第1話 《夢に向かって》
寒い日が続く日の朝。俺が布団に包まって寝ていると突然志音が部屋にやって来た。
そして寝ている俺の横に座り「幸太、朝だよー!」と言いながら勢い良く俺の楽園……いや、布団を剥ぎ取った。
「寒い……」
その寒さにすぐに目が覚めた。
室内でもこの寒さはなかなか厳しい。
「そっちが来て言うから来たんだからね」
「ごめんごめん。てかどうやって入った? まさか鍵開いていたのか?」
「あ、うんうん。不用心だよ」
俺は起き上がり椅子に座った。
目の前の机の上には漫画を描くためのパソコンがありその横にはペンタブレットなどが置いてある。
ここが俺の作業スペースだ。
「それで私は何を手伝えばいいの?」
「今度漫画大賞があるからそれに向けての漫画制作の協力をと思ってな。まずは俺が考えたストーリーを聞いてくれ」
「うん、良いよ」
俺はストーリー語った。
自分の中では最高の出来のつもりだ。
まるで大好きな漫画を語るかのようにストーリーや設定を細かく説明した。
他の人に自分の作品を説明するのはなんだか楽しい。
「それで主人公は家に戻るって話なんだ。どうかな?」
「なんて言うか……主人公の決意がね……あとサブキャラがなんか多すぎてゴチャゴチャする」
「えっマジか。どうするか……」
「私がストーリーを考えてあげようか?」
「自信あるのか?」
「まぁね」
「それじゃ何かストーリーを聞かせてくれ」
「うん、いいよ。えーっとね……」
志音は自分の考えたストーリーを俺に聞かせてくれた。
話を聞くたびにその世界が見え、胸が熱くなっていた。
即興にしては伏線などが細かく作られていた。
「で最後に二人は出会うって感じの話し。どうかな?」
「凄いな!」
「まぁね」
志音は自信満々に小さな胸を張った。
その時俺の腹の音が部屋に響いた。
「あのさ志音、買い物に行かないか? 腹減ってさ」
「いいよー。買い物ってどこに行くの?」
「すぐそこのコンビニ」
このアパートから200メートルほど先にコンビニがある。
俺は着替えると財布とスマートホンを上着のポケットに入れた。
「スマホ持っているんだね~」
「志音は持ってないのか?」
「私のはこの前割れちゃったかな?」
「早く買いなおした方がいいぞ。そろそろ最新機種出るだろうし」
「戻れば買うかもね」
「戻ればって?」
「こっちの話し~」
志音は時々なにか隠している様な気がする。
靴を履き今度は忘れずに鍵をかけてアパートを出た。
空は厚い雲に覆われている。この地域は雪が降らないからたぶん今日か明日には雨が降るだろう。
コンビニに着くと入口でカゴを持ち弁当コーナーとパンコーナーに向かった。
並んでいる弁当から俺は新作のを手に取った。
「これ美味そうだな」
コンビニは良く新作のが出るため飽きることが無い。
俺は次々と商品をカゴに入れた。
「何か買ってやるよ」
すると志音は首を振って「ご飯食べて来たからいいよ」と言って断った。
「そうか?」
「私、本読んで待つよ」
そう言うと雑誌コーナーへ向かった。
俺は早めに買い物も終わらせ商品が入っている袋を手に持って志音がいる雑誌コーナーに向かった。
「おーい、帰るぞー。……ん?」
返事が無いので行くと志音は真剣に雑誌を読んでいた。
「何読んでいるんだ?」
見るとそこにはここ数日前に起こった事件や事故の記事が書かれていた。
中には連日連夜テレビで放送されているのもあった。
そのページには俺の住む地元の記事も書かれていた。
「そうそう。この事故隣町だったらしいな」
その記事の内容は隣町で自転車に乗っていた人が車に撥ねられ意識不明というものだった。運転手はそのとき飲酒していたらしい。
「……」
志音はそのページをじっと読んでいた。
何やらただ事じゃないような気がする。
「どうした? まさかこの事故に遭った人知り合いとか……」
「えっ? あっ、違うよ。この子可愛そうだなって。早く帰ろっ」
