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第6話 夢の中で会った人だろ

そうさ6話さ間違いないさ

 今夜も戦線メンバーは戦っていた。しかし、全体的に気迫が無い。全員暗い顔をしている。そして今回、敵の大将格は二人に増えていた。

「いくよー!チェリカ姉ちゃん!」

「OK!チェリナ!」

 二人は双子の姉妹らしい。バッチリのコンビネーションで攻めてくる。それに対し、蘭は一人で相手をしていた。敵の腕は鎖で繋がっており、それを利用して攻撃してくる。伸縮自在であり、切れる気配も無いのを見ると、仲良し姉妹の絆のようだ。

「私たち最強コンビに一人で勝てるわけないじゃん!」

「いや、二人でも三人でも私たちくらい絆が繋がってないと無理ね。」

 物理で繋がった絆に格闘技を織り混ぜて攻撃を仕掛けてくる。視界の中に片方だけしか入っていない時が最も危険だ。片割れも視界外から攻撃してくると思いきや、鎖を引っ張ってもう片方を急加速させてきたりする。それと、鎖に捕まると捕まった部分から千切られてしまうだろう。ここまでそれで薙刀が4本ほどへし折られている。

「絆だの何だの五月蝿いですわ。まとめて片付けて差し上げます。」

 蘭は言葉は強気だ。すぐに迫ってくる鎖を跳んでかわす。先程よりも単純で避けやすい攻撃だったが、油断せずにすぐに敵に向き直る。するとどうだろう。直前まで自分への攻撃と思っていたものは背後の高層ビルを根元で切っていた。木を伐採する時のようにビルが倒れ込んでくる。

「ペチャンコになっちゃえ〜、ってアレ!?」

 先程まで高層ビルに見えていた物はハリボテであった。戦いに集中していたからか、夢の世界だからか、ハリボテである事は直前まで誰も気づいていなかった。ベニヤ板を切り裂いて蘭が現れる。

「失敗のようね。まぁ、次で倒せればいい。そうでしょう、チェリナ。」

 妹は頷いたが、納得いかないようだ。姉妹は次の作戦に入る。いつも通り二人は繋がれたまま離れていったが、なんと途中で鎖が切れた。予想外の出来事で蘭はワンテンポ遅れをとってしまった。

「たまにはこういうのも必要だよねー。ねぇチェリカお姉ちゃん。」

「そうよ。鎖は千切れても絆は繋がってる。」

 両側から千切れた鎖が伸びてくる。蘭の両隣には二つのスペア薙刀が突き刺さっていた。それにより鎖はそれらに巻きついた。

「スペアの薙刀を使い切らせるなんて、やりますわね。でも、ここで終わりですわ。」

 ここまでで見た事のない恐ろしい顔をしている。姉妹はすぐに鎖を戻して構えた。

「何勝手に勝った気になってるの?私達はまだ本気出してないけど?だよね!チェリカお姉ちゃん。」

「…」

「…お姉ちゃん?…」

 彼女の目線に姉はいなかった。焦って振り向くと、背後の建物に磔のようになっている。額には長い棒が突き刺さっていた。チェリナは呆然としていた。ようやく涙が出てきたと同時に姉の元へ駆け寄る。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!しっかりして!…私一人じゃ勝てないよ…。…うぅ……。…アンタ!お姉ちゃんに何したの!それだけでも聞かないと…!…聞かないと…私…!」

 顔をぐしゃぐしゃにしながら蘭の方へ罵声を飛ばした。服が姉の血でベチョベチョになっている。しかし蘭の方はというと、こちらも何が起こったか分かっていない様子だった。口をぽかんと空けて目を見開いている。彼女の隣にはまだ薙刀が突き刺さっていた。

「…アンタ、そんな顔してもムダに決まってrッ!?」

 今度は彼女の耳の辺りから棒が貫通した。そのまま一言も発さずにうつ伏せに倒れた。蘭は何が起こったか分からないまま、キョロキョロしていた。普段の彼女ならもっと状況判断は早かったかもしれない。

