ブルーメスト〜光ばら撒きたいのに認められなくて困っています〜
ガシャン
私が5歳の頃、間違えて手を滑らせてしまって、家の玄関に飾られてあった花瓶を割った事があった
それがいけない事で、迷惑な事をしたんだと子どもながらにわかっていたから、すぐに花瓶を直そうと手を伸ばした
そうしたらすぐにお母さんが駆けつけてきて
ビタン
必死に私の手を止めてこう言った
「なにやってるの!危ないでしょ!?この花瓶はお母さんが直しておくから、奥行ってなさい」
いつも、そうだった
1人で何かをしようとしても、私の力不足でそれが出来ない
いつか1人で生きていけるようになりたいと、そう、心から、願っている
心地よい風が吹きつける緑の丘
私、光園昴は、お母さんと先生に後ろから見られながら、飛び立とうとしている
今度こそ、絶対成功させてやる…もう私は子どもなんかじゃないから
私はポケットから小さな花形のキーホルダーを取り出し、それに霊力を込めて巨大化させた
キーホルダーから変化した巨大なお花が宙を浮いている
このお花は黄色い花びらがめしべの周りを囲んでいるひまわりのような姿をしている
めしべといっても生殖能力はない、というか正確には花ですらないから、正確にはめしべ型の部分かな
私は今から、これに乗って飛び立とうとしている…
「ほら、しっかりやりなさいよ!今日は先生も見てるんだからね!」
お母さんに釘を打たれた
「わ、わかってる。や…やるぞ、今度こそ」
私はそっと茎を掴んでそこから霊力を流してあげた、するとこのお花、[ブルーメスト]がその霊力に反応した
花びらがプロペラのように回転していき、そのまま空へと真っ直ぐ上昇していった
それを掴んでいた私も当然空へと上昇していき、気づけば壁のように巨大な建物も、豆粒のように見える高さまで飛び上がっていた
だけどこの高さまでくると、体勢を保つのが大変になってくる
強い風に煽られてブルーメスト自体が激しく揺れ動き、更に酸素が低下して集中力も薄れてきた
「うわ!えぐ…あ、おわ!」
私はその揺れに耐えられず、うっかり手を離してしまった
「きゃあああああああああああ」
視界が霞むような上空から落下してしまった
「なにやってんの」
昴の母が小走りで前へ出た
測れない速度で地面へと落下していっている
私は急いで霊力を身体全体に纏い、落下の衝撃を和らげた上で、ドーンと音を立てて地面に墜落した
「いててて…ブルーメストは!?」
カランカラン
私の手元を離れたブルーメストは、流し込んだ霊力が切れ、元の大きさに戻って、私から少し離れた位置の地面に落ちていた
「と、取らないと」
ブルーメストを回収しようと手を伸ばした瞬間、お母さんが私を通り抜かして落下したブルーメストを回収した
「!!!」
「ほら、早く立ちなさい、そんなんじゃまだまだよ。はいブルーメスト」
お母さんはそういって、ブルーメストを私の手元に戻そうと右手を突き出した
私は起き上がった後、そのブルーメストを奪うように受け取った
「……………」
また、いつもの感情が込み上げてきた、今日も必死に押さえ込もうとしたけど、もう…限界になった
「………もういや!!!」
お母さんや、後ろで見守ってる先生がいる前で、思いっきり叫んでやった
これが、自分なりの覚悟の現れのつもりだった
「もう分かったでしょ!!!私がやったって無理なの!私には才能がないのよ!!!なんどやったってできないし!!」
「そんな事ない、諦めなければきっとできる!ほら、大丈夫自信持って」
「…だから、もう嫌なの!!!」
私はお母さんを振り切って、丘をかけ走って先生も通り抜けて、勢いよく走って逃げた
そのまま、町の中をいたずらに走った、なんの目的もなく
ただただ逃げるように
「はぁはぁはぁ」
もう丘なんて、どれだけ振り向いても全く見えなくなるぐらいには走り切ったところで、息が限界を迎えた
ぜはぜはと目線を地面に向けながらその場に止まる
一応、東西南北どう見渡してもお母さんや先生の姿は見えなかった
けどどうせ追ってきてる、それは間違いない
