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第16話 胡蝶の夢

今思えば初期の投稿ペースバグだろ…。

最近なかなか忙しいですが、とりあえず完結までは頑張ります。

今年もよろしく16話!

 この状況からどうにか出来るものなのだろうか。廣人は訝しんだ。ここから何をどうすれば解決に向かうのか、そもそも敵の思惑はどこまで上手くいっていて、これからどうしようとしているのか、どうにか出来たところで、その後はどうするのか。これまでに幾度となく考えてきた事だが、一向に解決に向かわない。「いっそこのままで良いんじゃないかな。」そんな事を口走りかけたが、必死に飲み込む。そんな事を言っては示しがつかない。言葉を飲み込んだ分大きく息をはき出す。

「他に誰か居ないかな。これだけのどかな場所なら一人くらい…」

 諦めの気持ちを誤魔化そうと、廣人は川の向こう岸を眺めたが誰もいない。ふと、光を反射して輝く川が突然にしてガンジス川くらい濁ってしまうのではないかと思って目を背けた。

「そういえば、さっきの所に収容されてた人たちは何処へ行ったのかしら。一人や二人くらい見つかってもいいと思うけど」

 夢乃が思い出したように口に出す。憂うような眼差しを空に向けている。優しい風が髪を揺らす。それからゆったりとした足取りで6歩進んだ辺りで、アニマが悩ましげな顔をしながら口を開いた。

「…収容されてタ人じゃないけどモ、眼鏡ちゃんなら保護したノよ」

「え?」

 何故今更言うのだ。廣人としてはもっと早く伝えて欲しかったが、思い返すとそんなタイミングはほぼ無かった。アニマとしても遅くなってしまい気まずかったのだ。

「どしたの?」

「蘭が無事だって!」

「無事は言い過ぎ。ソレコソ、収容が必要ナ状態かもよ。命はあるってだけネ」

「ええっ。期待させてなんだそれ…」

 蘭含め他メンバーがどうなっていたのか、アニマ戦以降は詳しくは分かっていなかった夢乃だが、大体壊滅状態な事は察していた。ずっと戦闘続きで意識外にあったが、仲間が居なくなった事実を確実に認識した形になった。

「アニマ…アンタは何がしたいか分からないけど、やっぱ許せないわ」

「…」

 返す言葉も無かった。今は何故か行動を共にしているが、仲間を奪ったのはアニマなのだ。一発、二発殴っても足りないが、夢乃からは姿が見えないどころか声も聞こえないのでどうしようもない。それなのに、今は手助けしてくれているのが余計に腹立たしいのだ。

「…今仲違いしても良い事無いから落ち着いてくれ。気持ちは分かるし、俺も信用していいか分からん。でも今は大丈夫だと思うんだよ」

「分かってる。私から手出しもできないしね。ヒロが帰ってきたのもソイツのおかげだし、恨みきれない。だからムカつくんだけども」

 廣人の説得でこれ以上雰囲気が悪くなるのは避けられたと思われる。しかし、それでも夢乃は歯を食いしばって拳を握りしめているし、アニマは二人とは反対方向に目線を逸らしている。

「そ、そうだ、さっきの収容されてた人の行方なんだけど…」

 廣人は気を紛らすような内容の話を切り出したかったが、下手に話題を振って微妙な空気になるのを恐れてしまった。うまくいく話題作りというのはどうも難しい。

「知らないってば。狂ってどっか行っちゃったんでしょ」

 初めは夢乃自身が出した話なのにギスギスしはじめている。廣人は踏ん張って続ける。

「正直、どうなってるか分からないけど、人魚の時の件もあるから見えないだけでどこかにいるかもしれないし気をつけよう」

「イイ線いってると思うソノ説」

 夢乃は草の間の泥と土が混ざった部分を踏み付けた。飛び散って花にぶつかる。

「あと、前まであの人達を『狂人』って呼んでたけど、なんか違うと思うんだ。上手く言えないけど、何が現実かも分からないのに、逆かもしれないのにそういう呼び方がしっくりしないんだ」

