転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
子供が泣いている。私の子だ。
「ふ、ふえぇ。ひっく、ひっく」
泣く姿と声は痛々しくて、すぐに抱きしめて撫でてあげたくなる。
でも、私は冷たく言い放った。
「カルナス、泣くのではありません。情けない! 誰がわるいの? お母様にいきなり香水をかけたカルナスが悪いのでしょう? はぁっ……これだから子供はイヤなのよ!」
カルナスと呼ばれた子供は、母の声にビクッと身をすくめた。
「ご、……ごめんなさ……っ」
サファイア・ブルーの瞳から透明な涙があふれる。
「う、うっ……ふ、ふぇ……っ」
泣きやもうとしている。なんて、健気。
カルナス、可哀想。
実の母親なのに、私、酷い――……怒りが胸に湧く。
「わたくしはもう知りませんからね! ……あ、らっ……?」
刃のような言葉を吐き捨てた口をおさえて、私はフラッと倒れかけた。
「王妃様!?」
そばにいた女官が慌てて身体を支えてくれる。
「あ、あ……っ!? こ、この記憶は、感情は……っ、ぜん、せ?」
私の中で、二つの自我がせめぎ合う。
香水をかけられた瞬間に蘇った前世の記憶の自分と、今までの自分だ。
前世の記憶によると、ここは小説の世界。
目の前のカルナス王子は、成長した後に小説のヒロインと恋をする予定だ。
私はカルナスを虐待する意地悪なお母様、エレオノーラなのだ。
周囲が騒然となる中、可愛いカルナスが駆け寄ってきた。
「お、おかぁさまぁっ……!!」
おろおろと私に寄りそう体温があたたかい。
「いちゃいの? くるしぃの? お、おかぁさま……っ」
心配してくれている。優しい声だ。
あんなに冷たくされたのに、この子は母親を慕っているのだ。
(なんて健気なの。なんて愛らしいの)
そう思う力が、私の自我を固定させた。
「カル、ナス……」
「おかあ、さま。おかあさま、だいじょうぶ? おかあさま」
「カルナス……!!」
母親の声で呼びかけて、いたいけな子供をぎゅっと抱きしめる。
「お、おかあ、さま……っ?」
ああ、我が子が戸惑っている。
私に優しくされたことがないのだもの。当然よ。
「ごめんなさい、カルナス。お母様が悪かったわ……っ」
熱い想いが胸に湧く。
今までの仕打ちは、なかったことにはならない。
この子の心には深い傷がある。私がたくさん、傷つけたのだ。
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
必死に言って、宝物を慈しむように優しくカルナスの頭を撫でる。
「お、おかあさま。おかあさまぁ……っ」
小さなカルナスが一生懸命に私に抱き着いて、わんわんと泣く。
と、そこへ。
「エレオノーラ? またカルナスを泣かせて……!」
夫である国王ハロルドがやってきた。
夫ハロルドは、美男子だ。
すらりと背が高く、高貴な気配を全身から漂わせる夫は、良い父親でもある。
私がカルナスを虐めて泣かせたところにハロルドが「やめないか」と止めに入り、我が子を抱えて、別の部屋に連れて行くのが日常なのだ。
ハロルドは、私の手からカルナスを慌てて取り上げた。
「カルナス、ああ、またこんなに泣いて、可哀想に。お父様が守ってあげるからな」
「ち、ちがうよ、おとうさま。おかあさまは、やさしくしてくれたよ。ぼく……ぼくがわるいんだ……っ」
ハロルドが私を見る。悲し気に。
『お前はなぜ我が子に酷い言葉を浴びせるのか。私の子を、……国宝たる王子を、なぜ泣かせるのか』
眼差しから思いが伝わってくる。
この夫は暴力をふるったり、声を荒げたりはしない。
強い言葉で妻をなじったりはしない。けれど。
