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第9話 To be lit at a day you seeing dream

最近辛い事が多くてテンション下がってます。そんな気分を打ち破りたいですね。

さて、今回は最初で最後であろう火灯さんメイン回です!大体折り返し第9話!

 何気なく空を眺めてみる。最近は日差しだけで料理できそうな晴れた日が続いていたが、今日は気分が落ち込むくらいの曇り空だ。別に僕はこの天気が嫌いなわけではない。ただ、洗濯物が乾きにくいだとか低気圧が辛いとかが気に入らないだけだ。なのでいつもと変わらず仕事をするだけである。

 …それにしても、ここ1ヶ月くらいで相当周りは変わってしまった。お嬢様が夢の中で戦ったとか言い出した時は、ついにここまで頭がおかしくなったかと思った。いや、夢の話で終わればなんとも思わなかったが、それで現実の人を救ったなどと言う。昔からおかしな人だとは思ってはいたが、年を重ねてようやくお嬢様らしくなってきた所だったので、また振り出しからかと頭を抱えた。しかし、あのセバスさんまでもそんな事を言い出すものだから信じざるを得なかった。セバスさんもおかしくなったと初めは思ったのだが、外出するとこれまで不気味なくらいに静かだった町のあちこちで騒ぎが起こっている。病院、特に精神科は長蛇の列ができており、ちょっとした大通りに出ると常に渋滞が起きていた。今はもう見られなくなった光景で、恋しくさえ思える。そういえばその日もこんな曇り空であった。…うわっ、雨だ…洗濯物入れないと…。

 次の日、沢山の人が屋敷に連れられてきた。しかし様子がおかしい。今にも暴れ出しそうな者、よく分からない言葉を呪文のように言い続けている者、力無くグデングデンになっている者…。様々な人がいた。全員大まかに分けられて奥の方の部屋に閉じ込められていく。そこには僕の部屋もあった。「冗談じゃない!人の部屋に勝手に何してるんですか!?」と必死に反抗したがダメだった。僕の他の使用人の部屋もほとんどが使われてしまっていたので、文句は言えなかった。何より、それはセバスさんの意向でしていると思われるが、彼の部屋が最初の収容部屋になったのだ。それだけの決意があってこうしたのだろう。一刻も早くこの事態の収束を願った。

 それから2、3日後だったか…。お嬢様が「パトロールですわ!」なんて言ってお昼寝していたのは。掃除機をかけようとしていたのに、うるさいからと止めさせられたのだったか。どれだけ寝れば気が済むのか、課題は終わらせているのか、夕食までには起きてくれ、もう言いたい事だらけであったが言う気も失せてしまっていた。他の使用人が既に数人狂い出していたので僕の労働量は以前の倍までとはいかずとも相当膨れ上がっていたのだ。

 さらにその日から、町内とその周りの無事な人数を集計するなんていう恐ろしい重労働まで課された。確かに大事な仕事だが、一人にやらせるようなものでは無い。それから数日は車を走らせ被害者を探し回り見つけては確保、連行を続けていた。もちろん、被害者の身内などにバレると面倒な事になるので、家族が全滅した家庭や、一人暮らしの人がほとんどなのだが、これがまた神経を擦り減らす。これが見つかって我々が黒幕のように言われたらおしまいだ。面子を保つ為にもそんなわけにはいかない。実際、我々が被害者を収容している事で町の治安がマシというのはあるが、そんな事は信じられないだろう。

 その日、ようやくゆっくりできるとお嬢様の目覚めを待ちつつくつろいでいた。そんな時間が長く続くわけもなく、お嬢様は目覚めるやいなや、すぐに次の指令を出した。彼女曰く、「援軍を連れてくる」とのことだった。その為にまずは住所からサーチしろというのだ。彼女から得られたわずかな情報を頼りに町の個人情報を漁り回った。使用人総出で調べ尽くした結果、その援軍を絞り込む事に成功した。もう空は赤くなっていた。セバスさんかお嬢様に報告しなければと部屋を出た時、見知らぬ男が目に入った。彼は廣人君だった。当時、初めて見た男がお嬢様と親しげに話しているのをとても怪しんだ。ひとまずセバスさんに援軍の情報を特定できたと報告する。