もう何度目かもわからない卒業試験の途中で逃げ出したんだから、追わないはずがない
「どこかに身を隠したいな…カラオケ行くか」
悔しさ、無力感、罪悪感
どこに当てればいいのかわからないこの気持ちを払拭できる唯一の場所、それがカラオケ
要するにストレス発散、私は気がつけば吸い寄せられたようにカラオケ店の中に入っていた
私が今入ったカラオケ店は、他とは少し変わっている
一階を出ると、外の景色が透けるように見える工事現場のような曲がりくねった階段に放り投げられ、その階段の途中途中にカラオケのための部屋が置かれている
1番恐ろしいのは透けるようにといっても階段の途中にガラス張りなどは一切貼られていない為、登っている間は外からの生々しい風が常時ごあいさつしてくるところ
これ高所恐怖症の人どうするんだろとツッコまざるを得ない歪な構造をしているのだ
私が入るのは4番目の部屋だから、階段を12回登ってようやく辿り着く
女子にはマジで地獄だ
だけどこの町にはストレス発散のためのカラオケがここしかない
「はぁ〜〜〜」とため息を吐きながら、私は渋々階段を登っていった
その間、私はこうなった経緯を思い返した
私の家、光園家は代々世界に光の気を拡散させる開花士と呼ばれる一族の一つ
私含めどんな人間の心にも必ず[闇]が一定数存在していて、これは何もしていなくても僅かに増え続けるもの
本人の意思や環境によって更に増大したり減少したりはすれど、何もしなければやがて心は闇で満たされていく
そうなればその人は自我を失い、ただ衝動のままに己の意思決定をするだけの存在になってしまう、そこには感情なんてなく、命の物差しすらも無い
完全に放置すれば世界中全ての人間がそうなってしまいかねない
だから開花士の一族が、定期的に人々の心の闇を浄化する効果を持つ、光を拡散させる事の出来る花、ブルーメストを使って日本中の人たちに光を拡散させているのだ
もちろん、日本中全ての人間に私たち光園家が光を拡散させているわけではない
開花士の一族が日本各地に存在していて、それぞれの場所の予め割り振られている地域で光を拡散させているというわけ
ちなみに外国にもこういった組織があるのかはよくわからない
少なくとも日本の開花士の一族達は、元々全て八咫烏の部署の一つで、明治時代に外国からその存在を隠すため日本各地に分散させて今の形になったって聞いたけど…
でも海外にもこういった組織とかがないと、とっくの昔に心が無くなった人々によって海外の国達が滅ぼされていてもおかしくないらしい、私にはよくわからないけど
そうこう考えている間に、12個もの階段を登り切って部屋の入り口の前にたどり着いた
疲れた。その一言、そろそろ訴えてやろうかと考えている
ところでカラオケといえば思い出した事が1つ
世の中には第一話でカラオケに行ってその後車に撥ねられて主人公が死ぬっていうなろう小説があるらしいけど、まさかこれフラグじゃないわよね?
そんな事うだうだ考えていても仕方ないか、登ってる途中で恐らく私を探しているであろうお母さんと先生を見えたし、さっさと現実逃避も兼ねたストレス発散を始めるとしましょう
私はそう考えながら室内へ入っていった
部屋の中は意外にも、至って普通の部屋だ
一見狭いが、きちんとL字型に詰めれば20人ぐらいは座れそうな広さのソファーもあるし、モニターもどこから座っても必ず正面にくるような位置に配置されている
そう考えると普通どころか割といい部屋なのかも、曲も多いし
そういうわけで私は歌い始めた、全てのストレスと、あたりようのない苛立ちを抱きながら
「野菜はまるで水の炎症〜♪」
歌いながらも思う、どうして私は毎回、あの程度の事もできないのかって
光園家の長女で、後継ぎだというなら、ブルーメストに乗って光を拡散させる事くらい、できて当たり前のはずなのに…
子供の頃からいつまでも、一度も上手く出来た事がない
小さい頃は、まだ大きくないし別にいいかなんて思ってたけど、それが今となっては呪いのように私を蝕んでる
