龍鳳の盲点
体育館に、スニーカーの軋む音とボールの跳ねる音が響いていた。
スコアは4-4でタイ。だが、コート上の緊張感はスコアボード以上に張り詰めていた。
一つ一つの動きが重要で、一本のパスが勝負を分けるかもしれない。
田中瞬はベンチからそのプレーをすべて見ていたが、驚いた様子はなかった。
彼は森がボールを持てば何をしてくるか熟知していた。
どんな調整をしても、代償を免れないことも理解していた。
(レンジ、がんばれ。お前だけが頼りだ。森先輩を止められるなら、相手の最大の脅威を一つ封じられるかもしれない)
山田海斗は気持ちを切り替え、コートをドリブルで上がってきた。
「気にするな、みんな。まだ4-4だ。取り返そう」
みんなが頷き、集中を取り戻した。
森のシュートの余韻はすぐに消え、チームは広がった。
佐藤陸は中村陸にぴったりマークされ、スペースを作るために必死だった。
(何かしなきゃ……でも中村先輩は隙をくれない。どうやって振り切ればいいんだ?)
スクリーンを回り、リムに向かってカットする——だが、何も起こらない。
エントリーパスはすべて潰された。
(くそ……離れねえ……)
ショットクロックが容赦なく減っていく。
黄色組は開いたスペースを探したが、赤組の守りは鉄壁だった。
ベンチから瞬の声が鋭く響いた。
「斎藤先輩に!」
山田は迷わずパスを左ウィングの斎藤へ。
守っているのは葉山翔吾。
赤組の選手たちが一瞬視線を交わし、表情が引き締まった。
あのプレーを待っていたかのように。
瞬が再び叫ぶ。
「斎藤先輩、いけ!」
斎藤はボールを握り、ふっと肩の力が抜けたような感覚に包まれた。
(この感覚は何だ? バスケットにアタックできる気がする……なんでこんなに楽なんだ?)
中島がショットクロックを10秒と合図した。
(よくわからないけど……いいコールだ、瞬。任せろ)
斎藤は葉山を前に構え、ドライブを仕掛けた。
だが瞬の勘が警鐘を鳴らした。
(待て……なんかおかしい)
斎藤がキーを越えた瞬間、赤組のディフェンスが一斉に動いた。
ダブルチームが完璧に落ち、息つく隙も与えない。
まるで何ヶ月も練習してきたような連携だった。
瞬が叫ぶ。
「待て、斎藤先輩! トラップだ!」
遅かった。
斎藤はドリブルを止めざるを得なかった。
(くそ……どうすればいい? 味方が見えねえ……)
残り5秒……まだトラップの中……1、0……ホイッスル。
24秒バイオレーション。
中村が薄く笑った。
「悪くないアイデアだ。でも、俺たちはとっくにそれを読んでた。最悪のシナリオにも対策は用意してある」
斎藤の脳裏に記憶がよぎった。
一年前、練習後――
中村が最初に口を開いた。
「先輩たちが抜けた今、俺たちだけで勝つ方法を考えないと」
工藤大知がうめいた。
「来年また極円や神聖と当たるだろうよ。このままじゃ、まだ勝てねえと思う」
石橋春樹がため息をついた。
「嫌だけど言うしかない。俺たち、サイズが小さい。背の高い一年生が入ってくれないと、ミスマッチをカバーしきれねえ」
工藤が珍しく冗談を飛ばした。
「じゃあ、お前と葉山は今から牛乳ガブ飲みしろよ」
一瞬、みんなが嫌悪の視線を向けた。
葉山が即座に返した。
「工藤先輩、ちなみに前回の練習試合、俺のほうが点取ってましたよ?」
中村が冷静に切り込む。
「でも、失点はどれだけだった?」
空気が一気に重くなった。
葉山はぐっと言葉を飲み込み、拳を握った。
森啓太が横から入った。
「それは仕方ねえよ。できないことにこだわるより、できることに集中したほうがいい」
斎藤と山田は内心でホッとした。
(ナイスフォロー、森)
それから、彼らはミスマッチを突かれたときの守備の型を徹底的に練習した。
――今――
斎藤はすべてを理解した。
瞬はミスマッチを見抜いてコールしたんだ。
斎藤はいつもフォワードで、背の高い相手に守られてきた。
今日シューティングガードで、葉山という短い相手に当たったことで、初めて優位を感じた……それこそが相手の罠だった。
葉山は走り戻りながら、ニヤリと笑って言った。
「よお、春人。今はトラップしたけど、次は一対一で止められると思わないでくれよ。このチームのアキレス腱でいるのはもう嫌なんだ」
斎藤は葉山を一瞥し、少し気圧されたような視線を向けた。
工藤が葉山と並んで走り戻る。
「お前、助けてもらったな」
葉山は聞こえないふりをした。
「ん? 先輩、何か言った? 聞こえなかった」
一方、瞬は眉をひそめた。
(予想外だった。あそこで読まれてたか。でも、最大の問題はまだ残ってる。森先輩を止めないと)
白根レンジは、再び森と向き合い、構えを固めた。
(止めなきゃ)
練習試合は続いた。
体育館の空気は、さらに濃くなった。
次のポゼッションに、すべての視線が集中した。




