潜伏
「お前ら二人は、これからどうするんだ? 」
「決まっていますの、私達は魔王であるあなたを倒すために来ましたの。このまま魔王を倒さずに天界へ戻る事は出来ませんの」
おんぼろアパートの廊下で、天使の格好をしているってだけでも目立つのに、空まで飛んでるところを見られたら大騒ぎになるだろう。不思議がる二人をどうにか諌め、再び部屋の中に押し込めて座らせた。廊下の魔法陣は、そのままなんだが、まあ、あれは何とかなるか。
しかしマジか、マジなんだろうな。コスプレでド派手な外観は説明できたとしても、作り物の羽で宙に浮くことはできない。つまり、こいつらが言ってる事は信じ難いが、本当の可能性が高い。
「お姉様、いっそのことこの魔王の城に潜伏して、魔王を倒すチャンスを伺うっていうのはどうでしょうか」
「ガブリエル!それは名案ですの!素晴らしいですの」
おいおい、潜伏ってのは隠れて密かにって事だぞ?対象の俺が聞いている目の前で、こいつらは何を楽しそうに言ってるんだ。
「お前ら俺を倒すのが目的なんだよな?」
「当たり前ですの。それが使命ですの」
「魔王の城に潜伏するんだよな?」
「見習いのわたしにしては、なかなかの名案だと思います」
「魔王ってのは聞きたくも無いんだが、俺なんだよな?」
「当たり前ですの、あなた以外に魔王は居ませんの」
わからん。何か企んでいるのか、はたまた本当に馬鹿なのか。
「潜伏対象の俺の前で、潜伏の相談を堂々と話したんではまずいんじゃ無いのか?潜伏とはさっきも言ったが隠れて行うものだろ?堂々と話しては俺に筒抜けだぞ? 」
ウリエルとガブリエルは、二人揃って考え込み始めた。ちょっと待て、俺の発言の何処に考え込む要素があるんだ。
「お姉様、わたしは魔王が何を訴えているのかわかりません。一体どういう事でしょうか」
ウリエルはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがてハッと何かに気づき俺の方を睨み始めた。
……すまん。俺はまだ何もしていないぞ?問うのも馬鹿馬鹿しい疑問を問うただけだ。
「やはり、恐るべきは魔王ですの。よくもそこまで恐ろしい発想をさらりと出来ますのね」
「お姉様、教えてください。わたしはまだ理解できていません」
「ガブリエル、良く聞くんですの。魔王は潜伏とは内緒でするものだと言ってるんですの。つまり、隠れて魔王の隙を伺うのが潜伏だといってるんですの」
すまん。俺はもう、理解不能だ。潜伏という言葉は正にそういう意味なのだがな。
「お姉様、わたしは今魔王の本当の恐ろしさを垣間見た気がします。なんて卑劣で卑怯で汚く恐ろしい発想なのでしょう」
おいおい俺、泣いちゃうぞ?
「ガブリエル、魔王はこんな恐ろしい発想をさらりとするんですの。つまり朝飯前で日常茶飯事、恐ろしい発想の量産体制ですの。あなたの身の毛がよだつ様な攻撃が通じなかったのも当然ですの」
「まさか、ここまでとは……わたしは魔王の恐ろしさを再認識しました」
俺にはお前らの発想力が、逆に恐ろしく思えてくるよ。まったく。
「俺のアパートはこの部屋しかないぞ、お前らが潜伏するとしても、俺と同じ部屋で潜伏するしかない。それでも良いんだな?つまり、魔王と共に暮らすって事だぞ?? 」
悩め、苦しめそして気付いて考え直してくれ。魔王と同じ部屋なんだぞ。嫌だろう、嫌に決まっている。
すまん、自分で言ってて悲しくなってきた。
「何を当たり前のことを確認してるんですの?私とガブリエルは、今日からこの部屋で寝泊まりすると言ってますの。つまり、潜伏ですの」
そりゃそうだろう。嫌に決まって……おい、まて。今なんて言った?今日から寝泊まりだ?いやいや、まてまておかしいだろう、潜伏とはそういうものじゃない。
おいやめろ、その二人揃って天使の様な眩しい笑顔で、俺に微笑みかけるのは。