志音は雑誌を元に戻し直ぐにコンビニを出た。
「ちょっと待てって」
俺も後を追ってコンビニを出た。
アパートに着くと凍える手で鍵を開けて部屋に入った。
荷物を置き、俺は机の椅子に座り志音は床敷いてある座布団に座った。
「最近ますます寒いよな。志音は平気なのか?」
「もちろん寒いよ。早く暖房点けてよ~」
「そうだな」
俺は机の上にあったリモコンでエアコンの電源を押した。
「これで……ってあれ?」
「どうしたの?」
「電池が切れているみたい。しかも買い置きも無い……」
「えー、他に何かないの? ヒーターとか」
「古い電気ヒーターならあるけど出すのが大変でさ」
「どこにある?」
「確かそこの押入れの奥だったかな?」
そう言って志音が座っている背後にある押入れを指した。
そこは普段開けない所で使わなくなった物が入っている場所だ。
「この中?」
「そうそう」
志音は振り返り押入れを開けた。その中にはいろんなものが詰まっていた。
「この中に……」
当然の反応だな。なにしろ中にはいろんな大きさの段ボールの山があるからだ。
学校で使っていた物や買ったけどあまり使わなくなった物、夏場に使う扇風機などが入っている。
「出すの時間掛かるぞ。腹も減っているし」
「か弱いこの私が風邪引いたらどうするの?」
「か弱いって自分で言うか……ったく仕方ねぇな。頑張って出しますか」
「やったー」
俺と志音は押入れに入っている物を順番に出していった。
作業開始からそこそこ時間が経過したとき『ヒーター』と書かれたボロボロの段ボールを発見した。
「引っ張り出すぞ!」
「うん!」
二人で段ボールが破れないように取り出した。
箱はあっちこっちに穴が開いている。
「この中にあるはずだ」
開けると見覚えのある懐かしいヒーターが出てきた。
「……これ動くの?」
「去年、いや一昨年くらいまで使っていたから大丈夫だろ」
コンセントに繋げ電源を点けた。
電源が入るが冷たい風がいくらたっても一向に暖かくならなかった。
「どうなってるの?」
「えっと……お亡くなりになりました」
肝心な暖房機能だけが壊れているみたいでただの送風機と化していた。
無駄な努力だったみたいだ。
「私は毛布で我慢するよ」
そう言って俺の布団に潜り込んだ。
「俺は朝飯……もとい昼飯を食うかな」
時刻はすでに13時になろうとしていた。
まぁ起きたのが遅かったからな。
コンビニの袋から弁当を出して電子レンジで温めた。
「何か食うか?」
「あまりお腹すいてないからいいよ」
「でも朝からかなり時間経っているけど?」
「気にしないで食べて。私は漫画でも読んでいるから」
そう言うと志音は本棚から漫画を取り出し布団に包まりながら読んだ。
その間に俺は温かい弁当を食べた。
昼飯を食べ終わるとすぐパソコンに向かい漫画のネームを描き始めた。
志音も紙にシナリオを書いた。
部屋には絵と文字を書く執筆の音だけが響いた。
気が付くと日は落ちていて外は暗くなっていた。
「もう外暗いな」
「冬は日が落ちるの早いからね」
「そういえばそっちの学校はもう冬休みなんだよな?」
「あ、うん。そうだよ。高校は早いからね」
「そうか―――ん? 高校?」
「うん。私高校生だけど」
「中学生かと思ってた……」
「酷いっ! というかそれだと犯罪だよ」
「はっ! 確かに……」
「ホント大変だったんだね。私そろそろ帰るよ」
志音は立ち上がり玄関に向かった。
「一人で平気か?」
「平気、家近いし一人で帰れるよ。幸太は漫画がんばってね。書いたシナリオそこに置いておくから」
「ありがと。気を付けてな」
志音は靴を履いてドアを開けた。
外からは冷たい風が入ってきた。
「じゃまた明日ね」
「また明日」
ドアがゆっくり静かに閉まった。
部屋に静けさが戻った。
「さて、もう少し頑張るかな」
俺は再びパソコンに向かい漫画を描き始めた。