戦略の影
龍鳳高校体育館、午後
体育館はスニーカーのキーキー音でざわついていた。練習が始まる直前、田中瞬がそっと入ると、目がキョロキョロ—中村陸がコート脇に立ち、「バスケ日記」と殴り書きの漢字が書かれた瞬のノートをめくっていた。体育館の照明で漢字がキラリ。(なんで中村先輩が俺のノート持ってんだよ!?)
中村の灰色の目が瞬を見つけ、ピタリと合う。ノートを脇に抱え、ズシズシと歩いてくる。
瞬の心臓がバクバク。(やばい、やばい、こっち来るぞ。なんて言えばいいんだ?) トラックスーツをいじりながら、指がソワソワ。中村が目の前に止まる。
「あ、お疲れっす!」瞬が慌てて叫び、ガチガチに頭を下げる、声が裏返る。
中村が片眉を上げる、ノートを見せる。「これ、お前のだろ?」
瞬が無理やり笑う。「あ、はい…へへ、そうです。」
中村の唇がピクッと、ニヤリっぽく。「で、俺のシュート、トップクラスって思ってるんだ?」軽い口調で、明らかに動揺したページには触れない。
瞬がキョトン。「いや、まあ、キャプテン!シュート、マジすげえっす。俺もあんな風に打ちたいっす。」
中村が肩をすくめ、ノートを返す。「サンキュ、でもまだまだ鍛えなきゃな。」去りかけるが、振り返る。「田中。」
瞬がビシッと立つ、ゴクリ。「はい、キャプテン!」(セーフかと思ったのに…)
中村の目が細まる、鋭いけど優しさも。「書き続けろ。」
瞬が固まる、ポカン。(書き続けろ?それどういう意味?) とりあえず頷く、ノートをカバンにしまう。「は、はい、キャプテン!」
笛が鳴り、練習が始まる。体育館の空気は少し湿って、ボールのゴムの匂いが鼻に残る。先輩たちのパスがビュンビュン飛び交い、シューズのキーキー音がリズムを刻む。瞬は一歩踏み出すたびに、自分が別世界に足を踏み入れている気がした。パン!とボールが弾む音が響く中、1年生はドリブル、フットワーク、パスの基礎練習、先輩たちはキレッキレのオフェンスセットやディフェンスローテーションをこなす。瞬はチラチラ中村を見るが、キャプテンの目はコートに釘付け、読めない。
チャイムが鳴り、片付けの時間。バスケ部はバレー部やバドミントン部と一緒に体育館を片付け、ワイワイした声が響く。選手たちが散っていく中、瞬は残り、カバンを肩にかけ、中村の謎の言葉に頭を悩ます。(あのノート、何見たんだ?)
龍鳳高校、夕方
中村は皆が帰った後、一人で家路につく。街灯の柔らかい光の中、練習カバンを肩にかけ。(田中、俺が見えてないもの、なにを見てんだ?)
ロッカールームの記憶がフラッシュバック。さっき、工藤大知が突進してきて、瞬のノートを突き出す。「中村、これ見てくれ。アイツ、なんかヤバいぞ。」
中村が眉をひそめる。「アイツ?」
工藤がノートを渡す。中村の灰色の目が瞬の殴り書きの漢字を追う。あるページで止まり、手が震える。単なるメモじゃない—シミュレーションだ。オフェンス、ディフェンスローテーション、矢印がコートを縦横に走る殴り書き。
読む:工藤+レンジ一緒=ディフェンダーのローテーション簡単。どっちもシュート苦手。でもレンジがスクリーン→無限の可能性(バレーの本能???)
(バレーの本能…もしそれがスクリーンやフットワークに生きるなら…)頭の中でプレーの映像が浮かぶが、中村は首を振る。(いや、まだ夢物語だ。)(バレーの本能?それがコートで何の関係が?) 親指でページの端をトントン、次をめくる。
森=ポイントフォワード。3レベルスコアラー、ディフェンダー抜ける。エリート戦術へのパスは未知数。
工藤が眉を上げる。「ポイントフォワード森?考えたことなかった。でもアイツがオフェンス仕切ったら、葉山どうなる?ウチのポイントガードだぞ。」
「うん…」中村が呟く、唇に薄いニヤリ。「この殴り書き、チームの話じゃ出てこねえとこ突いてるな。」
ノートをゆっくり閉じ、脈が速まる。(ただの1年生の日記じゃねえ。バレーの本能…田中、なにを見てんだ?)
踏切の警報音がガーンと鳴り、思考が途切れる。線路をじっと見つめ、ゴトゴト音が頭に響く。(田中、バスケわかってるのは知ってた。プレイはキレッキレ、頭もいつも試合にいる。でもこれ?俺、アイツを舐めてたな。) ニヤリが戻り、街灯の下で目がキラリ。(アイツ、このチームを誰も考えてねえ見方で考えてる。)
電車がゴーッと通り過ぎ、中村は歩き出す。瞬の洞察が、龍鳳の未来に新たなビジョンを灯していた。




