第5話 Machine a dreamer
週間投稿気持ち良すぎだろ!
今回はついにロボがやってくる!
語呂が悪いぞ第5話!
「ついに完成しましたわ!」
屋敷の奥から歓喜の声が響く。そこには大きな箱のような機械があった。
「ようやくっスよ!お嬢の為にアタシらが頑張ったんスから大事に使うっス。あと自分が作ったみたいに言わないでくださいっス。」
箱の背後からひょっこりと顔をのぞかす。機械製作班のリーダーのようだ。小柄の体型のわりに、重そうな器具を沢山身に着けている。その後ろにも数人の人影が見える。しかし、蘭はそんな事を聞いておらず、早速機械をいじりたくて仕方ないようだ。とりあえず、床に海藻のように絡み合っているコードを適当に拾い上げ、突き刺そうとする。
「ああッ!そんなおっきいの入らないっス!言ったじゃないっスかぁ、もっと優しく、か弱い生き物を扱うみたいに扱うよう気を付けてくださいっス。…ってそもそもそれは挿すための穴じゃないっスね…。」
お嬢に何を言ってもダメだと分かっているが、機械を雑に扱われるのは耐えられないようだ。注意している間に別の部分をいじくり回される。
「じゃあこの穴はなんですの?あっ、この線はこっちに挿すんですのね!えーと、このボタンは何でしょう…。押してくださいと語りかけているようですわ。」
こんな事ではいつ壊されるかも分からない。ついに我慢できなくなったようだ。
「おぉいッバカやめろ!ええぃ、野郎ども!お嬢をこの部屋から追い出せ!」
「そんな、酷いですわ。薪名、料理長に頼んで今日のお夕食を抜きにさせますわよぉぉぉぉっ〜」
蘭の声は部屋の外に消えていった。薪名と呼ばれた彼女は頭を抱えて座り込んだ。どうしてお嬢はあんなにバカなのか…。興味があるのはいいがどうして言う事を聞いてくれないのか…。どんなスパコンに聞いても答えは返ってこないだろうなとため息をついた。
嫌な予感がする。蘭がやたらと上機嫌だ。しかもあの顔はよからぬ事をしていそうだ。それにしても、敵の侵攻が激しくなっているのになぜこうも余裕なのだ。強者の風格というやつなのだろうか。
「…なんか、いい事でもあったのか?」
「ふふふ…。夜になってからのお楽しみですわ。…ふふふ、あはははァ。」
不気味だ。たまたま近くにいた夢乃もぎょっとした顔で見ている。
「あいつがあそこまでヤバい奴だと思わなかったわ。アンタ何か知ってる?」
その顔のまま近づいて来て尋ねられた。笑って話しただけでヤバい奴扱いなのは少し蘭が不憫だったが不気味なのに変わりはない。何も分からないと言うと、夢乃は使えないやつだとでも言うように車椅子を転がし去っていった。コイツもコイツで無愛想なやつだ。分からない物は分からないのだから仕方ないだろう。…分からない事を考えても仕方ない。しばらく一人でゆっくり過ごす事にする。何気なくソファに腰を掛け、テレビをつけてみる。巨大なモニターから声が響く。
「本日のニュースです。非常に広い地域で、精神を狂わせた人々が現れたようです。今朝、都心にて数人精神疾患を負った方は現在397名確認されています。関係者によりますと、彼らは昨日まで正常な生活を送っていたらしく、原因は不明なままです。また、昨晩の夢の中で虐殺が行われていたという証言が大勢の人から挙がりましたが、精神医学的な観点からは根拠が不十分との事です。」
ようやくメディアも取り上げたようだ。夢の話を証言として出す勇気がありかつ、その記憶を持っている人が存在しているのも意外だった。しかし、ニュースをじっと見ていると逆鱗の周りをベタベタと触られているようですぐに画面を消した。