「いやぁ〜、流石ボク!ピンチの女の子を助けるなんてカッコいい〜!シビれるゥ〜!」

 なにやら興奮気味な声をあげながらゆっくりと下降してくる人影があった。蘭はもっと訳が分からなくなりそうだったが、なんとか冷静さを取り戻してツッコミを入れた。

「誰ですの?貴方。この双子を倒した人で間違いないでしょうけど…。その独り言、全て聞こえてますわよ。あと、私はピンチではありませんでしたわ。あそこから余裕で勝てましたわ。」

 真偽はともかく、この言葉を聞いた男は少し顔を赤くしたが、すぐに戻り一言添えてビルの上に帰っていった。

「ボクは夜活(よいき) 八作(はっさく)。またすぐに会いに行くよ。それではしばしの別れ。チャオ!」

 大きなクロスボウを片手に爽やかに去って行ったが、蘭としては出来るだけ関わりたくないタイプであった。なんだか疲れが押し寄せてきて、大きなため息と共に座り込んでしまった。


 「朝ですよ。起きてください。」

 セバスがメンバーを起こそうとする。全員まだまだ寝たい様子で、放置すれば起きるのは昼頃になっていただろう。それも仕方がない。先日のマギナの件で心は疲弊しきっているのだ。

「このままではいけませんわ…。何とか立ち直らないと…。」

 蘭は無理矢理にでも元気を出そうとする。マギナとあまり仲良くはなかった夢乃も、相当ショッキングだったらしく元気がない。最も病んでしまったのは廣人で、今にも死んでしまいそうなのを見るとヒヤヒヤする。あんなにも自分の事を理解してくれたのに。あんなにも新しい身体を喜んでいたのに。また明日遊ぼうと約束したのに。このままの精神状態では誰も救えないと分かっていても、体から心の全てが拒絶しているようだった。

 会話も無く朝の支度を終える。

「…みなさんは凄いですよ!…だって、今回は強いのが二人も居たんでしょう?マギナちゃんがいなくても勝てたじゃないですか!元気出してください。そうでないとあの子も浮かばれません!」

 火灯が何とかして励まそうとする。彼としても、上手く励ます言葉を出せないようで、何とか捻り出した言葉を並べたようだった。

 火灯の言葉も虚しくその場には静寂が充満していた。それを打ち消すように突然ドアが叩かれる。チャイムを鳴らせと思いつつ、セバスが玄関へ向かう。鍵を開けるとすぐに勢いよくドアが開いた。

「グッモーニン!お邪魔します!救世主がやって来ましたよ!」

 セバスも注意散漫になっていたのか、不審者を入れてしまった。侵入者の顔を見るなり、蘭は引き攣った顔になった。

「誰?アンタの知り合い?見た目だけなら悪くないけど。」

「これはこれは、申し遅れました。ボクは夜活八作。昨晩、蘭お嬢様の命を救った者です。」

 自己紹介を聞いてほぼ確信だった嫌な予感が真実と確定した蘭は耐え切れなくなって怒鳴ってしまった。

「貴方、いきなり人様の屋敷に上がり込むなんて失礼極まりないですわ!もっと礼節をわきまえなさい!そしてなぜ私の名前をご存知ですの!?あと私はピンチでも何でもなかったですわ!」

 立て続けに言葉をぶつけて少し息切れしている蘭を横目に、廣人は「まためんどくさい奴がきたな…」と部屋に戻ろうとしていた。しかし、八作に目をつけられてしまった。

「ん?何だ君は。どうして男が上がり込んでいるんだ?身内じゃないな。君は蘭さんとどういう関係だ!言え!」

 見ていた全員が、「お前も男だろ」と心の中でツッコミを入れていた。あまりの面倒臭さに廣人は耐えられず、怒りを露わにした。

「何だ、さっきからいきなり入ってきたと思えばギャーギャーギャーギャー。お前が蘭の命を救ったかどうか知らんが、俺には1ミリも関係無い。そんなに蘭が好きなら俺じゃなくて本人にちょっかいかけな。あと俺は彼女から招待されて半強制的にここに居させられている。俺がここにいることに文句あるならそれも彼女に言うんだな。」

