会話
不味い。
殆ど汁が無くなったラーメンを啜る。
折角の一ヶ月振りのご馳走が……はぁ。
伸びまくったラーメンを啜りながら、視線を机の対面側で座っている二人に移す。いや、一人は完全に気を失って机に突っ伏しているが。
取り敢えず、こう言う場合何をして良いのか俺にはわからん。魔王という訳がわからん誤解を少しでも解くために、ここは自己紹介でもしてみるか。
「俺の名前は、桜瀬 真央。 二十歳だ。大学生をしている」
気を失っているピンク髪の横で、ライトブルーの髪の子が顔を上げた。目つきは、まぁ俺が魔王らしいから、魔王を見る目……つまり恐ろしい目つきでこちらを睨みつけている。
「私の名前は、ウリエル・ヴァーミリオン。上級天使をしていますの。横で気を失っているこの娘は、ガブリエル・アンダーソン。この娘はまだ、見習い天使ですの」
なるほど……まだこの姉妹漫才を頑として続けるのか。しかし、俺を睨んではいるがウリエルもガブリエルも中々の美形だぞ。どこかデンマーク辺りの外人のようだ。
……まぁ、これはデンマーク人を見たわけでは無いから、あくまで俺の個人的なイメージだぞ、イメージ。
しかし、こんなに明るい青い髪の毛なんて人、世の中にはいるもんなんだな。気を失っているガブリエルなんてピンクだぞ、ピンク。……待てよ、白いワンピースと言い、背中から生えている白い羽と言いこれは多分俗に言うコスプレだ。髪の毛もウィッグと言うんだっけか?きっとあれなんだろう。しかし、フェイクには見えないな本物みたいだ。後で試しに引っ張ってみるか……ああでも多分、いやきっと怒るだろうがな。
「で、俺が魔王だと? 」
「そうですの。間違いなく貴方は魔王ですの」
「違うと言ったら? 」
「そんなの嘘ですの。あり得ませんの」
「じゃあ、ここは何処だ」
「そんなの決まってますの、魔界ですのよ。魔王の館?本拠地?」
「はあ? ここは日本だ。太陽系第三惑星の北半球に位置する日本と言う国だ」
ウリエルはずっと俺を睨み続けている。やめてくれ、濡れ衣だと確信していても、知らない人に意味も無く睨まれ続けるのは正直辛い。
そうだ、話題を変えてみよう。何か活路が開けるかもしれない。
「で、ウリエルは何処から来たんだ? 」
「えっ?私ですの? 」
もしかしたらこいつは良いやつなのかもしれない。俺が問いかけた途端、天井を見て顎に人差し指を添えて一生懸命考えているぞ。
「魔王に言っても理解できないと思いますの」
「いいから言ってみろ、物は試しだ」
「しょうがないですのね。いいですの」
お、挑発的な目付きに変わったぞ。両手を腰に当ててやがる。なっ……不敵に微笑みやがった。
「聞いて驚いちゃ駄目ですのよ? 」
「早く言え。一体どんなワンダーランドから来たのか楽しみだ」
「いいですの。言ってやるですの。私は天界の第三階層から来ましたの」
「もったいぶった割に普通だな。それは天国のことか? 」
おいおい、驚くなと言ったお前が、俺の言葉を聞くなり驚いてるじゃないか。しかし、天界第三階層って本当の天使みたいだな。コスプレする人っていうのはこういう設定も細かく決めているのか、すげーな。ちょっと待て、よく見たら背中の羽が開いているじゃ無いか。ビックリすると開く設定なのか。うーむ、細かい芸当だな。しかもその羽は嫌に生々しくて、まるで本物みたいだし。後で髪の毛引っ張るついでに、こっちも引っ張っておくか。
「何故、魔王が天国の存在をしっているんですの? 」
「天国なんて誰でも知ってるぞ」
「えっ、えっ、まさかスパイでも潜ませているのですのね。さすが魔王、卑劣ですの」
おいおい、なんで天国を知っていたら卑劣になるんだ。
「まあ、俺も名前として知ってるだけで、天国なんて見た事無いんだけどな」
むっ、ウリエルがまた自信ありそうな顔にもどったぞ。面白い奴だな。俺の言葉で表情がコロコロ変わる。
「ふっ、ふっ、ふっ。焦りましたの、そんな事だろうと思いましたの」
「何がだ? 」
「天国を見た事がない、つまり何もわからないって事ですのね」
「まあ、俺の知ってる天国は、昔話や童話の類での知識だからな。ほとんど何も知らんといって良い」
お、ガブリエルが気が付いたみたいだ。おいおい、大丈夫かよ、まだフラフラじゃねーか。しかし、なんでこいつは気絶したんだ?
「ガブリエル、大丈夫ですの? 」
「うーん。お姉様、ここは? 」
「あなた、魔王と戦ってダメージを受けて気を失っていたんですのよ」
「お姉様、私はまだ頭がフラフラします……ううっ」
「ガブリエル!しっかりするんですの。そんなことでは、立派な上級天使になれませんのよ」
うーむ、いったいいつまで続くのだろうか。しかし、本当にガブリエルは顔色が悪いな、大丈夫かよ。救急車を呼ぶ羽目になるとかやめてくれよ。問題ごとに巻き込まれるのは御免だ。
「なんと言うか、その大丈夫か? 」
まただ、ウリエルが目を真ん丸にしてこっちを見ている。
「ま……魔王が人を気遣うなんて……そんなっ、あり得ませんの」
いや、だから俺は魔王じゃないと言っているではないか。良い加減信じてくれ。
「お姉様……わたしが今一度攻撃を……」
「ガブリエル、あなたその体では無理ですの」
おいおい、まだ攻撃とか言ってるのか。ってか、さっきからこいつら俺の悪口しか言ってないな、まさか……
「なんだか一生懸命のところ申し訳ないが、さっきみたいな悪口を何回言っても、俺は何ともないぞ? 」
おい、まただ。その二人して「なんですって?」てな具合に目を見開いて俺を見るな。しかし、図星だったか。あれが攻撃とは……絶対ただの悪口だよな。
「お姉様、わたしの呪文が効かないってことでしょうか?あれだけ身の毛もよだつような悪口を唱えることは、詠唱者自身もダメージを受けると言うのに」
「ガブリエル、相手は魔王ですのよ。呪文が効かないなんて想定しておくべきですのよ」
「だって、わたしはまだ見習いの身。こんなに恐ろしい呪文が効かない想定なんてレベルが高すぎて……」
本物の魔王が居ると仮定して、魔王に悪口なるものが効くとは到底思えん。こいつら、俺が魔王じゃ無くて本当に良かったな。そんな事を思いながらウリエルとガブリエルの掛け合い漫才を見ていた。
一通り見終えたところで、俺は問いかけた。
「すまないが、お前らが俺を魔王だと思ってる根拠を教えてくれ。俺は魔王ではないんだ」