第3話 人間国との同盟
ボクは緊急会議に呼ばれていた。数十年ぶりに人間の使者が来るらしい。使者の出身国はシニエストロ。ボクらの暮らしているアヴェイロンからはそれなりに近いところに存在する人間の国の1つだ。
近いと言えばアヴェイロンのほぼ真下には獣人の里があるらしい。先日長老が来たとかなんとか。ボクはその時は呼ばれなかったので現場にはいなかったのだけれど。会ってみたかったなぁ獣人種。猫族だと良いなぁ。あわよくば耳と尻尾をモフモフなんて――
「――ヒカリ、お前、今の話聞いていたか?」
「ふぇっ!?」
突然呼ばれてヘンな声が出てしまった。彼はライアン・フェンディ、審判神。身長はボクよりも低くて体型はどこにでもいるような男。この世界では種族問わず人型の種族ならば体型は人間達と変わらない、書物上ではそう記されている。あくまでも書物上では。
「すみません。聞いてなかったです」
周りの顔をうかがうと訝しげな顔をしている。「アレで次期審判神候補ってホント?」そんなヒソヒソ話はしっかりと聞き取れた。聞き取れる声でやらないでほしい、それともわざと聞こえるギリギリでやってるのかな?
「お前の意見も聞こうと思ったのだがな。仕方ないもう一度話そう」
彼はボクのためにもう一度話してくれた。要約すると、シニエストロがサグラードに侵略するから天界の中でも交流の厚いアヴェイロンに同盟を組んで欲しいとのこと。もうそろそろ使者が来る予定だからその前にいったん会議してアヴェイロンとしての方針を固めておきたいとのこと。
「ボクは……争いごとは好きじゃないんですが――」
「あなた自身のことを聞いているのではありませんわ! そうでしょう? 審判神様」
名前は知らぬ女の天使が声を荒げた。あの顔は、確かどこかの戦闘軍の副隊長だったかな。うーん、よく覚えてないや。
「そうではあるのだが……。国としてどうするべきなのか、と聞くべきだったか」
いや、そんな真剣な顔でこちらを見られても困るというか。国の方針なら決まっているじゃん。天界は人間の味方、それが暗黙の了解として浸透している。
「アヴェイロンは人間を支持する、そう謳っている以上どうするかは決まっていると思っていましたが。ボクは戦わないので見守ることにします」
弓の名手だと崇められているボクは度々戦闘員として呼び出される。全部断っているんだけど。めんどくさいし、目の前で大勢が死ぬのは見たくない。なにしろ、右手はコントロールが難しい。
それに、個人的に人間は……
「使者が到着したみたいだ」
空中に転移の魔法陣が展開され、そこから人間が姿を現した。
その容姿は何の変哲もない勇者。実力はシニエストロの勇者ギルドでも上位5人に入るとか入らないとか。もっと詳細な情報は会議の初めに資料が配られていたのだがどこに行ったのやら。きっと食べちゃったんだ、うん。そういうことにしておこう。
「自己紹介しますね。名をルーク、ルーク・シニエストロ。王家の末裔というのは……どうでもいい情報ですね。勇者やってます」
「ルーク氏は今回の使者として一人で来てくれたようだ」
その後は同盟の中身について話していた。人間と天使を合体させるとかなんとか。サグラードを滅亡まで追い込むのか否かとか。そんなような、ざっくりとした内容しか頭に入ってこなかった。
「今日も相変わらずだったねヒカリちゃん」
会議が終わった後、ガブちゃんに声をかけられた。
「うん。興味ないというか、やる気ないというか」
「ヒカリちゃんはのんびりするの好きだもんね」
そうボクはのんびりしたい。お天気のいい日にはお散歩して、猫と戯れるのが好きなんだ。だから人間と手を組んで魔族と戦争なんかするよりも、断然日課の日向ぼっこの方が大事だ。
そもそも戦争とか言う損失しか生まないことをして何になるんだか。暇なら散歩すればいいのに。寿命の短い種族が争いを仕掛けても、その短い命が余計に短くなるだけだと思うんだけどね。
「アタシは戦地に赴く事になったわ。戦う気は無かったんだけど、人間との融合がどうとっかって話をあの後個人的にされたから。多分そう言うことなんだと思う」