昨日の戦いで勝てたのは正直ラッキーだった。相手が鈍臭かっただけだ。それよりも不安なのはこれから毎回あの強さに加えて被害範囲が拡大するであろうことだった。昨日の女性専用車両以後の人々は無事だったのだろうか。「助けて」のセリフが頭を巡り、どこかで懐かしさを覚える。自分の力が足りないが為に目の前の人を救えないというのはつらい。心臓の周りの血管が一度に収縮した。
「さてさてさてさてさて〜!皆様ご注目ですわ〜!」
屋敷中の人が呼び出され、集まっている。その目線の先には何やら布で覆われた物があった。高さは2mより大きいかどうかくらい、上面は80cm四方くらいだろうか。巨大な直方体が隠れている事は遠目からも分かった。
「皆様気になっているでしょうこの布!こちらは我が技術班の叡智の塊と言っても過言ではないでしょう。」
蘭が力説しているが、ほとんどの人は「まーた始まったよ。」と言わんばかりの顔をしている。
「お嬢ー!今回のは何ができるんですかー?」
誰かが小馬鹿にするように尋ねる。それもそのはず、技術班はこれまでロクなものを作らなかった。ウォシュレットの勢いが自動で最強になる機械、土を爆発物にする機械、セバスのヒゲの色を変える機械などなど…とにかく技術的には凄くても役に立たないものばかりだったのだ。しかも蘭は毎度の如く使用人を呼び出してそれらをプレゼンしてきた。なので、このイベントは変な機械を見せつけられるだけであると使用人は皆分かっていた。しかし、今回は違う。
「まあまあ、そんな焦らず。今から出しますわ。さあ、聞いて驚け、見て笑えですわーっ!これこそ、今の我々が求めていたモノ!『夢を見る機械』ですわ!」
そう叫び布を引いくと、黒い箱が露わになった。会場はというと、少しざわめきが起きたがインパクトに欠けたのか好感触ではなかった。
「何だ?あの箱が夢を見るのか?」
「さあ?でも、今までのやつより見た目は真面目そうだな。」
ここで、作業服の女性ー薪名が前に登場した。もう完成させているはずだが、レンチやらハンダやら道具を沢山身につけている。
「ええ〜、今回この機械を開発した薪名っス。みなさんご存知の通り、現在お嬢様達は夢の中で戦いの日々を送っておられまス。え〜この機械はそれを補助するためにつくられましたっス。」
彼女は淡々と説明していく。人工知能がどうとか、回路がどうのとか難しい話が沢山出てきたが、理解した人はその場にいたのだろうか。廣人と夢乃はまだしも、セバスの頭にも「?」が浮かんでいる。今回は自信を持って役に立つと言えるのか、いつもより熱が入っているようで長々と喋り続けている。聞き疲れた人々は少しずつ部屋から出ていき、最後に残ったのはいつもの戦線メンバーと解説に夢中の薪名だけだった。狂ったように喋り続ける彼女を見て、夢でやられたのではないか心配になる。
「え〜っと、薪名さんだっけ?あなたずっと喋ってるけど大丈夫?その…もう私たちしかいないけど…。」
夢乃が肩を叩くと、ハッとして周りを見渡し呆然としていた。自信作なだけに、聞いてもらえなかったのがショックだったのだろう。
「そんなに落ち込む事無いですわよ。私たちが責任を持ってこき使って差し上げますわ。」
蘭の眼鏡がキラリと光を反射させた。薪名がいきなり蘭に抱きつく。蘭は落ち着くまでよしよしと頭を撫で続けていた。
さて、今回はどんな敵が来るのだろうか。いつもよりも堂々と構える事ができる。あの機械は何やらスゴいらしいからな。戦いがとっても楽しみだ。そんな事を思っていると、背後に気配を感じた。敵では無いな。蘭が機械のお披露目にでも来たのだろうか。
「コンニチワ、いや、コンバンワ…デすカ。」
…誰?そこにいたのは一人の美少女…それも人間ではない。肌色がベースで人に近い見た目だが、金属っぽい質感がある。アニメやゲームの世界でしか見た事のないメカッ娘とこんな所で会えるとは思わなかった。恐らく今日紹介されてたあの箱だろう。相手が機械と言えど、話すのは緊張する。
