ジャンプシュート
龍鳳高校体育館
体育館はインターハイ予選を目前に控えた緊張感でざわめいていた。バスケットボールのドリブル音が、バレーボールの「バチン」と卓球の「ピン」という音と混ざり合い、龍鳳高校の多様なスポーツ部が共有する空間を満たしていた。バスケ部は新入生も加わり、本番に向けて動きを研ぎ澄ましていた。
葉山翔吾がスリーポイントラインの外に立ち、山田海斗からのパスを受け取る。いつもより素早いリリースでシュートを放つが、ボールはリムに当たり、カランと跳ね返った。
ドリブル練習中の田中瞬が動きを止め、あごを引き締める。(もうやってる…葉山先輩、俺のアドバイス真剣に受け止めたんだな。)葉山の豪邸での会話が頭をよぎる—瞬がリリースのスピードアップを提案し、白根レンジがじっと聞いていたあの瞬間だ。
ペイント付近に立つ工藤大知が腕を組み、筋肉質な影を落とす。「どうした、葉山?いつもなら決めるシュートだろ。」
葉山は肩をすくめ、ツーブロックの髪を揺らし、軽い笑みを浮かべる。「大丈夫っすよ、先輩。ちょっと調整してるだけ。いつから俺のシュート気にするようになったんですか?」
工藤は鼻を鳴らし、唇にわずかな笑みを浮かべる。「チッ、調子に乗んなよ、葉山。別に応援してるわけじゃねえぞ。」
瞬がジャージを直し、頭を駆け巡る。(葉山先輩、限界を越えようとしてる…めっちゃ本気だな。)
近くで準備運動をする森啓太が、茶色のポニーテールを締め直し、ニヤリと笑う。(いいね、葉山。速いリリースなら流れ変わるぞ。)
サイドラインで見守る中村陸が、袖をまくった腕を調整し、鋭い視線を葉山に固定する。(あれをモノにできれば、うちのオフェンスが広がる。時間は少ないが、いい一歩だ、葉山。)
パス練習中の白根レンジがボールを強く握り、決意が湧く。(葉山先輩があの話の後で本気出してる。俺も負けられない。)
ゲームセンター
千葉のゲームセンターは、アーケードマシンの電子音とチカチカ光るライトで賑わっていた。バスケットのシュートマシンが隅で唸り、6年生の少年が硬直して黒崎悠真を指差す。「お前、KYか!?」
黒崎はシュート中に低い「ん?」と反応し、少年をチラ見するが、すぐに振り向き、片手で軽々とシュートを決める。紺のブレザーが揺れ、次のボールを掴むが、少年を完全に無視する。
少年の小さな拳がギュッと締まり、黒崎の流れるような動きに目が釘付けだ。(あのシュート…めっちゃスムーズ、力入れてないみたい。あんな風になりたい!)
天野龍司がアーケードマシンに寄りかかり、192センチの巨体を傾ける。「おい、悠真、そいつが『KY』って呼んだぞ。初めて聞いたわ。カッコいいじゃん。」
狩野翔太がネクタイを直し、ニヤつく。「だろ、なんか外人っぽいニックネーム。俺らもそう呼ぼうぜ、へへ。」
近くでだらっと立っていた松岡剛が、ニヤニヤしながら口を挟む。「KY?それって『空気読めない』のKYじゃね?」
ゲームセンターの空気が一瞬凍り、マシンの唸りが響く中、静寂が走る。天野の笑みが消え、目が黒崎にチラリ。狩野のニヤけ顔が固まり、ネクタイをいじる指が止まる。少年の握った拳がわずかに緩み、困惑した視線が揺れる。黒崎さえ一瞬集中が乱れ、ボールを握る手に力がこもり、顔に微かなしかめっ面が浮かぶ。
黒崎はボールを握る手を止め、鋭く言う。「ふざけんな。ここで集中してんだよ。」
リーダーボードを見ていた坂口鷹也が突然指差し、声を上げる。「おお、そーいうことか!」
黒崎が振り向き、睨む。「今度はなんだ?集中してんだって言ったろ。死にてえか?」
ゲームセンターの雑音を切り裂く鋭い声。「死にたいのはお前だろ、この野郎!」
黒崎がボールを落とし、目を細める。天野、狩野、松岡剛が群衆を抜けて現れた人物に目を向ける。少年の顔がパッと明るくなり、声が震える。「兄ちゃん!」
狩野が眉を上げ、ニヤつく。「このガキ、お前の弟か?」
現れたのは高橋、レンジと瞬のクラスメイトだ。190センチの体が龍鳳の制服でピンと張り、反抗的な表情を浮かべる。「それがどうした?」
坂口が拳を鳴らし、踏み出す。「よくもそんな口きいたな?礼儀ってもんがねえのか?」
高橋は瞬きせず、切り返す。「小学生いじめる奴が何?恥ずかしくねえのか?同い年の相手しろよ。」
天野が近づき、高橋をわずかに上回る高さで睨む。「じゃあ、俺とお前でいいだろ。ちょうどいいじゃん。」
高橋が視線を合わせる。「いいぜ。でも、まず弟を放せ。響、いますぐ家に帰れ。」
