新人女看護師 真夜中のドキドキ巡回
ナースです。夜勤です。しかも、新人女看護師です。頭を空っぽにして、お楽しみくださいまし。
1
ウチは難波鹿子。鹿の子と書いて『かのこ』て読むんやで。変わっとるやろー。まあ、それはどうでもええんやわ。ウチ、黒船高校を卒業してなぁー、長崎県立扇総合病院の看護学校を受験して入ってん。その専門学校で三年間ミッチリと勉強して、鍛え上げられたんやで。しかしなぁー、そう簡単に卒業でけへんかった。結果、ウチは、一浪して卒業でけたんやで。しんどい四年間やったなぁ。それもその甲斐あって、ウチは今、総合病院の精神科で看護師を務めとるんよ。ウチが今こうしておるんには、おかん《お母さん》と伯母の京はんと姉さんのお陰やから、感謝や。
ウチの所属しとる精神科には、姉さんの友達の神棚 八千代はんていうエラい別嬪はんがおるねん。で、その人の彼氏の戰勝利はんていう色男がおるさかい。ま、まあ、ウチが此処の総合病院で看護師を務めるきっかけになったのはや、戰はんに一目惚れしたいうんが動機やから、な……。恥ずかしいーなぁー。もう、顔が熱くなってしもうたやん。なんやて? ウチはそないなことは、せぇへんよ。八千代はんから戰はんを奪うなんてこと、ウチにはでけへん。
ウチ、総合病院で仕事して一年以上は経つんよ。せやから、そろそろ夜勤の順番がまわってくるて思っとる。夜勤て聞いただけでウチは何だか胸がドキドキするんやで。あなた達は、ドキドキせえへんの?―――そやな、そこは個人差や。ウチ、夜勤するんやったら戰はんと一緒に巡回したいなぁー。彼の逞しい腕に組んで、広い肩に頭を預けて一緒に歩きたいねん。嗚呼……、叶うとええなぁー。
そして、翌日、出勤してきて確認の為にカレンダーを見たんや。するとなぁー、明後日の日付に夜勤の丸印がしてあってん! 嘘やん! ちょっと、これホンマやの? 初夜勤やんか! ウチは飛び上がりそうになるのを抑え込んで、カレンダーの印を見詰めたんや。ああ相手は誰なん? なぁ、夜勤て最低限二人で巡回するんやろ? ウチの相手は誰なん? 戰はんやったら、もうっ、どないしよ〜〜!
「難波さん、お疲れさん!」
あ、律子はんや。
彼女な、高身長で天然パーマの別嬪はんなんやで。しかも、人妻はん。ウチに何の用事やろ〜か?
「嶋義はん、お疲れ様ですー」
「初夜勤だね」
「はい!」
「んふふ〜。嬉しそうな顔ばしとるね」
「あはは……」
2
ウチの相手は、誰やろなー?
「戰くんと一緒に巡回だよ」
「え……?」
律子はん、それはホンマやの? ああ……アカンあかん、顔が熱持ってきてしもうたワー。
「いやあー! 難波さん、顔の赤かよ! 可愛かぁーっ!」
「そそっ……そないなことありません……。はは初めての夜勤で緊張しとるだけでス」
「もうっ、誤魔化しても駄目ばい。難波さんが戰くんに惚れとるとは、みんなにバレバレやっけんねっ」
律子はんエラい嬉しそうな顔して云いはるなぁー。そっかー、ウチが戰はんに惚れとるいう事がバレてしもとったんか……。こ、今後から気ィつけよーっと。明後日が楽しみやわぁ。
その明後日が来てしもうた。
なんや、ウチのペッタンコな胸が大きく膨らんだりまたペッタンコに戻ったりして高鳴っとるん。ちと、鼻息の荒いのも自覚できるなぁ……。あかんワー、ウチ自身が抑えきらへんほどに興奮しとるやないか。戰はん、ウチみたいな女を、どない思おとるんやろ? むっちゃ気になる。
ウチはもう、上の空やってん。夜勤の準備も手に着かへん。「鹿子ちゃん、何もかも初めてだからね」そう云った八千代はんから手取り足取り夜勤の準備してもろうているねんな。嗚呼、なして八千代はんそんなにも綺麗やの……? 問題のある患者さんたちには、ちーと暴力的な為に恐れられとるけれど、別嬪はんはどないなことしても別嬪はんやなぁ……。羨ましいーなぁー。そやな、ウチも早よ八千代はんみたいになるよう頑張らなあかんワ!
「勝利君、夜には気をつけてねぇー」
八千代はんが戰はんに向けて、手をヒラヒラと振って帰ってゆく。ん? なして八千代はん、ニヤニヤしとったんやろーか? あら、戰はんの顔が堅い。堅い云うてもや、何でかしらごっつ緊張しとるんやな。ウチの緊張とは違うし……?
ひょっとして、やや夜勤てそない危ないもんやの?