 俗に言う陽キャに向かって廣人がここまで口をきけたのは初めてだった。しかし、蘭としては責任を全て押し付けられて迷惑極まりない。今回ばかりは廣人を恨んだ。

「どうして…。あんなのよりもボクの方が強い!わざわざ遠出してここまで来たんだ!キミは運命の人だ。そう信じてやって来たんだ!」

 意味不明すぎて蘭は意識が飛びそうであった。どうして薪名が死んでコイツが生きているのだ。そうとさえ思えた。周りの使用人も呆れ果てたあまり石化したようだった。しかしここで、蘭は面白いことを思いついた。責任を押し付けられた仕返しである。彼女は露骨な笑顔になった。

「まぁ、貴方は私が運命の人と思ってわざわざいらしたのですね。でも、私はそうは思いませんわ。運命なんて簡単に捻じ曲げられますもの。現に私は廣人様とお付き合いしておりますのよ。」

 使用人たちはそれが出まかせと分かっていたが、夢乃と八作には電撃が走った。

「ええええええぇぇぇぇぇぇ!?嘘!?…」

 二人同時に叫ぶ。名前こそ聞いていないが、八作は先程の男が廣人だと直感的に理解してしまった。

 どうしてあんなのと付き合ってるんだ。じゃあ何でアイツはその事を言わずに彼女に責任を押し付けたんだ。そんなの、最低じゃないか。

 八作は混乱に陥った。蘭はなんだか面白くなってしまい、ついつい事を大きくするような事を口走ってしまった。

「それなら、彼女…夢乃さんとお付き合いするなんてどうでしょう?とっても素敵な子ですわよ。きっとお似合いですわ。」

 これには流石に周りも驚いた顔をした。一方、夢乃は満更でもない様子だった。

「えっと…あなたさえ良ければ…。」

 突然の事にも関わらず、顔を赤くして告白の雰囲気になっている。

「確かに、キミも素敵だ。見た目から言葉の隅まで愛らしさを感じる。しかし!ボクの運命の人は蘭さん以外にいない!ここで挫ける訳にはいかないのだ!」

 少し残念そうなため息が微かに聞こえる。一瞬本気にしていた夢乃は落ち込んでしまった。蘭は少し悪い事をしたなと思いつつも、この状況を面白がっていた。

「流石にやりすぎでは?」

 ようやくセバスがコソコソと声をかける。しかし、蘭は今更引く気は無いようだ。八作に向かって宣言した。

「分かりましたわ。そこまでおっしゃるなら、この屋敷に一時的に住まうことを許可しますわ。」

「は?」

 使用人たちから声が同時に声が出た。ただでさえ人手が足りないのに、恐ろしい事を言う娘である。


 ああ…どうしてこんな事になってしまったのだろう。隣でじっと睨みつけてくる金髪の男。反対側でイチャついてくるお嬢様。俺はどんな顔をすれば良い?笑えばいいのか?無理矢理笑顔を作る。すると隣の男から怒りのオーラが見えた。その覇気に思わず身を震わす。

「どうしたの?もしかして寒い?じゃあもっと抱きしめて温めてあげるわ。」

 正直怖い。そんなに俺が好きになったのか。今まで女性経験の無い俺だ。いきなりそんな風に接されたらどうしていいか分からない。それにお嬢様言葉はどうしたのだ。さらに寒気がして震えると、もっと強く締めつけられる。これを繰り返せば背骨を折られてしまいそうだ。

 こんな事をしているうちに気づいたが、周りの雰囲気が柔らかくなっている。お通夜みたいなムードから復活したのは、皮肉にもこの八作とかいう男のおかげだろう。一人灰のようになっているのもいるが…。

「と、とりあえず、作戦会議でもどうかな…?メンバーも一人増えた訳だしさぁ…。」

 何とかして解放されようともがいてみる。すると、蘭は俺の頬にキスをして離れた。唇が触れた瞬間、見ていた人間達が驚いた様子で顔を赤らめたが、不思議ななことに俺自身はそのキスには愛?というか重み?というか、そういうモノを感じられなかった。今までにそういう体験がないからなんとも言えないのだが。