響の手が震え、小さな声。(兄ちゃん…)「お兄ちゃん、やめろよ。一緒に帰ろう!」
松岡が響の腕を掴み、ニヤつく。「誰が帰っていいって言った?」
黒崎が手を振る、冷たい笑み。「放せよ、剛。そいつはもう用済みだ。それに、新しい客が来た。」
響が高橋を見上げ、目を見開く。「お兄ちゃん、やめて。一緒に帰ろう。」
高橋の声は優しく、しかし固い。「大丈夫だ、響。家に帰れ。」
響の唇が震える。「でも…」
「早く!」高橋が鋭く言い、視線を天野に固定する。
響は震えながら頷き、スニーカーがキーキーと鳴り、走り去る。
狩野がクスクス笑い、後ろに寄る。「感動的な兄弟愛だな。涙が出ちまいそうだ。」
高橋の声が鋭く切る。「話す気はねえ。何の用だ?金なら無えぞ。あったって一円もやらねえけどな。」
黒崎の笑みが広がり、ポケットに手を入れる。「だろうな。けど、ここで退屈してんだ。お前の学校に連れてけよ。龍鳳だろ?」
高橋の頭がフル回転。(こいつら、ヤバい雰囲気だ。トラブル探してやがる…この制服、どっかで見た。)「そんなわけねえだろ。」
黒崎が肩をすくめ、軽い口調。「そう言うと思った。まあ、自分で龍鳳探すさ。案内してくれりゃ楽だったけど、仕方ねえ、楽しくやろうぜ。」
坂口が首を鳴らし、拳を握る。突然、高橋に殴りかかる。高橋はスッと躱し、カウンターのジャブが坂口の顎にクリーンヒット。坂口がドサッと床に倒れ、うめく。ゲームセンターの客が驚いて散る。
高橋が姿勢を正し、低く言う。「外でやろう。ここで騒ぎ起こして退学はごめんだ。」
黒崎の目が光り、鋭い笑み。「いいぜ、強え奴。案内しろよ。」
龍鳳高校体育館
体育館はスクリメッジの熱気で沸き、バスケ部員がドリルで動き回り、バレー部や卓球部がそれぞれのコーナーで練習していた。新入生と上級生がぶつかり合い、コートは技術と気迫の戦場だ。
ポイントガードを務める瞬がディフェンスを抜こうと動くが、石橋春樹の執拗なプレッシャーに苦しむ。石橋の手がボールを弾くが、瞬は飛びついてボールを拾う。
「くそっ」と瞬が呟き、汗が滴る。「こいつ、離れねえ!」
石橋がニヤリ、トゲトゲの髪が揺れる。「それだけか、新人?」
瞬は締め付けられ、白根レンジがフリースローライン近くでフリーになるのを見つけ、パスを放つ。ボールがふらつきながら飛ぶ。レンジが190センチの体で跳び、バレーの反射神経で空中でボールを掴み、フリースローラインに着地。
瞬が顔をしかめる。「悪い、レンジ。」(あいつの反射神経がすげえから助かったぜ。)
工藤がリム近くに立ちはだかり、壁のような体。「かかってこい、レンジ。」
レンジの目がリングに一瞬向く、ダンクの衝動が湧く。(いけるか…?)だが、葉山先輩の家でのジャンプシュート練習を思い出し、踏みとどまる。味方を探すが、上級生が全員をガッチリマーク。
工藤が再び挑発、声が響く。「どうした、レンジ?ビビったか?」
レンジがボールを強く握り、頭が切り替わる。(葉山先輩の家でジャンプシュート始めたばかり…この距離は初めてだ。やるしかねえ!)構え、始めたばかりのジャンプシュートを放つ。体育館が静まり、皆の目が見開く。
工藤の顎が落ちる。「何だ!?いつからシュート撃てるんだ、レンジ!?」
葉山が腕を組み、ニヤリ。(今やるか。度胸あるな。)
瞬の口が開く。(そこからジャンプシュート!?レンジ、すげえぞ!)
森が低く口笛を吹き、ポニーテールが揺れる。「いつも何か新しいことやってんな、レンジ。」
石橋がディフェンスの姿勢で固まり、(ジャンプシュート!?この子、恐れ知らずだ…)
中村が腕を組み、厳しい表情。(大胆だな、白根。だが、まだまだだ。)
ボールがリムに軽く当たり、カランと跳ね返る。体育館が一気に息を吐く。
工藤が笑い、首を振る。「おいおい、レンジ、危うくやられるとこだったぞ。」
レンジが着地し、眉を寄せる。(まだダメか。もっと練習しないと。)
葉山が走り寄り、レンジの肩を叩く。「いいぞ、レンジ。次は決めろよ。」
レンジが頷き、汗を拭う。「ありがとう、先輩。もっと練習します。」
瞬が弾むように近づき、ニヤニヤ。「めっちゃ惜しかったじゃん!もう俺よりシュート上手いかもな、ハハ!」
バスケ部の会話が他のスポーツ部の音と混ざる中、叫び声が体育館を切り裂く。「誰か、助けて!」
全員の頭が入口に向く。少年が息を切らし、顔を青ざめて立っている。バスケ部、バレー部、卓球部が一斉に凍りつき、混乱が広がる。この子は誰だ?何が来るんだ?