もっと早く、上手くなれるように努力の1つはしていればよかった、いやそもそもお母さんを何一つ頼らなければよかったんじゃないか…とも思えてしまう
私はずっと、心のどこかでお母さんの事を頼っていた
どうして私にこんなやりたくもない事押し付けるんだとか、今時親の家業を引き継ぐのを強制されるなんておかしいとか
何度もお母さんを忌々しく思ったけど、それでも私の中に、どこかこの仕事をやりとげなければならないという、圧迫されるような責任感があった
そうでないと、世界の誰からも認めてもらえないような疎外感があったから
だからそれに甘んじて乗り込むように、私はいつの間にか本心から開花士を志していた
だからいつも私を叱ってくれるお母さんに、どこかずっと、頼って…いや、甘えていたのかもしれない
でもこのままじゃ駄目な事も当然わかってる、本当の一人前というのは護ってくれる人から自立した人のこと
私もいつか大人にならないといけない、いつまでも子どもじゃいられないんだ
だから私も変わらなきゃいけない、いつまでもお母さんに甘える事なく、自分の足でしっかりと前を歩くことのできる自分に…
だけど、どれだけ頑張ってもそうはなれない…
私が自分の力で起こったトラブルを解決して見せようと手を伸ばしても、その前にお母さんが全てを片付けてしまう
いつも間に合わないでいる、でもそれは、本当は間に合っていないんじゃない
私の意思が、遅いんだ
いつまで経っても…………
私はカラオケ部屋から出て、またあの階段を降りて店を出ようとした
すると目の前から20代前半くらいの女性が3人、仲良さそうに話しながらこちらへ向かってきた
私はそれを避けるように階段の右端に移動して立ち止まり、その3人も私を避けるように左端に移動しながら通り過ぎていった
相変わらず会話を続けている
その時一瞬だけ、真ん中の子が振り向いて私の方を見たけど、すぐに首を元に戻して会話を続行していた
特にかまわずまた下へ降りようと足を進めたが、ここで何かを感じてすぐに私は後ろを振り向いた
だけど景色は何もかわらず、やはり女性ら3人が会話をしながら階段を登っているだけだった
けど間違いなく違和感がある、私の耳に焼きつけられたようなこの違和感
あの3人の真ん中を歩いている人の、甘くて可愛くて、優しい声
どこかで聞いた事がある気がする…
カラオケ店を出て、なにを考えたかキーホルダー化させたブルーメストを取り出しながら、「これからどうしよう」とため息を吐いた
その時、突然強い風に吹き付けられた
私は咄嗟にスカートを抑えようと左手を膝の辺りにつけたら、もう片方の手への集中が逸れて右手に持っていたブルーメストを思わず手放してしまった
「あっ」
キーホルダー状に小型化させたブルーメストが、風に乗ってヒラヒラとどこかへ飛んで行った
「あ、ヤバい」
私は風が止むと同時にすぐにブルーメストを追って走った
あれがないと開花士の仕事をすることなんてできない
さっきまで悩んでいたこと自体が無駄になる
でもそれ以上に、これ以上未熟な失態を犯したくない
私はブルーメストの霊力を頼りにとにかく走った
ブルーメストは人が流した霊力に反応して巨大化したり光を拡散させたりするけど、それ自体にも多少の霊力があるからそれを頼りに走ればいい
私の手元にあった時はお母さんに見つからないようにブルーメストの霊力が漏れ出さないようにしていたけど、手元から離れた時点でそれは無くなってるはずだから簡単に見つか…
「あ!!!」
私は走りながら思わず大声で叫んでしまった、今自分がどういう状況にあるのか理解したからだ
今ブルーメストは私の制御を離れて霊力が垂れ流れている
そしてお母さん達は今私を探している、私を探し当てるのに最も役に立つのが霊力だ
つまり今お母さん達はブルーメストの位置を霊力を辿って知っている、私が手から離して風に流されている事も恐らくわかっているだろう
もしここで間に合わなければ、また私はお母さんに遅れる事になる
嫌だ、それだけは。もうこれ以上、お母さんに私の弱いところを見せたくない…
もう、弱い自分でいたくない…!!!