「廣人さんがそう言うなら…。それでは、始めましょうか。ほら、夢乃さんもしっかりしてくださいな。」

 結構すんなりと始めてくれた。夢乃はずっと沈黙状態だが、立ち直ってくれるのだろうか。

「貴方がフるからですわよ!責任を取ったらどうですの?」

 いくらなんでもそれは理不尽ではないか。言いがかりをつけられた八作に同情してしまう。しかし、彼はそんな事はよくある事だというような態度である。

「カッコよすぎるというのも困り物だな…。」

 そういう態度が嫌われるというのも理解させなければならないようだ。

 作戦会議が終わっても、寝る直前の時間まで蘭のイチャイチャは終わらなかった。トイレに入らない限り隣にいたし、暇さえ有ればどこか触ってくるし、夕飯の時なんか「はい、あーん♡」なんて言ってくる。常に近くに八作が居たのも気まずかった。使用人も、一人くらい止めに入ってもいいでなはいか。もう我慢できない。ここは勇気を出して聞かなければならない。

「一体何のつもりだ!アイツが来てから今日ずっとおかしいぞ?」

 蘭は周りを見回してから小声で返した。

「不快に思われたなら申し訳ありませんわ。でも、夜活さんに諦めてもらうためにはこうするのが最善だと思いませんこと?」

 確かにそれも言えているかもしれないが、本当に最善なのだろうか。今となっては蘭に諦めて八作と付き合ってもらう以外に良い案も思いつかないので、とりあえず許す事にした。断っても奴が諦めないので仕方がない。しかし、自分があらぬ妬みを受けるというのはどうにかならないのだろうか…。


 夢の中で彼女と出会った。その姿は、凛々しく、美しく、気品にあふれる…とまではいかずとも、ボクはその魅力にとらわれた。それからというもの、彼女を忘れた事はない。夢で見た人など現実に存在しないのではないかと諦めかけた日もあったが、「夢は現実を基に作られる」と学んだり、「古典の世界では自分の事が好きな人が夢で会いに来る」と聞いたりする事で信じ続ける事ができた。そして見たのだ。夢の彼女よりも成長して見えたが、確実に同一人物なのだ。見た目、仕草、言葉使い、その全てに夢の彼女が表れていた。感動した。忘れなくて良かった。信じ続けて良かった。しかし、その時ボクには勇気が無かった。現実で初対面の人に声をかけるなんて出来るはずもなかった。今考えれば当たり前の事なんだけれども。その後、更に不安が襲った。もし彼女と付き合えたとしてボクが彼女を幸せにできるのか?本当に彼女にふさわしい人物は他にいくらでもいるのでは?その不安を打ち消す為に、ボクは努力した。学校で禁止されていたアルバイトで金を貯め容姿を磨き、多くの女子と仲良くなった。いつ彼女に出会っても大丈夫というところまで準備ができそうという所だった。ボクは努力しすぎたのかもしれない。ある日から告白してくる女子が絶えなかった。もちろん全て断った。初めての時は、泣いて帰る者を見て心が痛んだ。自分は何か悪いことをしたのではないかと夜通し心配した。しかし、慣れとは恐ろしいもので、告白してくる女子を見下すようになってきていた。ボクは自惚れていたのかもしれない。

 そんなある日、夢の中で何者かに襲われた。ほとんどよく覚えていないが、追い詰められた所であの彼女が助けてくれたのははっきり覚えている。すぐに去ってしまい夢の中でも呼び止める事は出来なかった。しかし、その日から明晰夢に目覚めた。彼女に会いたいの一心だったのかもしれない。起きてからも彼女の事しか頭になかった。貧しい我が家で兄弟が狂った日、一人彼女の事を考えていた。そんな中ようやく夢で彼女を助けて、現実で出会う口実も手に入れたのに、一体なんなんだあの男は!ボクの努力を踏み躙りやがった!許してなるものか…。