「では、行きましょうか。」

 僕は驚いた。この言葉はセバスさんがお嬢様の元を離れるという事だ。そこまで僕らの事を信用していなかったのだろうか、それとも、彼が行かなくてはならない理由があったのだろうか。

 僕は法定速度ギリギリで飛ばし、特定した住所に辿り着いた。そこは大きめの病院。恐らく一、二日前から被害者が出ている。セバスさんと二人で乗り込む事にした。

 予想通り病院内は騒がしかった。しかし、これは不幸中の幸いであった。受付も不在であったので、無関係者でも入る事ができた。廊下で狂ったナースを取り押さえる看護師たちを見かけ、収容すべきか迷ったが目的に集中する事にした。手当たり次第に病室の扉を開けていく。中には被害者の患者もいただろうが、見て見ぬふりをした。そして見つけた茶髪の少女。同室にいた被害者の患者に襲われそうだが、逃げようともしない。

「危ないですよ!」

 すぐに狂った患者を取り抑える。

「貴方が啜屋夢乃さんで間違いないですか?」

「そうだけど何?アンタ達誰よ。」

「そうですか…。火灯さん、行きますよ!」

 セバスさんは彼女を抱え上げ、走って病室を出た。女の子を一人抱えているが、かなりの速さだった。

「ちょっと!?何すんのよ、降ろしなさい!」

 これは紛れもなく犯罪行為だが、今更である。未だに戦闘中の看護師を尻目に病院を出る。彼女に点滴などが付いていないのが救いだった。彼女は足が動かないので、抵抗しないよう上半身を縛ってシートベルトを付ける。

「監視カメラは後で適当にハッキングしておいてください。」

 セバスさんも滅茶苦茶な事を言う。ちゃんとその日のうちにハッキングしておいたが。

 セバスさんの荒い運転に揺られつつ車の中で少女、夢乃さんと少し話した。

「…突然ごめんね。その…何というか…」

「申し訳ないと思うなら返してくれる?」

 正論すぎて反論できなかった。彼女とは打ち解けるのがとても難しい。戦線メンバーとも仲が良いのか悪いのか最近まで分からなかったくらいだ。

「…それはできないかなぁ。…君、さっき夢見てたよね?」

 彼女は険しい顔で頷いた。ここからはあまり話が続かなかったし、何を話したかもよく覚えていない。

 車が到着する。改めて見てこの豪邸は大きかったのだと実感した。うっすらと星が出ている空をバックに聳え立っている。

「さ、早く行きますよ。お嬢様に報告しなければ。」

 ここで夢乃さんは感づいたのか、無意味な抵抗をした。夢の中で何があったのだろうか。お嬢様に酷く嫌悪感を抱いているようだった。

「離しなさいよ!私は帰るの!」

 玄関から入ると、丁度廣人君とお嬢様と鉢合わせたようだった。僕はその後、彼女らとは会わずに1日を終えた。なので、翌朝に全員並んで食卓にいるのを見た時は驚いた。

 それからさらに数日後、廣人君と初めてしっかり話した。彼は夢で人々を守りきれなくて自分を責めているようだった。今も思うが、彼は自分を責めすぎる節がある。過去に何かあったのか、そもそもそういう性格なのかは知らないが、このままでは確実に心が病んでしまう。そういうのをケアするのも僕の役目である。とにかく褒めちぎって元気付けようとした。実際に思っている事を言うだけでも充分褒める事が出来た。しかし、調子に乗ってお嬢様の愚痴をこぼしてしまった。あの時の廣人君の真っ青な顔。思い出すだけで恐ろしい。…この日の前日は、彼がカッコいい物を力説したが分かってもらえなかったようだ。しかし、僕は分かるぞその気持ち!という事で彼にカッコいい物の話でさらに元気になってもらおうと話しかけた。彼と話すと羨ましい事が沢山出てくる。彼は夢の中では日本刀と拳銃を持って戦っているらしいが、その時点でもうカッコいいのだ。その日はトレインイーターと戦ったらしいし、最近は巨大バクや魔術師とも戦ったという。彼の話には厨二心がくすぐられる。そして今ではすっかり意気投合している。とはいえ、彼と会話しているとなんだか違和感がある。何というか、人間を信用していない、期待していないような奇妙な感覚。見ず知らずの人の家に来たその日からそこで泊まるような人間が持ち合わせているのかは分からないが、そんな感情が、意志が、記憶が言葉や態度に乗って伝わってくるような気がするのだ。これから何事も無ければいいのだが。