「どどっ、どうも、漠田 廣人ですっ、!ヨロシクお願いします!」
声を震わせつつも挨拶をしてみた。するとどうだろう。あちらはクスっと微笑んで少し近づいて来たではないか。機械なのにそんな感情があるのか!感情を持つ機械、これは尊いポイント高いぞ。しかし、初めは感情を理解できないが一緒に過ごす内に理解していく方がエモいかもしれないな。そういえば人工知能と言っていたな…じゃあどこでその感情を学んだのだろう…。
「ドウシタのデスカ、ソンナ難しイカヲオシて。」
「ん?い、いや、別に何でもないよ。」
相手が機械でも会話は弾まなかった。なんだかつまらない奴だと思われてる気がして、いっそのこと早く敵がきてほしかった。
「こんな所に居ましたのね。探しましたわよ。って、スゴいですわ!こんなしっかりできてるとは…。」
蘭は隣のロボ娘を見るやいなや、感激の声を上げた。初対面で色んな箇所を触りまくっている。されている方は嫌な顔はしていなかったが、呆れているようにも見える。
「廣人さんには自己紹介したの?」
「イエ、マだデス。」
そういえばそうだった。まだ名前も聞いていない。後ろから蘭が紹介するように言った。
「ワたクシは、『夢見AI』マギナでス。コンゴトモヨロシクお願イシマス。日中モ会いマシタがオボエテマすカ…?」
「あの時、意識あったのか?うんうん、覚えてるよ。」
マギナちゃんか。薪名さんが作ったからそれをもじったのか。しかし、あの箱状態で何処から周りの状況を感じ取っていたのだろう。改めて恐ろしい技術力である。
「そノ…ママがメイワクカケまシタ。でモ、ミナさんサイゴまデ聞イテくレテテ、ワタクシモとテモウれシカッタでス。」
特に目立った事もしていないがお礼まで言われてしまった。確かに、自分の紹介の途中で飽きられていくのは彼女にとって恐怖だっただろう。あの状態の時から起動させていたとは、思慮が足りていないのではないか。
「皆様、敵はもう来ていますよ!」
空から声が聞こえた。見上げるより先にマギナちゃんが飛びさっていく。
「速っ!」
「私達も追いつきますわよ。」
後を追うように飛び上がると、視界が一気に広がった。今まで自分達がいた所だけがビルで囲われて視界が遮られていたようだ。外側は薄く広いスラム街のようになっている。スラム街は地平線まで続いていたが、端にはスカイツリーやらピラミッドやらエッフェル塔やらが逆さまに突き刺さっていた。夢の混ざりように圧倒されていると、そこまで遠くない所から銃声が響いた。
「…ヨソミ、しなイデクダさイ。」
顔を上げると黄色く光る刃を両手に持つマギナちゃんがいた。その奥には、2丁拳銃の無精髭の男…。
「このジャック様の銃弾を切った…?アンタ何モンだァ?人間じゃネェな。」
答えが返ってくる前に男は敵わないと悟ったのか、スラム街に急降下していった。全員ですぐに追うが、複雑な路地に隠れてしまい全く見つからない。
「マギナ!今こそ貴方の出番ですわ!」
彼女は軽く返事をすると、目元が輝きだした。
「一名、オクガいニヒトカゲをハッ見シマシタ。」
「レーダーすげぇ!」
近くらしいのですぐに追う。上下左右から挟み討ちになるように追い詰めた。
「観念しろ!」
「うわっ!?何だ、アンタ達か。」
居たのは夢乃だった。こんな所に居るなんて、迷子にでもなっていたのだろうか。
「って誰よあなた。…まさか…。」
「細かい事は後ですわ。奴を探さないと…。」
今度は銃声が背後から連続で響いた。
「ザンネーン、俺様は最初から後ろだァ。ってエェッ?!」
背後から撃ったのに全て弾かれていた。マギナちゃんの腕はありえない方向に曲がっている。…夢の中なら人間もできるだろうか。
「このクソムシ!くたばりなさいですわ!」
