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俺が魔王?

ここは古びたアパートの二階。八畳一間でトイレは共同、風呂なんて施設自体が無いときた。洗濯は近くのコインランドリーで済ます。お金が無いからまとめて週に二回。火曜日と金曜日だ。金曜日に洗濯をする理由は休みの前には綺麗にしていたいから。まあ、そんなことはどーでも良いか。


こんな修行の様な生活をしている俺の目の前に今、ピリッと辛さが病みつきになる、どでかラーメンがある。赤と緑のパッケージが妙に食欲をそそる一回り大きなサイズのカップラーメン。俺はこのカップラーメンが大好きだ。約一ヶ月ぶりのご馳走である。

どでかラーメンの横に置いてある青リンゴを模したタイマーが残り時間を示す。残り2分を切ったあたりで俺は箸を左手に取り戦闘態勢へ。

長かった。普通のカップラーメンなら三分だ。どでかラーメンは名前の通りどデカい。故にかどうかは分からないが五分だ。待ち時間がなんと五分。

長すぎるだろう。即席ラーメンの名前が聞いてあきれるぜ。しかし、この苦しみがあるからこそ、この後の快楽が何倍にも増幅されて俺の胃袋に押し寄せるだろう。

わがままを言って東京の大学に、ぎりぎりで入学できたまではよかったが学費を出してもらうのが精いっぱいで、仕送りなんてとんでもない。大学に通いつつ、その他の時間のほとんどをアルバイトに使う俺は俗にいう貧乏学生であった。故に日々の飢えをしのぐのが精一杯で唯一の贅沢がこのどでかラーメンであった。


さあ、食べるぞ!一気にかき込むぞ!幸せを噛みしめるぞ!!!

3秒、2秒、1秒!

それっ!

古く狭いアパートの一室でタイマーがけたたましくアラーム音を鳴らすと同時に、玄関の扉がドカンと大きな音を立てて開いた。

どでかラーメンを片手に、蓋をピリピリと開けつつあった俺の動きが緩やかに止まっていく。

ラーメンから玄関に視線を移すと、そこには神々しいまるで女神様の様なキラキラ輝く女の子が居た。

髪の色はライトブルー、真っ白なワンピースを着て素足で立っている。それに背中に生えている羽のようなものは何ですか?今日は七月七日、七夕だったな。あれおかしい。七夕とは織姫と彦星が一年にたった一度だけ逢える日。それは特別な日であり、決して仮装大会の日では無いはず。

あぁそうか、お菓子メーカーの策略か何かで、ついに今年は七夕までコスプレをする日になったのだろうか。あの有名なバレンタインでさえ、男が女にチョコを渡しても良いと改変があったのは遠い昔のことだったよな。


「やっと見つけたんですの。あなたが魔王ですのね!」


女の子は確かにそう言った。まじめな顔でそう言った。

魔王?だれが、お……俺が??は?なんで?

俺は反応に困り、自分に指を突きつけた。そう、自分自身を指差してみたのである。つまり目の前の女の子に「俺か? 」と問いてみた。


「魔王!いい子ぶったって無駄ですのよ。私には分かっているんですの!」


神々しい女の子は身構えた。何か仕掛けてくるのか?まさか、魔法を使うとか……いやいやお前アニメの見過ぎだぞ。落ち着け落ち着けまだ何かされると決まったわけでは無い。ただの迷子かも知れないぞ。うん、そうに違いない。い……いや、しかし身構えているな。意外に近づくと蹴りの一、二発は繰り出されるのかもしれないぞ。

俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「この罪人!ろくでなし!悪魔!飯盗人!」


はっ?何何何?何この展開。この子は何を言ってるんだ?罪人?悪魔?だれが?俺がか?ついさっき魔王と言ってたのに罪人や悪魔……しかも、最後の飯盗人って。どちらかと言えば、目の前のどでかラーメンを食べられない状況を作っている貴女こそが飯盗人だろうに。


「さすがは魔王ですの、これだけ酷い悪口を言われても眉ひとつ動かさないなんて……なかなかやりますのね、ぐぬぬぬ…… 」


なんだ、ただの悪口だったのか。って貴女は誰?本当に誰?お願いします教えてください。


「お姉様。もう、魔王を倒してしまったのですか?早く魔界から帰りましょうよ。なんだかこの世界は色々な匂いが混じり合って、とても気分が悪いです」


くやしがる女の子の後ろから、同じ様に神々しく、しかも少し幼い娘が飛び跳ねるようにして出てきたぞ!今度の娘はピンク色の髪と来た。格好は同じだな。真っ白なワンピースと、やっぱり羽が生えてやがる。何だ一体、これは……ああ、わかったぞ、納得なるほど。つまりだ、俺の日頃の修行がやっとこの様な形に具現化して……って、おい!!しっかりしろ俺!そんなに世の中甘く無い。


「なんだお姉様、まだ魔王は元気そうじゃないですか」

「ガブリエル、気をつけてですの。さすがに魔王、一筋縄では行かないみたいですの」

「まぁお姉様、そうなのですか。それでは、わたしに良い考えがあります」

「良い考え?どんな考えですの? 」

「はい、お姉様。今朝、わたしが思いついた呪文で倒してみせます。それはそれは恐ろしい呪文で……あぁ、思い出すだけでも血の気が引きます」

「この私の全力攻撃が全く効かない魔王を倒したら、貴方は見習い天使から昇格確定ですのね。良いですの、見習い天使のガブリエル・アンダーソン、上級天使のウリエル・ヴァーミリオンが命じますの。魔王を倒してしまいなさいですの」


なんだなんだ、これは姉妹漫才だろうか。

しかし、何で俺の部屋で漫才なんかする。七夕は関係ないはずだ。思い当たること、えーっと……駄目だ思い当たることなんかないぞ。ハロウィンは10月のはずだし……

ガブリエルと呼ばれたピンクのおさげ髪が可愛らしい小さい方の娘が、三歩前に出て来た。ガブリエルは肩幅に足を開き、足場を固めると腕を軽く曲げて息を大きく吸う。

そう言えばさっき、この娘は言っていたな。今朝呪文を思いついただかなんだか。呪文って火とか水とか風が出てくるやつだろ? 知ってるぞ。

しかし、呪文なんてラノベやアニメの中での話だろ。現実にあるわけ無い。


「この魔王め。この呪文をくらえ!!」


いや嘘だろ!!取り敢えず、万が一ってこともある。ラーメンなんて置いておいて、身構えなければ……


「ハゲ、デブ、短足、タコ助!」


暫しの沈黙。天使コスプレ姿の二人、ウリエルとガブリエルが顔を見合わせる。何だ何だ、ガブリエルは既に泣きそうじゃないか。俺が何かしたか?

もしかして、呪文ってこれか?うーむ……やはり、ただの悪口じゃ無いか。しかも、俺はハゲてないしデブでも短足は……まぁ事実かな。最後のタコ助ってのは何だ?そもそもそれは悪口か?


「お姉様、わたしの方がダメージを受けた気がします…… 」


ウリエルが倒れそうになるガブリエルを慌てて抱きかかえた。


「ガブリエル、しっかりするんですの!魔王はまだピンピンしていますのよ! 」


いつまで続くんだこの漫才は……お願いだ、夢なら早く覚めてくれぇ。

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