KY
雨が激しく叩きつけ、ネオンの光が嵐の中でチカチカと点滅する。二つのグループは濡れた通りで凍りつき、息苦しいほどの緊張が漂っていた。
葉山が響に近づき、穏やかだが好奇心を滲ませた声で言った。「なあ、坊主。俺、今『KY』って言ったか?」
響が素直にうなずく。「うん。君も知ってるの?」
葉山の唇がわずかに上がり、知的な笑みを浮かべる。「ああ。ずっと追いかけてる幽霊だよ。」
響が首を傾げ、二年生のガードを見上げる。「バスケもやってるの? ちょっと小さいね。」
葉山のこめかみがピクッと動き、血管が浮かぶのを抑えて苦笑い。
後ろにそびえる人間の塔・工藤が雨音を掻き消すほど爆笑する。「ははっ! 小学生に背が低いって言われたぞ、葉山!」
葉山が工藤を横目で睨み、響に向き直って皮肉っぽく笑う。「坊主、バスケは身長だけじゃねえんだ。リングから一メートル離れたら何もできねえ奴になるぞ。」
工藤の笑いが喉で詰まり、巨体が固まる。(……俺のことか?)一年生の西田がメガネを曇らせながら中島と視線を交わし、くすくす笑いを堪えるが、上級生のやり取りに口を挟めない。
気まずい沈黙が一瞬訪れ、雨音だけが空虚を埋める。すると松岡が路地裏の余韻を引きずったまま、眉を吊り上げて割り込む。
「おい、何だよ? 俺ら無視か? お前らがKYじゃねえか!」
言葉が的外れに飛び、場の空気をさらに悪化させる。
坂口が状況を理解せず、忠実に援護。「そうだ! お前らがKYだ!」
龍鳳側は一斉に首を傾げる—瞬のキャップから滴が落ち、白根の鋭い目が困惑を浮かべる。(こいつら何言ってんだ?)中村の眉が寄り、森が鼻で笑いを漏らす。
鬼道側では狩野が顔を覆い、松岡と坂口の襟首を掴んで引き戻す。「お前ら何言ってんだよ。黙れ。」
天野が歯を食いしばって吐き捨てる。「お前ら……空気読めなすぎる。」
黒崎が苛立ちを露わにし、声で場を切る。「もういい。俺らが鬼道だって、もう知ってんだろ。体育館に顔出して、ちょっと試合でもしてやろうと思っただけだよ。今日はもう終わりだな。」
中村が肩を張り、袖をまくった腕に雨が筋を描く。「そんなに負けたくてウズウズしてんのか?」
黒崎の笑みが鋭くなる。「その自信、気に入ったぜ。でも俺らを舐めんなよ、後悔するぞ。」
中村は目を逸らさない。「ここで吠えるだけなら好きにしろ。コートでその気合い見せろ。」
黒崎が低く本気で笑う。「上手いな。認めてやるよ。」
森のポニーテールが雨でびしょ濡れになりながら、いつもの軽い調子で口を挟む。「今日プレイできねえなら、もう帰っていい? 土砂降りでびしょびしょだぜ。空気読めねえの?」
山田が斎藤に小声で。「ヤバい……」
斎藤が目を丸くしてうなずく。「うん。森さん、いつもあんな感じだもんね……」
狩野と天野が凍りつき、顔面蒼白。「言った……」「マジで言った……」
松岡と坂口が拳を握り、前に出る。「てめえ、誰に口きいてんだコラ!?」松岡が唸る。「大人しくしてやったのに、調子乗んな!」
黒崎が鋭く手を上げ、制止。「お前ら、邪魔すんな。」
森に向き直り、落ち着いた声で。「いいぜ、今日のことはチャラにしてやる。コートで会おう。」
高橋が肋骨を押さえながら睨み、前に出る。「今日のこと、忘れんなよ。弟にしたこと、まだ許してねえ。」
黒崎の目が細まる。一言も発さず、自分の頬を思い切り殴る—ドン。唇が裂け、血が雨に混じる。両陣営が息を呑む。
狩野の口が開く。「悠真、何やってんだよ!?」
黒崎は無視し、親指で血を拭い、高橋を真正面から見据える。「これでどうだ? 公平か?」
高橋が一瞬驚き、傷ついた顔に動揺が走る。恨みは残るが、刃が鈍る。(こいつ……)鋭く息を吐く。「どうでもいい。二度とここに来るな。」
山田と斎藤が安堵の視線を交わす。「終わったよな?」山田が呟く。
「うん……終わりだと思う。」斎藤が小声で返す。
葉山は腕を組み、黒崎を観察。(……思ったよりマトモじゃねえか。ま、関係ねえけどな。コートでどっちが上か証明してやる。待ってろよ、KY。)
二つのグループはそれ以上言葉を交わさず、雨に濡れた夜へ消えていく—龍鳳は一方へ、鬼道は他方へ。
帰り道、龍鳳の面々は最初沈黙で歩く。傘も差さず土砂降りの中。すると白根がいつもの静かな観察者ぶりで口を開く。「KYって……どういう意味? 悪いこと?」
全員が足を止め、信じられない顔で振り返る。瞬が最初に吹き出し、濡れたアスファルトで滑りそうになる。「レンジ、マジで知らねえの!?」
森が背中を叩き、ニヤリ。「知らねえ方がいいぜ、ははは!」
笑いが波及—中村が珍しく口元を緩め、工藤がくすくす。安堵と決意が混じった空気の中、鬼道戦が近づく。
鬼道側は陽気じゃなかった。歩きながら黒崎が血塗れの唇で振り返る。「なあ、誰だよ。『KY』広めてんの?」
狩野が即座に逃走。「知らねえ! 帰るわ、見ろよ!」
天野が飛びつく。「おい、クソ! 逃げんな!」
松岡と坂口が目を逸らし、無実の口笛。黒崎の手が振り下ろされ、三人の後頭部にこぶができる。
天野が頭をさすり、睨む。(狩野、明日覚えてろ……)松岡と坂口を指さす。「お前ら二人のせいだろ。」
雨は降り続き、夜の混乱を洗い流すが—火種は、まだくすぶっていた。