気づけば蘭が飛び上がり薙刀を投げ飛ばしていた。敵はギリギリで避けてまたしても逃げていく。
「オ嬢様、言葉使いニハお気をツケてクダさい。」
セバスが注意するより先に一言告げ、すぐに敵を追い詰めた。
「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ。…許せ、俺が悪かったから、命だけは、命だけは勘弁なァ。」
いくら撃っても斬られ、叩き落とされ、弾かれる。弾切れの上、壁際まで追い込まれてようやく命乞いを始める。
「アトイッ発残っテいるデショウ、騙されマセン。」
「そこまでお見通しじゃあ、敵わねぇな。ほらよ。」
最後の一発を放ち、それも真っ二つに斬られた。彼女は相手の胸元目掛けて刃を突き刺した。
「サラバです、ジャック。」
「いや〜、凄かったなァ。俺たち要らないんじゃないか?」
「それは言い過ぎよ。ま、アイツがスゴいのは認めるけどさー。」
朝から会話が弾む。マギナの事で話題は持ち切りである。
「うわぁ!何すんだ!」
食堂から騒ぎが聞こえる。全員で急いで向かう。そこでは、一人の料理人が包丁を他の料理人に向けていた。
「アァ…私は罪深い人生を送っテきましたァ…。ジブン達が生きる為、つまりは私利私欲の為、他の生き物ヲ殺める…なんて酷い…。ミナさんもソウ思うでしょう?普段食べてイル肉だって、野菜だっテ、モトモト生きていたのに…。生は皆平等であるべきではないのか?我らHOMOSAPIENSからSTEGOCEPHALIA、MICROORGANISMSまで母なる宇宙にいるはずなのに。あゝ…ワタシは神を信じない。神がいるならどうして命は等しくないのか!弱肉強食の世界ヲ造ったのならばドレホド残酷な神なのか!ドウせならこんな世界初めから無ければよかったのだ。アァ…ワタシは罪深い人間です。そしてアナタも、アナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタもアナタも!」
長々と喋っている間に使用人が数人で取り押さえ連れて行った。2次被害が出なくてよかったが、大将格を早く倒せたのに狂人が出るとは思わなかった。明るい雰囲気が一気に壊されてしまった。
「そういえば、昨日雑魚戦士処理した人いたっけ?」
「あっ。あっ。あぁ〜。」
三人は夢乃の言葉ではっと気付き、思い出し、後悔した。全員マギナに目を奪われていたようだ。思わぬ弊害が起きてしまった。
「これからは、大将格はマギナちゃんに任せて俺たちで雑魚狩りするか…。」
今のところ反対は無いようだ。
朝やるべき事は終えて、一同は作業室に来ていた。そこにはマギナ本体がどんと構えている。
「それでそれでェ〜、どうでしたか?」
薪名が感想を急かす。
「それはそれは強かったですわ。これまでで一番早く倒せたのではないでしょうか。彼女のおかげで私達の負担も相当減りますわ。」
薪名はうんうんと満足そうに頷いている。しかし、まだ改良を加えようとしているのか、箱のあちこちをいじり始めた。
「ヘヘッ、ちょっと嬉しくて付け足しちゃいましたっス。可愛がってくださいっス。」
何を付けたかと思えばスピーカーだった。これで何ができるのだろう。
「あの…こんにちは、聞こエますか?。」
箱が喋った。間違いなくマギナの声である。周りに声を届けられてマギナも嬉しそうである。
「ほぉ…これは凄い。…しかし、喋り方が流暢になってきているのは気のせいですかな?」
「そりゃあ人工知能ですから、みなさんの話し方から勝手に学んでいくっスよ。」
だんだんと人間らしくなっていくマギナは親しみやすい反面、どこか不気味でもあった。しかし廣人はマギナに夢中であった。
「うおぉぉぉ!やべえ!えっ?コレもしかして画面とかも付けれる?」
