いいからヒロインが早く来い-悪役令嬢、婚約者に想定外に溺愛され項垂れる-
「どうせっ…どうせ僕は誰にも愛されないんだ!」
「貴方はバカなの?ぴーぴーと泣いて愛だけ求めて誰も愛さない人が、愛されるわけないじゃない」
「え」
「いい?愛されたいのなら、まず貴方が人を愛するの」
「でも…」
少年は自分の左目を触る。
「僕は呪われた赤を宿しているのに…僕なんかに愛されて喜ぶ人なんて…」
「本当にそうかしら」
「え」
「私はね、貴方の泣き虫で弱虫な性格はともかく…貴方の綺麗なオッドアイは、好きよ」
「…!」
少年はまた泣いた。少女は笑う。
「また泣くの?私の婚約者は本当にどうしようもない人ね」
「エレナ、僕、僕」
「なにかしら」
「強くなって、エレナの最高の旦那さんになるから!だから、エレナを愛してもいい?」
「ニコラス。愛に許可なんていらないのよ。好きに愛したらいいわ。ただ、愛したら必ず愛が返ってくるというものでもないの。報われない愛もあるわ」
少年は涙をぽろぽろ流しながらも、少女を真っ直ぐに見つめる。
「報われなくてもいい。僕は君を愛してる」
「そう。私は貴方を愛さないけれど、貴方のことが好きよ」
「え?難しくてよくわからない」
「いいの。気にしないで。…それと、貴方の綺麗なオッドアイを呪われたなどと侮辱した相手を教えてちょうだい。叩きのめしてくるわ」
「エレナ、危ないことはしちゃダメだよ」
少年は暴走しそうな少女を止める。少女はそんな少年を優しく抱きしめた。
「貴方の瞳は太陽の神様に愛された証拠よ。どうか誇って」
「…うん。エレナにそう思ってもらえるなら、それでいいや」
「本当のことよ」
「はいはい」
「それに、いつか貴方を心から愛してくれる素敵な女性も現れるの。だから、大丈夫よ」
少年は少女にはっきりと告げた。
「それが本当だとしても、もういいや。僕はエレナを愛しているから」
「バカね。運命の恋なのよ?」
「ふふ。エレナもそんなことを考えるんだね。でも、僕は運命よりもエレナを選ぶよ」
「…バカ」
こうして親の決めた婚約者同士として〝先程出会ったばかりの〟少年と少女は、心を通わせたのであった。
エレナは、所謂転生者である。海で溺れた歳の離れた弟を無傷で助けた代わりに、自分が脚を怪我して運悪く感染症にかかり命を落とした。その勇敢さを讃えた異世界の神により、大好きな乙女ゲームの世界に記憶を持って転生したのだ。悪役令嬢エレナとして。
エレナはそれでも異世界の神に感謝した。だって、大好きな攻略キャラのひとりであるニコラスの婚約者になれたのだから。
「ニコラスは公爵令息なのにオッドアイで、しかも紅い瞳だから家族からすら忌み嫌われるのよね」
エレナはぽつりと誰もいない自室で呟いた。
「紅い瞳はこの国では、前世で悪魔と契約した証拠とされているから仕方がないのだけど」
今日、ぽろぽろ泣いていたニコラスを思い起こしてため息をついた。
「本当は、この国の主神である太陽の神様に愛された証拠なのに。先先代の国王が太陽の神様に愛された弟に嫉妬して、教会と結託して事実を歪めてしまったのよね。ニコラスも可哀想に」
ニコラスは誰にも愛されないと悲観していたのでつい口を出してしまったが。
「…ヒロインとの運命の恋に、影響がでなければいいのだけど」
とはいえ逆ハーレム要素のない乙女ゲームだ。もしかしたらヒロインが別の攻略キャラを選ぶ可能性もある。
「まあ、私だったらニコラス一択だけどね」
エレナは、自分は悪役令嬢だからニコラスを愛することはしない。
「大好きなニコラス。貴方を不幸にするくらいなら、私は貴方を愛さないわ」
エレナは心から、ニコラスを愛していた。けれど、自分の役割を自覚してそれに蓋をした。