3
そうやな。
夜勤の見回りは、交代でやってん。二人で並んで歩くわけがないねんな。ウチ、阿呆やなぁ。はぁー、浮かれとったワ……。
戰はんから先に巡回へと行って、ウチに手本を見せてくれているねん。受付にはカウンターの影になる位置に、監視カメラの映像を出すテレビがあってなー、その映像を別の看護師か医者が見て不審な事が有るか無いかを見張っているんや。せやから、今ウチのポジションは、その見張り役やで。
戰はんの働き……いや、動きがよぉー見えるなあ。こない立派なカメラがあるて気づかへんかった。画面上四分割になって、それぞれの角に階数が表示してある。これなら、誰が何処を巡回しよるて分かるなぁー。おや? 戰はんの姿がウチの居る階へ現れた。そろそろ交代せなぁーな。
「難波君、俺が通って見てきた階数と部屋とを巡回すればいい。それ以外は他の科の担当だ」
戰はん、なして顔を青くしてはるんやろ? 小粒の汗でびっしょりやわ。まさか、具合の悪いんとちゃうの? アカンわ……。戰はんが心配になって、ウチの胸はチクリと痛くなってん。
「……! い、いや……、難波君、これは気にすることじゃない。構わずに巡回に行ってくれ」
きゃーーっ! アカンっ。アカンわ! どないしよーっ! 戰はんがウチの目を見て「心配するな」と気ィ遣ってくれはした! きゃーーっ! もうっ、心拍数上がりそうやで! 血圧上がりそうやで! このまま貧血起こして倒れたところを戰はんから受け止められたら、ウチ、死んでまうっっ! あかんアカン、仕事せな!
「あ……あのぅ、懐中電灯を貸してくだはりまス?」
「どうぞ」
……あ……。
戰はん、受付のカウンターから取って渡してくれたんやけど、違うんや。ウチ、貴方が今の今まで握り締めていた、その懐中電灯が持ちたいねんな。ああ……っ、ポケットにしまわんといて! ウチは、それが持ちたいんや。
……ちっ、お預けか。
しゃーない。
仕事しよ。
「ほな、行ってきます」
「気をつけて行くんだよ」
きゃーーっ!
ウチを、また気遣ってくれはした! どないしよーっ。仕事に身が入らんかも!
4
ただ今、ウチは巡回中や。
まずは地下から見回ってや、屋上まで行って戻ってゆくらしいねん。うわー、夜の病院て結構冷たいんやな。人が居ることは居るんやけども、生きている人の気配がせえへんの。そこが不気味で気色悪い。ウチの足音が、病院の廊下と壁と天井とに反射して、響き渡ってゆくだけや。ヒール履いているわけやないけれど、靴底と廊下との擦れる音のみしか聞こえて来ぃへん。実に静かやわぁー。
良しっ。出歩く患者さんは居らへんな。異常、無しや。屋上に着いて扉を開けて、周りを見渡してみても誰も居らへん。飛び降りそうな患者さんに気をつけてと八千代はんは助言してくれはったけれど、今夜は要注意人物は居らへんな。良かったわぁー。さて、あとは受付に戻って、戰はんと交代するだけや。
「今日、好きや云うてみようかなぁー」
……? 今の何なん?
ウチ、何を云うてんの?
「ウチだって、戰はんが好きなんやで……。八千代はんだけやない」
駄目やないか!!
そないな事、云ったらあかん!
「チャンスは今しかあらへん」
なぁーっ! なして、そないな事云うんや?ウチが変になってしもうたんか!
「あはは〜〜〜、戰はん待っててやぁ〜〜。難波 鹿子が今から戻りますさかい〜〜!」
走るなあっ。阿呆っ!!
「貴方が前から好きでした。一目惚れなんでス。そして、今も好きです。ウチと付き合ってくださいっ! よろしくお願いしますっっ!!」
あかん……。
云うてもた。
おしまいや。
何もかも、おしまいや!
「難波君……いや、難波さん」
「は、はいっ」
「ごめんなさい」
「……」
「そのお気持ちは嬉しいが、俺には八千代という大切な人が居る。許してくれ」
やめてや、戰はん。
許してほしいんわウチなんや。戰はんは悪うないねん! でも、ウチは断られて嬉しイなぁ! これで良かったんや。これで……。
「ええです。ウチ、ちょっと変になってしもうてたんです。変なこと云うてすみません……」
「む……。そ、そうか。それは大変だったね」
ホンマ、大変やったわ。
「仕事だ。次は俺の番。巡回に行ってきます」
「気ぃつけて行ってらっしゃいー」
泣かへんで。
ウチは泣かへんよ。
……けど、家に帰ったら思い切り泣いたろーっと。
『新人女看護師 真夜中のドキドキ巡回』完結
読んでいただきまして、ありがとうございました。夜の病院の割には、ホラー要素や演出が一切無しです。まあ、異界の者たちが鹿子に応援を送っていたということで、オッケーですじゃ。