「モチのロンっス」と薪名はどんどん改良していった。2時間後には、箱の一面が大きな液晶になり、そこに夢で見たままのマギナが映っていた。
「あんまり薪名さんに無理させるんじゃないわよ。」
「いえいえ、コチラもやりがいを感じるっス。ま、アタシにかかれば赤子の手をひねるより簡単な仕事っスよ。」
大の子供好きの彼女が赤子の手をひねることができない事はさておき、液晶の中のマギナはとても嬉しそうに飛び跳ねている。初日は周りの情報を受け取るだけだったのに、次の日には周囲と簡単にコミュニケーションを取れるようになるとは、人類も驚きの進化速度だ。それにより、その日から夢の中での戦いはかなり楽になり、近所での被害者は連日0人だった。彼らは改めて意思疎通の重要さを理解した。
「マギナちゃん昨日もカッコよかったよ〜。」
「いえいえ、廣人さんがあそこで引きつけてくれてたからですよ。」
マギナもすっかり馴染んでいる。特に廣人とはよく話すようだ。というより、マギナは箱の中にいるので廣人の方から絡んでいるのだろう。
「何よアイツ、あんなに活き活き話してるのなんて全然見た事ないわよ。」
「あら、嫉妬してますの?って痛っ!やりましたわね!」
部屋の外では夢乃と蘭が何やら揉めている。セバスは「喧嘩するほど仲がいい」と止めずに眺めている。今までの戦線メンバーよりも平和な空間がそこにはあった。
「それじゃ、また今夜ね。」
しばらくして、廣人が部屋から出ていく。
「ママ」
マギナが呟くように呼ぶと、夢乃達がいた部屋とは別の隣室の影から薪名が出てきた。また何か作ろうとしていたのか、煤まみれである。
「ママなら、ワタシを人間にできる?」
「…マギナは人間になりたいの?」
液晶の中で静かに頷く。
「残念ながら、いくらママでもそれはできないっスねぇ。いくら人間に近づけてもその線を越える事は出来ないっス。出来るものならやってあげたい気持ちは山々なんスけどね。でもきっと、マギナはそのままが君にとっても、アタシにとっても一番幸せっス。」
マギナが寂しそうに俯いて見てる方も少し辛かったが、彼女は諦めがついたようにスリープモードに入った。
「…人間になりたい…か…。」
自分が人間として、生き物としてどうなのか。人間らしく生きていけているのか。そもそも「人間らしさ」とは何なのか。機械の娘に考えさせられるとは思わなかった。
今回も楽勝だった。マギナちゃんがもの凄い速さで敵を追い詰めて切り刻んだ。少しやり過ぎな気もしたけど。
起き上がるとめまいがした。睡眠時間は足りているはずだが…。少し気怠いのでゆっくりと一階に降りる。集合しようと食堂に向かうと、長い金髪が見えた。まだ夢を見ているようだ。マギナちゃんが歩いている。
「あっ、おはようございます。」
いや、起きているようだ。戸惑って言葉が出ない。意味の分からないジェスチャーのようなものが出てしまった。
「驚きましたか?ワタシが寝てる間に、ママが体を作ってくれてたんです!」
どう考えても一晩で出来るものではない。しかも、かなり人間に近い滑らかな動きをする。ロボットとは思えない。
「????????????」
「あっ、みなさんおはようございます。」
後からやってきた三人も状況が飲み込めないようだ。戸惑うように挨拶を返す。すると、声を聞きつけたように薪名さんが現れた。
「ママーーっ!」
「痛い痛い。こらこら、放しなさい。えェ〜、徹夜で作ったっス。人間にはできなくてもここまで近づけたので満足してくれたら嬉しいっス。というか満足しろっス。」
倍くらいの身長のある娘を見上げて誇らしげに言う。目の下にはくっきりとクマができていた。
「んじゃ、アタシは疲れたので、マギナをよろしくっス…。」
遺言のように言い残して部屋に戻っていった。