時は経ち、幼かったエレナとニコラスは十八歳になった。貴族の子女の通う学園に在籍する二人は、ラブラブカップルとして有名である。
「エレナ、今日も愛してるよ」
「もう聞き飽きたわ」
「でも、愛してる」
「私も大好きよ。でも、愛していないわ」
「それでも君を愛してる」
ラブラブというよりニコラスの一方通行な気もするが、そんな二人を羨ましがる生徒は多い。なんなら二人を真似して自分の婚約者と急に距離を縮めた生徒達で溢れ返っている。親の決めた婚約者のいない生徒も、相手を探して親の了承のもとで婚約を結んでしまっていた。今や学園は空前の〝婚約者といちゃつこう〟ブームだ。
エレナは密かに頭を抱えていた。自分達はともかく、他の攻略キャラ達も自分の婚約者とラブラブになってしまっている。正直言ってヒロインの付け入る隙がない。これから入学してくるはずのヒロインが心配なまでである。
「ねぇ、ニコラス。私達、少し距離を置かない?」
「やだ」
「ええ…」
これである。もう手遅れだが、ニコラスとヒロインの運命の恋を諦められないエレナ。
「ねぇ、もうすぐ貴方の運命の恋が現れるわ。だから…」
「運命よりもエレナがいい」
エレナはこんなつもりではなかったと項垂れる。
「ヒロイン、早く来ないかしら…」
「ヒロイン?」
「貴方の運命の恋よ」
ニコラスはエレナに笑いかける。
「来ても、今更無駄だよ」
「わからないじゃない。一目で恋に落ちるかも」
「あり得ないよ」
エレナは思う。ヒロインがニコラスルートを選べば、ニコラスは幸せになれるのにと。
「ヒロインと運命の恋が始まるとね、貴方の瞳が太陽の神様に愛された証だと判明するのよ。今まで貴方を侮ってきた連中が掌を返して貴方を崇めるのよ」
「エレナは時々おかしなことを言うよね。そこも好きだけど。僕を侮ってきた連中は、僕の両親だろうが兄弟だろうがいじめっ子だろうが、エレナが権力財力物理正論その他諸々で叩きのめして土下座させて掌を返させたじゃない。今更だよ」
「うぐっ」
そう、エレナはやらかしていた。色々とやらかしていた。もう、ニコラスにヒロインは必要ない。他の攻略キャラ達も、ニコラスとエレナに感化されて婚約者と相互理解を深めてラブラブになって挫折やトラウマからも解放されているのでそちらもヒロインが必要ない。エレナはやらかしていたのだ。
「そういえば。エレナが気に掛けていた平民の女の子だけど」
「え、待ってなんで貴方が知ってるの」
「エレナを愛しているから」
さらりとすごいことを言うニコラス。ちなみにエレナが気に掛けていた女の子とはもちろんヒロイン、フェリシーである。エレナが会ったりすることはないが、ヒロインの動向を把握するためエレナが侍女に時折調査させていた。
「エレナが気にかけるだけ有って、才能があるよね」
「ええ、そうなの。すごい子よね」
「うん、すごい。全属性の魔力があるなんてあの子くらいだよ」
「なんでそこまで知ってるのよ!?」
「エレナを愛しているから」
エレナは頭を抱えているが、ニコラスはそこで終わらない。
「彼女を調べたらこの学園に特待生として通うって話があったらしいんだけど、中央教会に〝もったいないからさっさと聖女にしちゃえ〟って働きかけて出家させちゃった」
「え!?」
「そのうち侍女から報告されると思うよ」
「報告が遅い!貴方も何してるのよ!」
「だってエレナの言う僕の運命の恋って彼女だろ」
エレナの動きが止まる。
「言ったでしょ。運命よりエレナが良いって。理解してくれた?」
「…バカ!バカ!」
エレナを抱き寄せて、ニコラスは言った。
「愛してるよ、エレナ」
「…わかったわよ!私の負けよ!私も貴方を愛してる!」
場所も考えずに叫んだエレナ。何故かいつのまにか生徒達に囲まれて、やっとエレナ嬢が素直になったと拍手喝采。もうエレナは色々諦めた。
諦めたら、幸せになった。