 掃除機をかけつつ回想に耽っていると、背後から声をかけられた。

「火灯さァん、ちょぉ〜っといいですか?」

「ちょっとよくないです。」

 そう返すと、「なーんでそんな事言うんですか!」と怒られてしまった。僕は彼が苦手だ。

「蘭さんの事もっと教えてくれませんか?」

 やっぱりだ。彼はお嬢様にしか興味がない。そんなに知りたいなら直接聞いてくれと言いたいが、お嬢様がそんな事を易々と話すわけがない。それは双方理解している。

「…今度は何が知りたいの?掃除中なんだからどうでもいい事は後にして欲しいんだけど。」

「その…蘭さんの体の事…。」

 !?????!?彼がそんな下心ありそうな事を聞くとは思わなかった。彼はいつも一途にお嬢様を思っているので、普段は好きなものや嫌いなものとかを知りたがる。しかし、何故僕がそんな事を知っていると思ったのだろう。使用人の一人でしかないのに。まぁ、モチロン知ってるが。ここは答えるのが礼儀というもの…。

「お嬢様のお身体はですね…キュッキュッキュッ…だよ。」

「キュッキュッキュッ!?」

「うん。いつも自尊心に満ちたお嬢様だけども、そればかりは少々気にしていらっしゃるようでね…。気高く胸を反らせるのも、胸を大きく見せる為だったり…。」

 どうしてそんな事を知っているかというと、お嬢様は下着も自分で買うことは無いので、使用人はサイズ確認が容易にできるのだ。僕以外も多分知っている。

「火灯?貴方は懲りませんわね〜。」

 まずい。何でこういう時ばかり真後ろに居るんだ。

「八作さん、彼の言ったことは全て忘れてください。」

「キュッキュッキュッ!良いよ!ボクは好きだよキュッキュッキュッ!」

馬鹿っ!お前も酷い目に遭いたいのか?…いや、彼ならそれを狙っている可能性も…。

「!?!?…ま、まあ、今回は見逃して差し上げますわ。使用人として無礼の無いよう気をつけなさい。」

 助かった…のか?

「ありがとう、君のおかげで助かったよ。」

「これからも蘭さんの事聞かせてくださいね。」

 彼は廊下の角を曲がり視界から消えてしまった。お嬢様はいつのまにか彼に対して恋心を抱いているのではないか。最近そう思う事が増えた。

 彼が来たのはいつだったか。呼んでもないのに突然やって来た。その日は製作室の爆発で薪名が亡くなった次の日だった。彼女は自分の発明の事ばかり考えていて普段好かれるタイプでは無かったが、居なくなるとやはり寂しい存在だった。彼女が亡くなった爆発では、彼女の作ったモノ達も一緒に消し飛んだ。戦線メンバー達は、しばらく薪名が発明した夢を見るAIと共に戦っていたので相当ショックだったらしく士気が下がっていた。1日経っても心の傷が癒えなかった朝、お嬢様を救ったと自称したのが彼だった。セバスさんが無警戒に玄関を開けてしまうくらい薪名の死は辛い出来事だったのだろう。しかし八作君にはそんな空気を打破するだけの力があった。ひたすらにお嬢様に付き纏い、勝手に嫉妬していた。お嬢様は彼に諦めてもらう為に廣人君との恋仲を演じ、夢乃さんは彼の風貌に惚れてしまっていた。そして今も三角関係は続いている。

 彼の家は貧しいらしいが、お嬢様と付き合いたいというのは財産目当てではないと廣人君から聞いている。そんな一途な彼の努力が実ったのか、最近になってお嬢様の気をひく事に成功しているように思える。夢の中で何があったか知らないが、ある日から彼らの態度が急によそよそしくなったというか、明らかに意識し合っていたのだ。夢乃さんには悪いが、頑張ってもらいたい。そんな彼、戦いの実力も高いらしく、巨大クロスボウで敵を貫く攻撃で何度もトドメを刺しているらしい。直接は見られないが、彼の活躍に期待している。