その日はとても素敵な日だった。被害の拡大も忘れて出掛ける事ができた。自分達も出掛ける事は減っていたので晴れた日に外を歩くだけで清々しい気分になった。
「アンタは箱のままの方が可愛げがあったかもね。」
夢乃は車椅子の上からそんな冗談を飛ばしたが、マギナちゃんは全く気にせず、人間の素晴らしさに浸っているようだ。ほとんど閉まっている商店街で買い物をしたり、ガラガラの公園で遊んでみたりして子供のようにはしゃいでいた。
「元気なのが一番ですよ。」
セバスはベンチに腰を掛け、笑みを浮かべた。
帰ってからも、仲間が一人増えたことでいつもより盛り上がった。今まで製作室にしかいなかったので、屋敷の中をぐるぐると歩き回るだけで新鮮なようだ。
さすがに機械が食事はできないようだが、味を想像して食べた気になるらしい。これは自分達がいかに美味しそうに食べるかが試されているようだった。
前からそうだったが、AIパワーで快適な会議もより楽になった。
「今回も頼みますわよ。もし、何か困ったことがあればすぐ私を呼んでくださいまし。」
最近の会議の最後は毎回こんな感じで代わり映えないが、それが一番平和だった。
「今日は楽しめたっスか?もうそろそろ時間っスよ。」
薪名さんが我が子を迎えにやってきた。マギナちゃんはまだ遊び足りないようだが、明日のお楽しみにとママのもとへ帰って行った。まだまだゲームはいい所に入ったばかりなのだが、仕方ない。ここでふと疑問が浮かんだ。
「マギナちゃんは普通に寝たらダメなのか?女子部屋はまだ入れるだろう。」
夢乃は嫌そうに見えたが、他は賛成のようだ。
「…いや、ゴメンっス。実は、マギナはあの箱が本体なんス。本来の目的の夢を見るには、その体の充電も兼ねてあの箱と接続しないといけないっス。そこんとこご了承くださいっス。」
蘭は少し残念そうな顔だが、また明日会えると声をかけ、部屋に戻った。
今日は楽しくて仕方なかった。いつまでもこんな日々が続けばいいのにと思った。…ふと不安が生まれた。もしこの災いが終わればマギナちゃんはどうなるのだろう?夢で戦うために生まれた彼女は不要になるんじゃないか?…いや、薪名さんが我が子を見捨てる事は無さそうだ。維持費なんかも、金持ちの家だし払えるだろう。心配は杞憂に終わるだろうと眠りについた。
マギナ…全く、チヤホヤされて調子に乗って…。本当に気に入らない。ついには体までついちゃって…。雑魚狩りばかりさせられる私の身にもなりなさいよ。あんだけ強いならすぐに黒幕とっちめて欲しいわ。
「あら、どうしました?そんなしかめっ面されて。…もしかして、またマギナさんの事考えてましたの?」
そしてまーたこいつは煽るような事ばかり言う。ニヤニヤすんじゃ無いわよ。
「おや、噂をすればマギナさんですわ。おーい………!?危ない!」
「え?」
背後には両方の刃で斬りつけてくるマギナ。蘭はそれをなんとか抑えている。…本性現したわね…。私が切り裂いてあげるわ。
「金持ちメガネ!囮は任せた!」
金持ちメガネ…パッとでたけど呼びやすいしいい響きね…。
「とぅっ!」
…さすがにそう簡単に決まらないか…。ってか、何回見てもあの関節キモいわ…。っ!こっち来る!
「危ない危ない危ない危ない!何すんのよ!」
なんとか連撃を躱せた。今だっ!
「何してんだ。お前。嫉妬にしてもやりすぎだろ。」
「アンタが何してんのよ!こっちはやられかけたんだから。」
大事な所で割り込んできた廣人に防がれてしまった。コイツ、さっきの攻防見てなかったのかしら。
「何言ってんだ。そんな事するわけないだろ。明日も遊ぼうって約束したじゃないか。」
あっ、後ろ後ろ!声が出ない。
「廣人様、残念ながら約束は守れそうにありません。」
マギナの刀が吹き飛ぶ。ナイス、セバス!