 もうそろそろ攻めてくるだろうか。不安は残るものの、メンバーが増えた事で今回は安定して戦えそうだ。深呼吸して、静寂に耳を澄ませる。風を切るような音が何処かから聞こえ、瞬時にとび出す。直前までいた場所に棒が突き刺さっていた。とりあえず、刺さっている方向から相手の場所をイメージし、陰になる場所にかくれる。遠距離型とは厄介だ。一旦落ち着こうとしたが、正面から雑魚戦士が迫ってくる。最悪のタイミングだ。いや、俺がこの場から移動するのを狙っているのかもしれないが。敵が多すぎる上に道も狭く、先程の場所しか逃げられないので諦めて戻った。すぐに狙われないように常に動き回る。進んだ後に次々と棒が突き刺さる。背後と正面に気を付けつつ、狙撃手の顔だけでも見ようと見上げた。そこには何とアイツがいた。

「やべっ、見つかっちったよ。」

 そう言いつつも、すぐに次の発射に向けて構える。まさかここまで面倒なやつとは思わなかった。今強敵に襲われたらどうするつもりなのか。

「何のつもりだ。こんな所で仲間割れしてもしょうがないだろ。」

「それがしょうがあるんだよなァ。君の事は後で弔っておくから、ボクのために死ね。」

 そう言うと彼は話しながらも引き絞っていた矢を放った。ギリギリで避ける。あんな奴相手していられない。ここは逃げるが勝ちである。

「待てッ!コラ!そこは射程外だぞ!」

 バカめ、自分から射程内に入るやつなんていねーよ。物陰で一瞬笑ったが、そんな場合ではなかった。アイツもおそらく移動してくる。敵と戦いながら別の心配もしなくてはならない。どうしたものかと考える間も無く、空から人影が落ちてきた。

「アイヤーーー!!」

 真横に移動して躱せたが、それは大将格の夢人だった。ぶっといヌンチャクを持っていて中華風の見た目だ。しかし、彼は流暢な日本語で話し始めた。

「おまえ強いんだろ?戦ってくれよ。ライバルとどれだけ強い奴倒せるかで競ってんだ。」

 自分が強いと認められたのは嬉しいが、戦うのは嫌である。それに、また遠くからヤツに狙われてしまう。また、ライバルというのがもう一人の大将格だろう。首を横に振り拒否するも、もうすでにヌンチャクが迫っていた。

「危ねぇ!まだいいって言ってもないだろ!」

 後ろに跳んで躱しさけんだ。しかし、少し良い事を思いついた。考えてる間も容赦なく振り下ろされるヌンチャクを弾いて語りかけた。

「もっと強いのなら、あっちにいるぜ。」

 相手は簡単にのせられて指を指した方向へ向かった。ここまで簡単にいくとは。とりあえず、面倒な夢人は八作に押し付ける事ができた。これで少し心を休ませられる。壁にもたれかかり、大きく息を吐いた。


