……今は、お前が必要なんだ)
森が片手を上げ、味方にフロアを広げるサインを出した。
赤組の選手たちは即座に広がり、スペースを作った。
山田はそれを見て目を見開いた。
(これは……)
瞬は心の中で言葉を継いだ。
(アイソレーションか……レンジ、ごめん。
これ以上は何も頼めないよ)
観客席の学生の一人が首をかしげた。
「アイソ? 何それ? みんなただ突っ立ってるだけじゃん」
隣の友達が静かに説明した。
「アイソレーションの略。
相手の一人を完全に孤立させて、1対1で勝負するってやつ。
みんながスペース空けて、一人に任せるんだよ」
「でも5対5じゃん。どうやって?」
「すぐわかるよ」
葉山は走りながら小さく口笛を吹いた。
「おいおい……森、あのバカ……本当に一人でやる気か?」
工藤は小さく笑った。
「懐かしいな。入部したての頃の森そのまんまだ。
でも今回も最後まで持つかどうか……見ものだぜ」
石橋は少し眉を寄せた。
(珍しいな、森が今さらアイソコールするなんて。
何か見落としてるのか?)
中村は黙って見守り、好奇心がわずかに光っていた。
レンジは構えを固め、森を睨みつけた。
(この感覚は何だ……? コートがやけに広く感じる……待て、みんなどこ行った?)
森の攻撃がレンジを現実に引き戻した。
(しまった! 今は考える時じゃねえ!)
森はゆっくりとしたドリブルでレンジを試した。
レンジは足を滑らせ、すべての動きに合わせて対応した。
初めて、森の攻撃を正面から受け止め続けた。
森が片眉を上げた。
「おっ、だいぶ慣れてきたじゃん。
速いな、レンジ」
レンジは歯を食いしばった。
(ただ運良く当たっただけ……一回外したら終わりだ)
森は薄く微笑んだ。
「じゃあ、これならどうだ?」
大きくヘジテーションを入れてレンジを片側に誘い、レンジがコミットした瞬間、ボールを強引に反対方向へクロスオーバーさせた。
レンジは一瞬硬直した。
(何だよこれ……!? なんで俺、間違った側にいるんだ!?)
黄色組のディフェンスは反射的にローテーションし、森を止めようとヘルプした。
だがその瞬間、残りの四人が完全にフリーになった。
森は迷わずパスを放った。
コーナーの葉山へ、綺麗に通る。
葉山はキャッチしてニヤリと笑った。
「おお、結局一人でやる気じゃなかったのか?
でもナイスパスだな。
久々にこんなオープンなシュートもらったわ」
森は走り戻りながら小さく笑った。
「褒めてんのか? 貶してんのか?」
葉山は軽く跳び上がり、三点をスムーズに沈めた。
4–7。赤組リード。
観客席の学生はぽつりと呟いた。
「……そっか。そういうことか。
誰かがヘルプしたら、誰かが空くんだな。
だから1対1になるんだ……」
友達がニヤリと頷いた。
「言ったろ? すぐわかるって」
瞬は鋭く息を吐いた。
(これはまずい……森先輩に完全に割られてる)
森はレンジの横を通り過ぎ、低い声でからかった。
「アレン・アイバーソンって知ってるか、レンジ?」
レンジは一瞬目を丸くした。
「アイバーソン……?」
森は小さく笑った。
「まぁ、そうだよな。
後で俺の古いミックステープ貸してやるよ。
役に立つかもな」
試合は続いた。
黄色組はリズムを掴めなかった。
ピックアンドロールはすでに読まれていた。
森は得点、アシスト、ゲームメイク——すべてを支配した。
スコアは一方的に開いていく。4–13。赤組は止まらない。
フルコートプレッシャーに切り替えた。
黄色組のインバウンドは混乱した。
絶望の中で、レンジが高くロブを要求した。
西田は迷わず投げた。
レンジは跳び上がり、ボールを確保。プレスを突破した。
コートを見上げ、ボールを握った。
毎朝と毎晩、近所のいつものジョギングコースでボールをドリブルしながら走った数週間が脳裏をよぎった。
コンクリートに響く一定のリズム、足音とボールの音が重なる感覚。
派手な技じゃない。ただ淡々と続けただけ。
でも、それが積み重なっていた。
(バスケで何かできないなら……みんなをこれ以上失望させられない)
レンジはドリブルを始めた。最初はぎこちなく、徐々に安定した。
ハーフコートを越えていく。
工藤がマークにつき、驚きの声を上げた。
「マジかよ……あいつ、ドリブルしてるぞ?」
レンジのハンドリングはまだ粗削りだった——数週間の練習の成果がようやく出ているだけ。
派手さはない。
なのに、コートにいる全員の目には、まるで何ヶ月もバスケをやってきた選手のように映った。
瞬は目を見開いた。
(あんなに速く上達するなんて……?
レンジ、なんで何も言わなかったんだ……)
森、葉山、石橋、中村——全員が小さく、知ったような笑みを浮かべていた。
レンジは無事にハーフを越え、コートを見渡した。
(できる。
いや、やらなきゃ。
今まで積み上げてきたバスケのすべてを……使ってみせる。
もう、みんなを失望させない)
体育館が息を呑んだ。
アンダードッグがボールを握った。
そして初めて、本気で戦う準備が整った。