 さて、二階から降りてきて一階の掃除を始める。これだけ大きな屋敷となると、掃除だけでも大変である。…少し奥の部屋からガヤガヤと声が聞こえる。作戦会議をしているようだ。作戦会議とは名ばかりでほぼ雑談なのだが、彼らが楽しいならそれでいいと思うようになった。セバスさんがいてもそんな感じなのだからそういう事なのだろう。しかし、最近はソファを購入するなど段々と憩いの場が形成されていくように見える。使用人にその優しさを分けられないのがお嬢様クオリティである。苦笑いしつつ掃除機を滑らせると車椅子にぶつかった。これは夢乃さんの物である。そういえば、彼女とも数回話したことがあったか。

 初めて彼女と出会ったのは病院から連れてくる時だが、車の中で少しだけ話してからは大して喋った事も無かった。戦線メンバーにもなかなか心を開く事は無かったようで、息を合わせて行動というのはままならなかったようだ。幼い頃の事故で足が動かなくなってから、近い年齢の人と接する事がめっきり減ってしまったのだろう。僕も、いきなり連れてこられた事を根に持たれていた。何とか信用を得ることができたのは最近の事である。

 彼女は最初からお嬢様や夢見AIのマギナの事が特に気に入らないようだった。どうしてか一度聞いてみた事がある。「なんていうか、男に気に入られようとしてる感じがする。」と言われた。マギナはどうか知らないが、少なくともお嬢様にはそんな気持ちは微塵もなかっただろう。という事は、彼女は廣人君が好きだったのではなかろうか。本人が意識しているかはさておき、年頃の男性は廣人君しかいない。今、夢乃さんは八作君に目がいってるが、廣人君とくっ付くのも見えてきた。

 顔を横に振って気をとりなおす。すぐにそういう妄想になびいてしまうのは悪い癖である。夢乃さんの恋愛など僕には無関係なのだからこちらから首を突っ込む必要はないのだ。…しかし、お嬢様とはやはり仲良くなりきれないらしく、これは明らかに八作君によるものだろう。お嬢様に抱きしめられた時は全力で拒否していたし、戦いの間も邪魔に入っていたらしい。お嬢様からは「『アンタなんてグチャグチャにしてポケットに突っ込んでやる』と脅されましたわ」なんて報告を聞いた。もう少し仲良くしたらどうかと提案してみたが、彼女はお嬢様の態度が大きい事やベタベタ触ってくるのも気に入らないらしい。しかし、セバスさんによると、二人は一緒のベッドで寝ているらしく、喧嘩するほど仲が良いというやつだろうとの事だった。お嬢様に好き勝手されてるだけな気もするが、これが二人の適切な距離感なのかもしれない。

 掃除もひと段落したのでイスに腰を掛けて休憩する。ポケットから「サイチュウ」と書かれたパッケージを取り出す。ギザギザの開け口がうまく開かずに反対側から開けると、直方体の最中菓子が出てきた。僕はこのお菓子が好きなのだが、悲しい事に分かってくれる人は少ない。一人寂しくおやつタイムを嗜んでいると、冷たいものが顔の横に触れた。

「私の奢りですよ。」

 振り返るとセバスさんがいた。手からブラックコーヒーを差し出している。小さな最中菓子に合うかはさておき、ありがたくもらっておく。

「ありがとうございます。」

 セバスさんはにっこり笑うと僕の隣にやってきた。

「最近、お仕事大変でしょう。私よりもキツいのではないですか?」

 とんでもない。常にお嬢様の隣に付いて、夜は戦っている方が何をおっしゃるのか。

「貴方のおかげで多くの人が支えられています。それを誇りに頑張ってくださいね。」

 それだけ言って去ってしまった。セバスさんに将来の夢の話をされた頃から、彼は何か変わったように見えてしまう。彼との付き合いは長いが、具体的に何が変わったかは見抜けなかった。そういえば、彼はいつからここに使えてるのだろう。恐らくお嬢様が生まれるずっと前…。考えた事は少ししか無かったが、お嬢様のご両親には会った事が無い。どんな人なのだろうか。セバスさんのような人が付いていながら、お嬢様があのような成長をしてしまったのだ。なんだか…こう…凄い方なのだろう。僕は毎日ここで働いていてご両親に会った事が無いという事は、お嬢様もそれだけ長い間会っていないという事である。寂しく無いのだろうか。僕は実家を出てしばらく経つと、ホームシックのようになった事がある。彼女にそのような様子が見られないのは、この環境に慣れてしまっているのか、心が強いのか、ご両親に思い入れがないのか…。いや、彼女の普段の行動を見ていると、我慢しているように見える。ご両親に会う事のできない悲しみを、自らの行動で誤魔化しているのだ。僕は先程まで彼女の行動を迷惑な物として捉えることが多かったが、そう考えると納得がいくような気がしないでも無い。しかしまだ確信に至れず、モヤモヤを原動力にイスをグルグル回して考えていた。