「お前は、なぜカルナスを毎回泣かせるのだ。……この子が可哀想だ」
夫は理知的に、穏やかに、悲しげに「なぜ泣かせるのか」「やめないか」「可哀想だ」と言う。
普段のエレオノーラはそれに反発して、「ふん! 知りませんわ!」と憎たらしく言い返していた。けれど、今日は違う。
「申し訳ありません、あなた。反省していますわ」
「えっ!?」
私が殊勝に言うと、夫ハロルドは大きく眼を見開いた。びっくりしている。
「わたくし、今までのことを悔いています。酷い母親でしたわ……反省して、良い母親になろうと思います」
「エ、エ、エレオノーラ? んっ? ど、どうしたのだ、いつもとあまりにも違うぞ」
その後、ハロルドは医者を呼び、私は寝室で医者に囲まれることになった。
はい、正気を疑われたのです。
* * *
輝く太陽。
澄んだ青空。眩しい白い雲。咲き誇るカラフルな花々。
そんなお城のお庭で、可愛らしい我が子カルナスが笑っている。
「おかあさまーっ!! じゅう、かぞえてね~っ!」
「は~い」
「んしょ、んしょ、ぼくねぇ、ここにかくれるの」
護衛にいっぱい囲まれての、可愛らしいかくれんぼ。
「こっしょりなんだよ」
「はい、殿下ッ」
「しーっ、だよ」
「……はい、殿下」
「くすくす」
護衛との会話が全部、きこえていますよ!
医者から「病気ではありません」と太鼓判をおされた私は、我が子と仲良く遊べるようになっていた。
手で顔を覆い、「いーち、にーい」と十まで数を数えてから優雅に我が子を探すふりをする。
護衛がすぐそばにいるのもあって、実はとってもバレバレなのだけど。
「お母様の可愛いカルナス、どこにいっちゃったのかしら? やだ、見つからないわ」
困ったふりをして、茂みをのぞきこむ。すると。
「……あな、た!?」
「あ、やあ」
茂みには、全身を縮めるようにして身を隠していた夫ハロルドがいた。
ぱちりと目が合って、私はビクッとした。
「み、見つかってしまったな」
「あ、あなたを探していたわけではありません……」
見なかったことにしよう。
私は夫を無視して、他の場所へと移動した。
「ふふふ~っ」
笑い声がきこえる。柱のかげに隠れているカルナスだ。
「あら、可愛いお声がきこえました! わたくしの坊や、そこにいるのね」
「あっ、しまったぁ」
みーつけた! と明るく言って、私は我が子を抱きしめた。
いい匂いがして、温もりに胸がいっぱいになる。
「お母様、ぜんぜん見つけられなかったわ。カルナスはかくれんぼの天才ね!」
「次は、おかあさまの番!」
「ええ、ええ。お母様、がんばって隠れるわね。ちゃんと見つけてくれるかしら」
「うんっ。ぼく、おかあさまをみつけるよ!」
あどけない子供の声が、「いーちー、にーい」と数えている。可愛い。
私はニコニコしながら噴水の後ろに隠れた。
噴水の真ん中には大きな像が立っているから、その陰に隠れるように座る。水しぶきがちょっとかかるけど、気持ちいい。おひさまを浴びた水がきらきら輝いて、綺麗。
と、隠れていると。
「あ、あなた……」
夫がのんびりとやってきて、隣に座るではないか。
「あちらへいってください。今隠れているのです」
「まあ待てエレオノーラ。見つけたときにお父様も一緒だったら、カルナスにとって嬉しいびっくりなのではないかな」
「ええっ?」
「こ、子供を喜ばせたいと思わないか」
「あなたそんなことを仰って、混ざりたいだけなのでは」
「そ……そうだ。混ぜてくれ」
あっちへ行って。いやいや行かない。
そんな問答をしていると、可愛らしい声が響いた。
「あっ、おとうさま、おかあさま~っ、一緒にかくれていたの?」
カルナスに見つかったのだ。
私とハロルドは「いいな?」「仕方ありませんね」とアイコンタクトをして、仲良し夫婦を装った。