「貴方とは仲良く出来そうと思ったのに…。残念ですわ。」
「やめろよ!どうしたんだよ、皆、マギナちゃんも。俺たちで争ってる場合じゃないだろ!」
これはマギナちゃんに優しくされすぎて受け入れられないのね…。確かに、あんなに楽しく一緒に過ごした相手が突然裏切ったら信じられないわね。ってアイツが止めたせいで武器取り戻されてるじゃないの!
「廣人さん、受け入れてくださいませ。理由は分かりませんが、今のマギナさんは敵ですわ。」
「ん〜何か味方同士争ってんじゃん〜。これはボクが漁夫るチャンスなんじゃないのォ〜?」
高台からその様子を見下ろす者がいた。最近はマギナに仲間がどんどんやられて機嫌が良くないようだ。
「いや。あのロボ、疲れってモンを知らなさそうだなァ。それなら不意をついてアイツから潰すのが良いカモ?ってゔあッ!危ねぇ!流れ弾やめろ!んぁぁ!」
たまたま飛んできたブーメランを躱したものの、帰ってきたやつに当たってしまった。しかも、全く勢いが衰えないせいでそのまま高台から落ちる。
「あっ。」
「あっ。」
不意打ちどころか全員にバレた。こうなればヤケクソだと、投げナイフを飛ばしまくる。
「皆様、こちらへ!」
セバスの言う通りにズレるように動くと、マギナが叩き落としたおかげで当たらずに済んだ。逆にそれ以外は全て背後の壁に突き刺さっていた。
「貴方、今回は協力しませんこと?」
「お、おう。」
先程のを見せられては、彼にそれ以外の選択肢は無かった。
早速蘭と夢乃で両側から攻め始めた。これでマギナの両手が塞がり体が無防備になる。…はずだったが、一瞬の隙を見て後ろに逃げられてしまった。すかさずブーメランと投げナイフが追い討ちにきたがリンボーダンスのように腰を反らして避けられてしまった。
「廣人さん!まだ戦わない気ですの?」
廣人は俯いたまま何処かへ行ってしまった。
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!」
廣人はどうしていいか分からなかった。仲間がやられるのは嫌だが、自分で仲間を倒すのはもっと嫌だ。そのジレンマを誤魔化すように、いつのまにか湧いていた雑魚戦士を切り刻んでいた。何でこんな事になったのか。そればかり考えてしまった。もし自分が接しすぎたのが良くなかったなら、もしあの時薪名さんに改良を頼まなかったら。まだ何も分からないのに勝手に自分を責めていた。この苛立ちが収まるまでひたすらに斬り続けた。この地獄が終わるまでひたすらに死体の道を作り続けた。
未だ戦況は停滞していた。どちらも攻撃が当たらない中、人間サイドは疲れが見え始めた。ここまでの強敵はネロイ以来だろう。
「今!投げナイフですわ!」
「弾切れだよ!」
「…そういう事は早く言いなさいよ。」
蘭が地面に落ちているナイフを蹴り飛ばす。しかし、焦りと苛立ちから力が入りすぎたのか、恐ろしい勢いで飛んでいった。
「ちょっ、えっ?待っっ」
彼は頭に自分の武器が突き刺さって倒れてしまった。
「…ご…ごめんあそばせ…ホホ…ホホホ…。」
「何バカやってんのよ!」
不利な戦況でも果敢に攻めたが、全く通用していなかった。二人同時に攻めても動じない。ブーメランも当たらない。夢乃が疲れから一瞬攻撃の手を緩めた。マギナは見落とさずそこから乱そうと動く。が、その前に体勢が崩れた。
「…何?」
突然雷が落ちたような衝撃と音がした。…廣人だ。左腕を刀で突き刺して右腕を足で押さえつけている。
「何でだよ…何で…」
彼は絞り出すような声をあげていた。マギナは虚な目をしたまま立ちあがろうとしていた。深い眠りに堕ちるまで、誰もそこを動こうとしなかった。
