第2話 《雨と銭湯》
翌朝、部屋のチャイムが鳴るとドアが開き、志音が入って来た。
「おはよう。来たよー」
「おぅ、いらっしゃい」
俺は漫画を描くのを中断しペンを置いた。
「珍しく起きているじゃん」
志音は靴を脱ぐと部屋に上がり昨日と同じ場所に座った。
「今日13時からバイトがあること忘れていてそれを昨日の夜に思い出したんだ。すまんな」
「えー、あと3時間しか無いじゃん」
「ホントにごめんな」
「じゃぁさ買い物行こうよ」
「買い物? まぁいいけど、どこに?」
「どこにしよう?」
「考えてなかったのか……」
「どこかない?」
「そうだな……あ、じゃぁ電器屋は?」
「いいけど何か買うの?」
「ヒーターでも買おうかなって。エアコンだと暖まるまで時間かかるし」
「いいね! それじゃ、早く買いに行こう」
俺は椅子から立ち上がり机の上に置いてある財布とスマホをポケットに入れた。
志音は靴を履くと真っ先に部屋を出た。
「早く早く」
「おいおい、俺を置いて行くなよ」
急いで靴を履き部屋の鍵を閉めて志音の所へ向かった。
電器屋はここから20分ほど歩いたところにある。
空は昨日より曇っていて今にも雨が降りそうだ。
悴む手をポケット入れながら歩いた。
「やっと着いたー」
「寒すぎる……志音、大丈夫か?」
「うん。あまり寒さ感じないみたい」
「そうなんだ。羨ましいな」
店に着いた時、俺の手は外の寒さで感覚が変になっていた。
この電器屋はこの辺りだと一番大きく品揃えも良い所だ。
店内は暖房が効いていてとても温かく、その暖かさでまるで凍った手が溶けるような感じがした。
「私は適当に見て回ってる来るね」
「俺は暖房売り場に居るから」
志音は店内を巡回し、俺はヒーター売り場に向かった。
この時期は大きく宣伝している。
売り場にはいろんなヒーターが展示してある。
その日は丁度年末に向けて値下げされていた。
出来るだけ安い物を探していると早くも志音がやって来た。
「良いのあった?」
「セラミックヒーターかシーズヒーターのどっちが良いのかな?」
「私、機械系無理」
「どっちも部屋暖めるのは不向きっぽいんだよ」
「んー……あっ、これなんていいんじゃない?」
志音は展示してあるコタツを指した。
値札には在庫限り1万5千円から値下げで1万円と書いてあった。
「コタツもいいな」
「こっちにしようよ」
「よしっ、じゃぁこれにするかな」
「台車持って来るね~」
俺は棚の下に置いてある同じ商品を取り出し志音が持ってきた台車に乗せてレジに運んだ。
流石にこのコタツを持って帰るのは無理だろう。
会計を済まし、レジで配送サービスの紙に住所や名前などを書き店員に渡した。
「配達予定空いているから明日には届くって」
「やっと暖かい部屋で描けるね」
「だな」
店を出て歩いていると顔に冷たい滴が落ちてきた。
「あっ……」
「どうしたの?」
「今、雨が降ってきたかも」
「じゃぁ早く帰ろうよ」
「そうだな」
急いで家に向かったが雨は徐々に降ってきた。
途中、高架橋下で雨宿りをしたが既に服は軽く濡れてしまっていた。
「結局アパートには着かなかったね」
志音は服に付いていた滴を掃っていた。
「シャワー浴びないと風邪引くな。近くに銭湯があるからそこに行かないか?」
「でもお金が……」
「大丈夫。そこの銭湯、俺の友人の家だから無料で入れるんだ」
「いいの?」
「大丈夫大丈夫。雨がもっと強くなる前に行こう」
俺と志音は再び雨の中を走って行った。
銭湯に着いた時には服は7割ほど濡れてしまっていた。
「寒っ」