今度こそ、お母さんよりも早く、ブルーメストを見つける
お母さんより早く、私があるいてみせる
そのために私は走った、とにかく早く
ブルーメストを追って走った先に、ある小さな公園に辿り着いた
少し錆びた遊具が数ヶ所置かれているだけの、本当に小さな公園、見たところ遊んでいる子どももいない
そしてその公園のちょうど真ん中に位置する所に、ブルーメストが誘うように転がっていた
お母さんも近くには見当たらない、私はやったと思ってそこに走った
静かにブルーメストを拾い上げ、無意識にそれをじっと見つめた
その瞬間、内から込み上がってくるように、勇気が溢れてきた
…勇気と表現していいのかはわからない、ただそう思いたいだけかもしれない
だけどその気持ちを何一つ疑わず、素直にそう想いたいと思えるぐらいには、間違いなく勇気が溢れていた
「昴!」
素早い足音と共に聞こえてきた
お母さんと先生が公園に着いたようだ
………今ならやれるかもしれない、いや、やれる気がする
まだ不安は残っているけど、それでも
私はブルーメストを持つ手をぎゅっと握り締め、勢いよくお母さんの方を振り向いて言った
「お母さん、私…やる!それとおねがい…もし上手くできたら、私を開花士として認めて」
「昴…わかった、しっかりやりなさい!」
私は霊力を込め、ブルーメストを巨大化させた
私はその茎を掴み、吹いてきた追い風に乗ってブルーメストと一緒に飛び上がった
さっきの反省から、無理に空へ上がろうとはしなかった
ちょっとした坂道を自転車で漕ぐように、追い風に乗って右へ右へとゆっくり上昇していった
そうしている内に、壁のように巨大な建物も、豆粒のように見える高さまで飛び上がっていた
大丈夫、やれる
私はブルーメストに更に霊力を流しこんだ
その瞬間、花びらから眩しいくらいの光の粉が大量に溢れ出した
「すごい…」
思わずそう呟いた、けどそれ以上に…なぜだろう、開花士の一族のさがって事なのかな
今私、走り出したいくらい…「すごく楽しい!」
私は風に乗って、町中に光をばら撒いていく
ビルの群れの隙間や、流れる川の上、さっきのカラオケにも
色々なところを綿毛のように飛び回って、光をばら撒いていった
ブルーメストからはもう光は出ない
光の拡散が終わった
私はふわりと風のままに、さっきのカラオケの前に着地した
ブルーメストを元の大きさに戻して、じっとそれを見つめる
その時偶然、さっきの3人がカラオケから出てきた
そして、たまたま目に入った昴を真ん中の人が引き寄せられたように見つめた
目を輝かせ、舞い踊るような表情をした昴の顔を…
「昴ーーー!!!」
お母さんが、走って私に近づいてきた
「お母さん…」
私は反射的に目を細めた、何故だろう…目を合わせられない
「すごいじゃない!ちゃんと光、飛ばせてたよ!」
優しく、笑顔でお母さんはそう言った
「そ…そういうのいいから!」
私は素早く後ろに顔を回した
頬が赤らむ…わかってる、素直にならなきゃいけないことぐらい
「………あ///ありがとう、お母さん。今までずっと…見守っててくれて」
それを聞いた昴の母は、目をあっ…と開け、口もとを僅かに開いた後、抱きしめるように静かに笑った
「なんて〜?よく聞こえなかったな〜〜」
「うるさい!なんも言ってないわよ!!!」
この日、この町のカラオケ店の入り口で、素直になれた親子の合唱が、響き合っていたという
その夜、あるVtuberが生配信を行った
その人は甘く可愛く、優しい声が特徴…
そう、昴がカラオケですれ違った3人組の真ん中の女性は、このVtuberの声優であったのだ
視聴者からのコメントを読み、楽しそうに雑談が膨れ上がっている
その中で、「なんか最近良いことあった?」というコメントが流れてきた
この人がそれに答える
「あ、やっぱりわかる?なんか私最近気分良いんだよね〜、なんでだろ…あ!そういえば今日面白いことあってさ!」
そのコメントから、更に話を膨らませた
「なんか今日さ、リア友とね、カラオケに行ったの。そしたらさ、なんかすごい元気なさげな人と、すれ違って。なんていうか…絶賛人生を彷徨ってますみたいなwちょっと失礼かなwまぁそういうのがいたんよ。でね、まぁカラオケ終わって外出たら、なんかその人が入り口の前に立ってたんよ、でもなんか様子が違くて違うっていうか見違えてた。雰囲気が全然違くて、すごい輝いて見えた。ずっと超えたかった壁を乗り越えた人みたいなさ。そんな感じになってて、なんか見習わなきゃなぁって、思った。なにがあったのかは知らないけどさ、あの一瞬であの人は何かを乗り越えたんだとしたらさ、人は一歩を踏み出せるんだ!ってなって。私も今ちょっと悩んでる事あったから…背中押されたよね、なんか…勇気湧いてきた。」
少し嬉しげに、視聴者へそう話した
「………いやでもホントさっきから気分良いな〜、なんか暗い感情がなくなったみたいな」
そう言うとコメント欄が、「おれも」「僕もです」といったコメントで溢れた
「えーみんなそうなんだ!なんか、良い感じの日なのかもね」