なかなか起きたくなかった。布団の中と外側の現実を完全に遮断していたかった。いつでも布団は味方になってくれるはずだったのに、暑苦しさに裏切られた。
「廣人様、マギナさんはまだ亡くなってませんよ。薪名に聞けば何か分かるはずです。」
セバスの言葉にほんの少し希望を持って製作室を訪ねる事にした。部屋を出た時には廊下に一同が集まっていた。階段を恐る恐る降り、薄暗い廊下を踏みしめて進む。警戒しつつそろそろと扉を開いた。そこには箱の隣で座る姿勢で眠るマギナ、いや、スリープ状態のマギナとその器があった。マギナの裏から薪名さんが顔を覗かせる。
「アレ?みんな無事なんスか?」
?…耳を疑った。三人も訳がわからないといった表情だ。
「みィんなそんな顔しちゃってェ〜。そんなにマギナちゃんのこと好きになっちゃったんスか?いやぁ昨晩アタシなりに考えたんス。それはそれは深ぁーく、何も住めない海くらいに。緻密な集積回路より複雑に思える脳内で娘は幸せなのかどうかってネ。デモ分からない。だってアタシはあの子とは違う。だから乏しいエンパシーをミルクの如く搾り出したっス。結局ソレは違うなッて、どうやっても憧れの人間になれない、なのに変わらないモノとして同じ社会に投げ込まれる。ドウ考えてもシアワセなんて無いっスよ。最初は楽しくても、後から生まれるのは嫉妬、断絶。それならナニも考えない、夢も見れない機械でいる方がマシっス。あゝゝゝゝゝゝゝごめんねぇぇぇ。こんな風に生み出しちゃってェ。ゑえ、エぇ、大丈夫…あなたにはママがいる。あなたが不幸になる前に、全部壊してあげるから。こんなママでごめんネェ…。生み出す前に気づけば良かった。こんなモノは神への反逆…破壊神の名の下に罪を犯すその前に戻らないとは知っててもこれはせめての贖罪ヨ…。次は人間として産まれたらいいワ。ママはもう産まれるコトさえ許されない…。夢見るコトも許されない…。」
彼女はそこまで言って、何かリモコンのような物を取り出した。
「サヨナラ、マギナ。アナタは最初で最後の最低で最高のアタシの娘。」
「離れますよ!」
「やめなさい!薪名ァァァ!」
「せめてアナタは機械らしく、アタシは人間らしく一緒に散りましょう。」
お嬢様の制止も虚しく、製作室ごと爆破された。セバスの判断が早かったおかげでギリギリで逃げ出せたが、屋敷と心には大きな穴が空いた。
朝からずっと屋敷全体がお通夜モードであった。昨晩の事件は薪名さんがマギナが寝た後に改造を加えた事で起きたと推測されている。徹夜でマギナの体を作った後、独りで寝た際に夢で殺害されたのが狂気の元凶とされた。しかし、それは本当なのか?普段自分の好きなように物作りをしている彼女が、娘をもち、初めて他人の幸せを考えに考え抜いた末路なのかもしれない。もし、最後までマギナがいたら本当にどこかで分かり合えない時が来たかもしれない。機械は機械らしく、人間は人間らしくいた方が幸せなのだろうか。そもそも「らしさ」とは何なんだろうか。親子を悼み涙を流し、日に日に曖昧になっているその境界を想像したが、自分は何者か余計分からなくなった。
登場人物紹介
ホー・テイ・蘭
年齢 17歳
誕生日 12/5
血液型 A型
武器 薙刀
好きな物 味方 美味しい料理 男の子
嫌いな物 堅苦しい事 荒い運転 細かい作業
ベトナムと日本のハーフ。親が石油王で金持ちらしい。お嬢様らしい振る舞いをしているが、所々行儀の悪さが出る。大概の事は根性で成し遂げてきた。夢の中ではめちゃくちゃ強い。ショタコン。