何も答える言葉が見つからなかった。いいや、きっと見つけても何も言えなかっただろう。
ガブちゃんは2つ上の従姉。ずっと一緒にいたんだ。いなくなるなんてとても考えられない。
「大丈夫よヒカリちゃん。融合はちゃんと断ったから。戦地には行くことにはなっちゃったんだけどね」
ガブちゃんの顔は「本当は行きたくないのに」と言っている。
自分でも驚きなことに、無意識でガブちゃんを抱きしめていた。ガブちゃんはボクよりも小さい。そう、抱き寄せるとちょうど胸くらいかな。
「ちょっとヒカリちゃん? ここだと周りのみんなに見られちゃう位置だよ」
「うるさい、ガブちゃんがつらそうな顔してたから」
胸の中からガブちゃんが鼻をすすったような音がした。「泣いてる?」なんて訊いたらきっと怒るのだろう。
「泣いてないもん、ばか」
ほら、確認するまでもなく声も震えているしちょっと怒ってる。さすがに2歳差の従姉妹同士、お互いのことはよくわかるというのだろうか。ガブちゃんも抵抗せずに受け入れてくれている。
「ガブちゃん……本当に戦うの?」
「やるしかないのよ、上が決めたんだから」
上、つまりは審判神。その権力は絶対的なもの、のハズなんだけどボクはなんだか許されてる気がするんだよね。やる気がないからなのかな。
「アタシはヒカリちゃんほど強くない。でも、切り札があるの。まだ開発途中で不用意に使えないんだけど、その時までにはヒカリちゃんにも教えてあげるね」
噂程度には本人から少し聞いている。なんでもその切り札の魔法を開発するために、バレないようにサグラードへ行っているとまで。ボク的にはシニエストロへ行くよりもよっぽど楽しいとは思う。周りはそうは思わないみたいだけど。
第一に天界の住民の大半、というかほぼ全員が人間達を支持している。文化だとかなんだとか言って何も考えずに人間達を支持している。哀れだ、上級階級も含めて。
アヴェイロンに存在する大図書館には禁書庫がある。そこにはただ事実が記される歴史書が存在する。世界樹の記憶と同期してるとかなんとか。
前回の北部戦争の記録を見たことがあって、発端は当時の人間国の王が暇だからという理由で奇襲を仕掛けたらしい。勝ったのは魔族だったんだけど。
今回も多分同じ感じだろう。サグラードが人間達に対して何かしたみたいな話は議会では出ていない……ハズ。たまに寝てるから聞き逃したりはあるかもしれないけど。少なくとも覚えている限りでは人間達が難癖付けてというものしか聞いたことがない。
「ヒカリちゃん、アタシ今日はもう行かないと」
腕を緩めるとガブちゃんはすぐに胸から離れてしまった。目が真っ赤に腫れている、きっとたくさん泣いたのだろう。泣けるうちはまだ大丈夫だ。性格が明るい分、ガブちゃんは無理することがあったから。
「ありがとうねヒカリちゃん、戦争開始前にまた何度か会いましょう……」
寂しそうな眼をするガブちゃんにボクはかける言葉も見つからず、離れていく彼女の背中をただ見守る事しかできなかった。
★
ヒカリちゃんはアタシが守らなきゃ。それはいつもアタシが思っていることだ。本来のあの子は誰よりも強かった。誰よりも弓が上手かった。
ただ、アタシは知っている。あの子は本来左利きだ。もちろん普段は右利きで生活しているし、左利きだと知る者は身内くらいだ。それがルールというか、法というか、左利きが禁則だからなんだけど。利き手で戦うヒカリちゃんに敵う
正直左利き禁止については意味が分からないと思う。
「アタシは次の戦争で天界にはいられなくなる。それまでに完成させないと……【朱き閃光矢】を超える切り札を――」
それはサグラードでも研究されている弓専用の魔法。アタシも天界に黙って研究に協力している。その魔法の名は――
闇黒魔法【漆黒の一矢】
ここまで読んで下さりありがとうございます!
~ひとくちプチ情報~
何故か詳細なキャラ設定の存在しない本作のメインボスのルーク君
シニエストロの末裔なのにね
考えてあげよう、また今度にでも