 蘭がやけにコソコソしている。いつもは大胆に動き回る彼女だが、今回ばかりは身を縮めて物陰を移動している。

「どうされました、お嬢様。」

 ビクッと背中を震わせて振り向くと、そこにはセバスがいた。心配する様子で蘭を見つめている。

「お…驚かさないでくださる?私は今、あの男からステルスしてますのよ。」

 彼女は、今回は八作に助けられる訳にはいかないと躍起になっているようだ。

「彼は周り近くにはおりません。おそらく、少し離れた所で戦っているか彷徨っているでしょう。」

 それを聞いてほんの少し安心した所だった。

「ホアチャァァァァ!」

 叫び声と共に飛び蹴りを放つ者がいた。すぐさま薙刀の柄で防ぐ。敵はカンフーのような格闘技を使うようだ。少し片言気味に声をかけるきた。

「オレ、強い奴倒しにきた。好敵手と競ってる。オマエ、強いダロ。相手シロ。」

「好敵手…。おそらくその方がもう片方の大将ですわね。いいでしょう。手合わせ願いますわ。因みにお名前は?」

 先程までのコソコソした態度が嘘のように戦闘体制に入る。彼はその切り替えに少し慄いた様子で答えた。

「オレ、萊晴(らいばる)。格闘技なら負けないゼ。」

 名乗るとすぐに構えの姿勢になる。蘭は確実に急所を狙って攻撃を放った。萊晴はそれを素早い動きで受け流し、高速で距離を詰める。射程圏内に入るなりパンチを繰り出す。蘭はモロに顔面に食らってしまった。戦闘でここまで真面目に攻撃を食らったのは初めてかもしれない。痛みは無いが、顔が凹んだような感覚と鼻血が出ていた。

「お嬢様!」

「ちょっと油断しただけですわ。心配しないで。」

 セバスはいつのまにか大量に湧いていた雑魚戦士を倒しつつ心配する。蘭は心配するなという言葉通り、そこからの攻撃を一切食らわなかった。

「やるな、オマエ。デモ、まだ始まったばかりだゼ。」

 武器を使っていて有利なはずなのに、攻撃がどんどん受け流されていく。拮抗した戦いに、双方苛立ちが見えてきた。

「あれ?アンタどうしたの、鼻血なんか出しちゃってぇ。」

 突然部外者の声が割り込んでくる。どちらも集中力を何とか持ち堪え、攻防を続ける。しかし、その嫌がらせのような口調は蛇のように耳に侵入してくる。

「ねぇ、手伝ってあげよっか?アンタ一人じゃ負けるかもよ?」

 ついに苛立ちが抑えられなくなった。

「うるさい!どっか行ってろ!」

 声が重なる。かなりの大音量になったため、付近にいた者は一瞬背筋を伸ばして固まった。

「一体何のつもりですの!?これは真剣勝負ですわ。邪魔しないでくださる?…貴方の機嫌に付き合ってる暇はないのです。」

 蘭は気付いていたが、声の主は夢乃だった。八作に好かれている蘭に嫉妬していたのだろう。半分ヤケクソで邪魔をしていたようだ。

「アノ…。続き、始めて、イイ?」

「ええ。」

 そしてまた何も無かったように戦い始めると、夢乃は頬を膨らませて反対側へ歩いていった。

 その数秒後、上空で一人その様子を見る者もいた。

「あー、こいつらの事かなぁ。確かに強そうだけど、萊晴いるのかよ…。」

 彼は邪魔にならないよう静かに降り立った。そして、未だ拮抗状態にある二人に聞こえるように大きく咳払いした。二人の手が止まり、視線が集まる。

「ええ…ーと、お嬢さん、突然で済まないがこんな奴より俺と戦わないかい?」

「コイツ、俺の獲物。横取りするな。」

 蘭はやりとりを見て、今話しかけてきたのが好敵手と言われていた奴だと理解する。

「貴方が彼の好敵手ですの?」

「よく知ってるじゃないか。そうさ、俺は(こう) 敵手(てきしゅ)さ。」

 なんと名前だったらしい。蘭としては、彼らの名前も、どちらと戦うのかもどうでも良かった。なので二人のやりとりは聞き流し、急いで夢乃を見つけてきた。彼らはまだ言い争っている。

「一人増えましたわ。腕の見せ所ですわよ。あと、先程は少し言い過ぎましたわ。申し訳ありませんでしたわ。」

 夢乃は微笑みながら短剣を構えた。


 さて、八作はあいつを倒してくれてるのか。ちらりと覗いてみる。いない。あのヌンチャク男はどこへ行ったのだろう。俺の指示が曖昧だったのか?それとも方向音痴なのだろうか?八作も何処へ行ったのだろう。と思えば、高台の下の影から飛び出てきた。一撃が重い分発射が遅く、雑魚戦士に苦戦しているらしい。いくらめんどくさい奴でも、見ていられなくなり助けてしまった。