「見つかっちゃった~、うふふ」
「見つかってしまったな、ははは」
「ぼく、おふたりがなかよしで、うれしい!」
カルナスが嬉しそうに言うので、私は「あらあら。このあとはお父様と二人で一緒に絵本を読んであげるわ」と言ってしまった。
夫の目がちょっとびっくりしたように私を見ている。
な、なんですか。
「君は本当に変わった……」
ハロルドはそう呟いて、臣下に絵本を持ってこさせた。
「カルナスも喜ぶし、その……仲良くしよう、エレオノーラ」
「まあ、あなた。今さら……今まで散々ひどい妻だったわたくしと、仲良くしてくださるの?」
「君がよければ、ぜひ」
目と目が合って、私は初めてこの夫ハロルドと会話した日を思い出した。
私たちは政略結婚だった。
ハロルドは好ましい夫だった。
容姿も美しくて、優しそうで、私は安心した。
彼が国花であるメロロディアという虹色の花の花束を差し出して微笑んでくれたときは、胸の鼓動が高鳴った。
『メロロディアの花は、純粋な者の切なる願いを叶えてくれるのだといわれている』
素敵、と思った。
『エレオノーラ、私は夫として、あなたが幸せであるように願おう』
嬉しかった。
受け取るとき、指先が触れ合うと特別な感じがして、頬が熱くなって――ああ、もしかしてこれが恋なのかしら? と、そう思ったりして。ハロルドもまた、異性への好意を自覚して持て余すような初々しい表情で顔を赤らめていたので、私はドキドキしたのだった。
私たちは恋を知らないまま夫婦になった二人だったけれど、その時の私たちはまるで初恋に浮かれる恋人同士みたいで、……楽しかった。
子供を産んだあとは、ハロルドは子供に夢中になった。
彼は子供への接し方が私よりずっと上手だった。
もともと子供が苦手だった私は、自分がうまく子供に優しくできないことに苛立ちをつのらせ、子供に嫉妬までして、……どんどん拗らせていったのだった。
* * *
庭園の長椅子に座り、あたたかな日差しの中で夫と一緒に絵本をひろげる。交代で読むのは、カルナスが大好きな物語だ。
「魔法使いがいいました。王子様、お母様との思い出の花の香水に、魔法をかけましょう。この香水をお母様にかけてごらんなさい」
慣れた様子で絵本を読むハロルドの声は、優しかった。
(思い出の花の香水……)
そういえば、前世の記憶が戻った日、カルナスは香水を突然かけてきた。
思えばあの香りは、エレオノーラとハロルドの思い出の花、虹色の国花メロロディアの香りではなかったか。
「魔法の香水は、奇跡をおこしてくれました。お母様の呪いは……解けたのです」
カルナスが元気いっぱいに頷いて、幸せそうな顔をする。
「ああ……わたくしの可愛い王子。あなたのおかげで、目が覚めました。いままで……」
母のセリフを読んで、声が詰まる。
まるで私のよう。カルナスのよう。
こみあげてくる熱い想いに、目が潤む。
「エレオノーラ」
「おかあさま」
大切な家族が愛情を感じさせる声で私を呼んで、心配してくれる。
私は涙をこらえて微笑んだ。
「今まで、ごめんなさい。……愛しているわ」
穏やかな家族の時間が過ぎていく。
ページをめくる指先が触れて、二人揃って頬を染めたり目をそらしたりする国王夫妻と、そんな父と母を嬉しそうに見る王子の姿は、この国の幸せの象徴として臣下の間で嬉しそうに語られることになる。
「ぼく、おとうさまとおかあさまが、だいすき!」
王と王妃に愛されて、可愛い王子は元気いっぱい!
――Happy End!
読んでくださってありがとうございます。
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最後までお読みいただきありがとうございました!