第5話 お互いの切り札
今日も今日とて無意味な戦争が続いている。いつも通り会議堂にあるモニターで戦況を見ている。今のところボク一人しかいない。
戦争が始まってから数ヶ月が経ち、天使たちの半分弱は帰って来た。きっと飽きてしまったんだと思う。あるいは、シニエストロの作戦に危機感を感じたのか。
此度の戦争は勝っても負けてもアヴェイロンにメリットはほとんどない。同盟は組んだものの、最低限の協力だけというので暇な天使だけが参加すればいいとか。
ところで戦争の状況を映しているモニターに天使族が極端に減っている気がする。帰ってきている人数を考えても少ない。それに何故か人間も少ない。
「ヒカリ! 今日までに何人の天使が犠牲になったかわかるか?」
とても慌てた様子のライアンが入ってきた。
「ボクに聞かれても……帰ってきている人数と今このモニターから確認できる人数を合わせても、全体の出動数と全然違うことくらいしか」
「そう、そうなんだ。実は出動した奴らの名簿を取っていたのだがどこに行ったのか分からない者が多くて――」
「私が教えましょう」
突然人間が現れた。一体どうやってここに? 普通人間は立ち入れない場所のハズなんだけど。
「君はあの時の使者じゃないか。名前は確かルークと言ったかね?」
「そう。私はルーク。シニエストロの王家の末裔にして勇者。大天使を一人捕まえに来た」
「え? ボク?」
この場所に大天使はボクしかいない。ライアンは審判神だから。
「実はサグラード側に大天使が参加しているという情報を聞いてね、見に行ったら本当に居たんだよ。黄緑の髪の大天使が」
大天使の中で黄緑の髪をしているのをボクは1人知っている。もしかしたらあの子しかいないのかもしれない。そうでなくともサグラード側に協力している大天使はあの子しかいないと思う。
「そう。そこの金髪の大天使様と少し顔が似ている気がする」
剣を向けられた。せめて指でやって欲しい。ボクは戦う気がないんだから。
「この子に協力してほしいなら、専用の契約を願えますかな?」
ライアンが前に入って盾になってくれた。身長はボクの方が大きいから全然はみ出しているけど。
ルークは一瞬目を細め、そのまま険しい顔で固まった。ライアンも真剣な顔のままじっとしている。
突然大きな音が聞こえた。モニターからではない。この音は足元から聞こえたものだ。
「じゃぁ、天使の失踪の答えだけ答えましょう。この音ですよ。シニエストロは天使の力をお借りしました。同時に多くの人間達の命も犠牲になったのですが……」
最後の方は小声で上手く聞き取れなかった。
「さぁ、反撃の狼煙を上げるときが来たようだ。協力してくれないならサグラード滅亡まで新兵器に頑張ってもらえばいい。人間と天使の力を有した生命体兵器、巨神人器の力を2人ここでただ見ているがいい」
声高らかによく分からないことを唱えたルークは姿を消した。モニターに目を戻すと人間の数倍の背丈はあろうかという巨大な人型のナニかがものすごい数映っていた。
あれが、人間達の切り札。
★
最近シニエストロの兵力が極端に減った気がする。天使たちも急に半分以下になったような気がする。天使たちが減ったのってもしかしてヒカリちゃんが何かしてくれたのかな? このまま平和に終わってくれたらいいのだけれど。
「ガブ様! 皆さま! 大変です!」
第1防衛ラインにいた兵士がとても慌てた様子で駆け込んできた。
「大丈夫ですか? いったい何があったのですか?」
「魔王様、実は人間達が……古代錬金術を――」
言い切らないうちに凄まじい地鳴りと揺れが起きた。
全員が慌てて外に出て確認するととても巨大な人型の生命のようなものが遠くに見えた。
「あれって一体……」そんな声が周りでざわざわと聞こえる。
いつだったか忘れたが、かなり前に本で読んだことがある気がする。アレはこの世界に魔法が普及する前に存在していた錬金術の1つ、生命想像だ。生命の命に関する術は現代でも基本的に禁じられている、太古の昔からの禁術。
そして、一度アヴェイロンに人間の使者が来た時に言っていた。人間と天使の融合。まさかアレが……。
「あれは人間が人間と天使大勢を犠牲に作り上げた生命体兵器、巨神人器です。一番先頭の部隊は……あれによって私以外全滅しました……」
魔王は「そうかそうか」と頷いた。
「良く生き延びてくれた。君はしばらく城で休みなさい」
ゆっくりと城へ歩いていく背中を見守りながら魔王が続ける。
「さて、あれの対処法を考えなくては。ガブ様、足止めだけでもお願いできますか?」
読んだ本によるとあれと対峙して生き延びた人間と魔族はいないという。幸いなことにアタシは大天使なのだ。大天使が負けたという記述はない。
「どこまで対処できるか分からないけど、やってみます」
魔王も城の方へと向かった。さっきの兵とは少し方向が違うが。
「ガブ様、行きましょう。最前線へ」
「いや、アタシ一人で行くわ」
みんなが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「なによそんな顔して。大丈夫、きっと帰ってくるわ。きっとね」
みんなの反応を待たずして最前線へと飛び出した。
この翼、燃え尽きようともこの国を護る。堕天したときにそう決めた。
最初は少しだけ不安もあった。
彼らは魔族でアタシは大天使の出身。相容れないかもしれない。
でも彼らは受け入れてくれた。
だからこそ期待に応えたい。
「さぁ、勝負よ人間」
弓を構えて、狙いを定める。
すぅー、はぁー。
目の前には巨神人器の大群。
全神経を集中させて――
「闇黒魔法【漆黒の一矢】!」
ここまで読んで下さりありがとうございます!
前回が長かったので今回はコンパクトめ、というわけでもなく前回がたまたま長かっただけです。
分ければよかったね
~ひとくちプチ情報~
巨神人器を使うということは実は戦争の前に決まっていたんですよ。
最初にルークが天界に来た時に話してました(第3話参照)。
その時ヒカリさんはボーッとしてたのでぼんやりとしか聞いてなかったんですね。