「早く入ろうよ~」
銭湯の古い引き戸を開けるとフロントに1人の従業員が居た。
その従業員は俺の昔からの友人である祐樹だ。
「いらっしゃい! ってなんだ幸太か。てかお前その格好どうした!? しかも可愛い子連れて」
「帰り道雨降って来てさ」
「とにかくこれ使え。風邪ひくぞ」
祐樹は急いで棚に置いたタオルを渡してきた。
「ありがとな」
「ありがとう~」
俺と志音は受け取ったタオルで髪を拭いた。
「それでその子は?」
「一緒に漫画作り手伝ってくれているんだ」
「初めまして志音です。よろしくね」
志音は軽くお辞儀をした。俺の時とはなんか対応が違うような……
「俺は祐樹。幸太とは小さい頃からの付き合いなんだ。幼馴染ってやつだな」
「自己紹介はこの辺にして風呂借りるぜ。こいつもタダでいいか?」
「おぅ、いいぜ。丁度客は居ないから」
「貸し切り状態だな」
「だね~」
「脱衣所の乾燥機使っていいから。使い方はそこに書いてあるで」
「助かるぜ」
お互いそれぞれ男湯と女湯の脱衣所に向かった。
俺は脱衣所で濡れた服を乾燥機に入れて風呂場に入った。
誰もいない風呂はたまに来る時より広く感じて静かだ。
そしてお湯で体を流し風呂に浸かった。
「(生き返るー)」
湯加減は最高に良く、ここ数日の疲れが一気に飛ぶ感じがした。
体も温まり風呂を出るとすでに乾燥機が止まっていた。そしてそこから乾いた服を取りだし着て休憩スペースに向かった。
「(まだ出てきてないのか)」
そこにはまだ志音の姿がまだ無く、待合室のソファーでテレビを観ていると女湯の暖簾をくぐって志音が出てきた。
「お待たせー」
「コーヒーミルクでも飲むか? 奢るよ」
「私は大丈夫。気持ちだけ貰っとくよ」
「そうか?」
俺はカウンターの所にある冷蔵庫からコーヒーミルクを1本取りだした。
昔ながらの瓶で紙の蓋をしてあるタイプの物だ。
「祐樹、コーヒーミルク1本買うよ。金はここに置いておくから」
「はいよ」
財布から150円を出しフロントに置いた。
俺は志音の隣に座り蓋を開けコーヒーミルクを飲んだ。
「やっぱり風呂上りの一杯は美味いな」
「そうだね。あっ、雨上がったみたいだよ」
「これで帰れるな」
窓の外を見ると雲の隙間から青空が見える。
まるでさっきの雨が嘘だったかのようだ。
「そういえばそろそろバイトの時間じゃないの?」
「あっ! 忘れてた」
ポケットに入っているスマホを出して時間を確認した。
「やべぇもうそろそろバイトの時間だ。一旦家帰って準備しないと」
「私は今日のところは帰るね」
「おぅ、今日はごめんな。明日は午後から空いているから」
「分かった。またね~」
「じゃぁな」
志音は入り口で靴を履いた。
「祐樹君、お風呂ありがとうね」
「いつでもタダでいいぜ」
「ありがと。また来るね」
そう言って志音は一人雨上がりの空の下を歩いて行った。
「佑樹。今日はありがとな」
「別に良いって。にしてもお前なんだか明るくなったな」
「そうか?」
「この前までは目に光が無い感じだったけど」
「志音のお陰かもな」
「そっか。バイト頑張れよ」
「おう、じゃっまた」
その日の夜、バイトが終わりアパートに帰る途中新しく出来た小さな雑貨屋に寄った。
「いらっしゃいませ~」
店内には女性の店員さんが1人だけ。
棚には綺麗な小物などが売られている。
ショーケースを一通り見ていると桜のペンダントが目に入った。
「すみません。これください。プレゼントで」
「かしこまりました」
手伝ってくれた志音にプレゼントと思い桜のペンダントを買って帰った。