「…火灯さん…何してるんですか。」

 またしても声をかけられ、イスを急停止させる。視界が揺らいではっきりと相手が見えなかったが、声から廣人君だと分かった。

「…い、いやァ、考え、事をねェ。」

 しかし丁度よかった。今一番話しやすい人が来た。

「廣人君、君、お嬢様のご両親の事、考えた事あるかい?実は僕も会った事が無いんだョ。」

「えっ?そうなんですか。俺は石油王って事だけ聞きましたけど。」

 !?石油王!?そんな事僕も聞いた事が無い。何で僕が知らなくて彼が知っているんだ。驚きで先程まで回っていた視界が元に戻る。

「あと、彼女は母親の事はあまり話したくないようです。」

 なんだか急に闇が深そうになってきたな。これ以上は足を踏み入れるのはやめた方が良さそうだ。

「それより君、どうして僕の所に来たんだい?」

 何とかして話題を変える。彼も察したのか話題転換してくれた。

「いやぁ、俺、将来の目標みたいなのが無くて。ついこの間までニートしてたし。…今もニートなのかな?まあいいや。そこで、相談しやすい人に話そうと思って。」

 なるほど。つい先日もセバスさんにそんな事を相談されたばかりだ。しかし、何故僕にそんな相談をしにくるのだ。僕になんて相談しても何の参考にもならんぞ。

「僕からアドバイスできる事なんて無いんだけどなぁ…。逆に聞くけど、君は何かしたい事があるのかい?何でニートしてたんだい?」

 言った後で気付いたが、少々キツい言い方かもしれない。こんな聞かれ方はあまりされたくないだろう。彼は黙り込んでしまった。

「…やりたいこと…。できる事ならずっと遊んでいたい。現実から目を逸らし続けたい。」

 彼は案外そういう事をはっきり言う方の人だった。普通は誤魔化すような事を適当に言うような質問だと思っていた。遊んで現実から目を背けたいだなんて答え、普通は話にならないと一蹴されると思うだろう。彼の目からは涙が溢れていた。

「…何だろう、急に悲しくなってきました。…こんな自分が嫌なんですかね。ああ…ごめんなさい、もう、大丈夫です…。」

 全然大丈夫じゃない。こんな事で追い込まれてしまっては、こちらが責任を取らなくてはならない。

「ちょ、ちょっと!待って待って!ごめんごめん、言い方キツかったよね?僕が言いたいのは、これからやりたい事を見つけたらいいって事だよ。必ずしもやりたい仕事じゃなくても、やりたい事の為にやるって感覚で探してもいいしね。そうだ!ここで働いてみないかい?僕も歓迎するよ。」

 次はこちらから提案する形で言ってみる。

「…考えてみます。」

 相変わらず落ち込んでいたが、少しだけ元気が見えた。

彼が部屋から出て行ってから大きなため息をついた。彼の滞在時間はそんなに長くないはずだが、小一時間くらい経った感覚だった。

 偶然だろうか、何故夢で戦っている人達は将来の事を考えるようになるのだろう。夜見る夢とは一見関係ないように見えるが。そういえば、僕は何故夢を諦めたのだろう。…目が悪かったからか。昔…と言っても5年前くらいだが、辛い思いをしたのを思い出す。しかし、その時は家族に支えられた。僕の親はとても優しく、辛い時は常に心の拠り所だった。…廣人君の両親は何をしているのだろう。彼は友達はいないと自白していたが、家族の安否の話は出ていない。もしかしたら、全然会っていなかったり、仲が悪かったりするのではないだろうか。彼はよく自分を責めて辛い事を一人で溜め込むので、家族が彼を安心させるというのは必要だと思われる。その事はとても気になったが、彼に直接聞くのはまずいだろうと思い、胸にしまっておくことにした。