「ハァハァ…出てきたなァ…。これも誘き寄せるための作戦…。」

 また面倒な事を言えないよう、額に拳銃を押しつけて黙らせる。

「なんであんな事したんだ。」

「嫉妬だよ。蘭さんと付き合ってる君が羨ましかった。君がいなくなればボクが付き合えると思っていた。夢の中ならボクが殺してもバレないだろう?」

 とんでもない事を考える奴だ。本当に蘭に一途だが、変な方向に思い切りがいい。

「大体、何でそんなに蘭がいいんだ。お前の見た目ならいくらでもモテるだろうよ。」

「ああ、そうだな。ボクはとてもモテた。だから絶対の自信があった。蘭さんに告白するまで。」

 八作は夢で蘭に一目惚れしたこと、実際に会った時のために努力してきた事など全て話した。

「だから、あの夢はお告げに違いないんだよ!ボクが彼女と付き合えば全て上手くいくはずだ。ボクは理想の女性と一緒に過ごせるし、彼女の財力なら貧しい家族も助けられる。…いや、財力が無くてもボクは彼女を愛していたはずだ。」

 彼は本気らしい。俺はこの不器用な恋愛を応援したくなった。恋愛経験の無い男の助けが助けになるか分からないが。

「なるほどなぁ。…ここで良いニュースだ。なんと俺と蘭は付き合っていない。日中の出来事も、蘭が勝手にくっついてきただけだ。だからお前は本気で告白したらいい。内面を取り繕う必要もない。さっきの事も、またやらなければ全部黙っておいてやる。」

 彼は口を開けて固まっていた。そして、その顔のまま目を潤わせた。

「本当!?ホントに!?起きたら早速…!いや、今すぐ伝えたい!早く行こう!ふふふ…本気のボクに惚れない訳がないさ!」

「そういうトコさえ直せばな。」

 ものすごい力で引っ張られていく。まさに水を得た魚である。愛の力とは恐ろしい。

「蘭さーーーん!!」

 馬鹿みたいにでかい声で飛び込んでいく。彼女らは戦闘中、しかも大将格とではないか。蘭が戦っている隣で、夢乃はさっき俺がやり過ごしたやつと戦っている。この状態で混戦にならないのはなかなか奇妙な状況である。どちらも真剣勝負で、下手に割り込むと怒られるだろう。

「八作君!?……私、頑張るよ…!!」

 八作は一切意識していないが、夢乃が彼を意識する事でパワーアップしている。

「うおっ…やばいッ」

 ついにヌンチャクが切れた。同時に顔から腹までを二等分するように切れ目が入る。

「好っ!?」

「スキありっ!ですわ。」

蘭の方も、薙刀で胸を貫いて倒したらしい。なんだかんだで、八作が来たおかげで勝てたようだ。彼が来ない限り戦いは終わらなかっただろう。

「八作君、見てた?私、勝てたよ!かっこよかった?」

 夢乃が八作に詰め寄る。見た目の割に子供っぽいせいで不思議な感覚になる。しかし、彼女の猛烈なアプローチも虚しく、八作は蘭しか見ていないようだ。戦闘直後で疲れているであろう彼女にいきなり告白する。

「蘭さん!お話があります!ボクは初めて貴方を見た時からずっっと貴方と付き合う事を夢見ておりました!必ずやこれから先、あらゆる困難から貴方を守ります!どうか、付き合ってください!」

 蘭は、あの事をバラしたのかと恨むような目で俺を睨んだ。俺は、八作の気持ちは本気だから付き合ってやってくれと言いたい気持ちを抑え、その情報量を表情と目配せで送った。

 蘭は深呼吸し、笑顔で返事をした。

「ごめんなさい♡」

最近生活リズムが崩れてますね。徹夜スマブラはまずかったな。


登場人物紹介

セバスチャン

年齢 60代(?)

誕生日 覚えてない

血液型 AB型

武器 当たっても帰ってくるブーメラン

好きな物 蘭お嬢様とその家族

嫌いな物 お嬢様の敵 蒸し暑いど田舎

本名は謎だが、執事っぽいからとセバスチャンと名乗っている。蘭の影響からか、よくセバスと略される。口数は少なく地味な役回りによく回るが、影でかなり貢献している。

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