 廊下でお嬢様とまた鉢合わせた。普通に生活していれば何も不思議ではないのだが、なんだか会いたい気分では無かった。

「何、会いたくなかったっていうのが顔に出てますわよ。」

 見抜かれていた。こういう時、彼女はやたらと勘が鋭い。戦いの反省の時も、誰も気付かなかったような事を言っているようだ。しかし、勘が鋭いだけでそれが活かされた事は無いだろう。彼女はいつも対策を練ろうとしない。

「いえいえ、そんな事は。ただ考え事をしていただけで。」

 こんな事で誤魔化せるわけがなかった。さらに、彼女は先程、ゲームで負けて機嫌が良くないらしい。八作君除く戦線メンバーのゲームの実力はやたらと高く、画面を覗くと常にハイレベルな戦いが繰り広げられている。

「何を考えていらしたの?言いなさい。」

 険しい声と共に睨まれる。逃す気はないようだ。

「…えーっと、お嬢様のご両親ってどうしてるのかなぁーと。」

 つい言葉使いが雑になる。一方、お嬢様は狼狽えるような態度を見せた。照明が照らしたのは彼女の眼鏡だろうか、そこだけが強く光を反射した。

「貴方は気にしなくてもいい事ですわ。そんな事は聞かずに早く寝なさいな。」

 僕の横を通り部屋へ向かって行く。その際彼女の顔は少し下向きで、こちらから表情を伺う事は出来なかった。きっと何か聞かれたくない事があるのだろう。彼女はいつもそうだ。僕らが心配しないように気を配っているのかもしれないが、自分の聞かれたくない情報だけは無理にでも隠そうとする。普段は元気よく、心配事も無さそうに振る舞うが、やはり中身は年頃の女の子なのだ。

「ちょっと待ってくださいよ!お嬢様にも言いたくない事とか知られたくない事とかあると思います。でも、貴方のご両親の事もよく知らずにここで働き続けるなんて無理ですよ!」

 彼女はそれを聞き振り返る。またしても照明の反射で目元が見えなかったが、どこか殺気を纏っているのは分かった。その殺気は胸に飛び込んできた。

「私の事をキュッキュッキュッなんて言ったのはだれでした?」

 押し倒され、胸ぐらを掴まれる。お嬢様なのだからもう少し気品のあるやり方はできなかったのだろうか。それももう今更だが。

「貴方の言った通り、私にも知られたくない事くらいありますわ。勿論貴方にもあるでしょう。秘密の一つや二つ、墓場まで持って行かせなさい!」

「僕は両親に支えられて今まで生きてこれたんです!それだけ家族というのは大切なんです!お嬢様だってご両親が居ないと寂しいでしょう?」

 彼女は黙り込んだ。泣き顔を必死に堪えようとしているようだ。これまで、そんな情け無い姿は見せまいと頑張ってきたのだろう。そんな表情は見た事が無かった。昨晩の戦いでピンチに陥った事が彼女からは全く触れられなかったのも、その態度の表れかもしれない。

「何をしてるんですか。」

 セバスさんが階段から現れる。丁度先程まで風呂に入っていたようだ。

「全く。そんな乱暴をしてはいけませんよ。…しかし、何をしたんですか、火灯さん。」

 流石に怪しく思ったのか、優しい声とは対照に僕を鋭く睨む。

「…いえ、お嬢様のご家族について聞いただけです。…数年仕えてきて、その事を知らないというのも失礼ですし、家族が居ないというのは彼女にとって辛いのではないかと思ったまでです。」

「火灯さん。貴方は優しい。でも、優し過ぎるが故に無神経です。人には聞かれたくない物があるものです。それが自分を思っての事と知っても。」

 元はといえば、お嬢様が突っかかってきたのが原因なのだが、確かに自分も悪かったと反省する。

「私の本当の家族と会う必要はありませんわ。貴方達が家族のように付いてますから。」

 去り際にお嬢様はそう言った。なんだか不思議な気持ちだ。自分は嬉しいのに、家族に対する認識がそれでいいのかと反論したい気持ちもある。しかし、今まで助けられてきた存在と同等の立場に自分がいると思うと自分に自信を持つ事ができた。廣人君も夢乃さんも八作君も、彼女にとってはきっと家族と同等なのだろう。いつかこの戦いが終わっても、彼らにはお嬢様のそばでいて欲しい。そして僕は、何があっても彼女の家族でい続ける事が今からの目標だ。

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