「そんな事どうでもいい……?」

 目の前の丘が唸りだす。草木が下へ下へとずれていき、暗い地面が見えてくる。振動が止まり、その刹那間欠泉のように丘の向こう側が噴き出す。土の雨が辺りの草花を潰した。

「そうだ…その通りさ。君はやはりこちらに居るべきだ」

「出たなストーカー野郎!」

 またしても現れたネロイに声が重なる。

「しつこいんだよ、何回も追いかけ回しやがってよ」

「いやいや、君達と私らは切っても切れない存在なんだよ。予想はしていたが、アニマがそちらに回ってしまったことも含めてね」

「やっぱり予想されてたノネ」

 アニマが表情は変えないまま舌を出す。

「しかし廣人君、やはり君は私の見込んだ通りだ。最も『今を理解している』。そこで提案なんだが、私に協力してもらえないかい?君は辛い事を経験し続けてきたのだから、報われてもいいだろう」

「何言ってるんだ?散々苦しめられた相手に協力するわけないだろ」

 まぁそうだろうなといった具合にネロイは続ける。

「どうせバレてしまうし、準備もほぼ整っているから計画も話してしまおうか」

「何だと?」

 廣人と夢乃は身構え、恐れつつも聞いた。

「私は君達の夢の世界に留まらなくてはならない事が不服だったのだ。贅沢にも、生きている世界に数多の不満を抱え、遂には捨ててしまうような君達のだよ?そこで私は考えた。夢の世界と君達の世界を逆転させてしまえばいいのだ」

「ふぅん、相当隠してた割には想像しやすそうな…」

「煽るな煽るな」

 ネロイはいつも通り表情一つ崩さずに続ける。

「思いついてもそれを成功させるのは大変さ。さて、これを聞いて、君の以前の人生を思い出してほしい。満足のいく生き方だったかい?」

 比喩ではなく、廣人は胸が締めつけられる痛みを強烈に感じた。辛い事ばかりが思い浮かび、現実を無かった事にしたいが、相手に加勢する気にもなれないのだ。2人から心配するような視線を浴びている。

「いいや、クソみたいな人生だな。だからってお前に協力はしないが」

「…なるほど。ならば強硬手段だ」

 ネロイは左手を手前に掲げた。すると、丘の影から人の姿が見えた。それは全員に見覚えのある者だった。

「そんなッ、なんで…」

 それは間違いなく夢乃だった。それも現実世界の姿である。彼女に意識は無く、腰の一点で支えられているように、頭と足がだらんと垂れ下がっている。

 一方、アニマも夢世界の夢乃もネロイの言う「強硬手段」を直接的な攻撃によるものと思っていた。彼女の「本体」というべき肉体が現れることは予想外であり、完全に出遅れた。彼女らが刃を振るう時には、すでに仕込み杖の刀身が肉体の胸を貫通していた。

「!?」

「やりやがった…」

「まだまだ詰めが甘いな」

 ネロイは、まとわりついた血を払うように薙いで攻撃を弾く。それでもすっぽ抜けないくらいに夢乃の身体は深く突き刺されていた。

「ソンナことしてくるなんて血も涙も無いワ…」

 着地したアニマは地面に広がる、ある程度密度のある液体に気づいた。先程までこんなものは無かったが、数秒前に立っていた位置の周辺が黒く覆われている。細かく立っている波の源には廣人がいた。胸を押さえ、前屈みの体制で立っている。この黒い液体は彼の身体中の穴という穴から垂れ出ていたものだった。

「どうしたの!?シッカリして!」

「なんで刺されてもないアンタが一番訳わかんない事んなってんのよ!」

 2人は不用心にも、廣人に駆け寄った。

「…苦し…い.ご…めん…」

 自分でも何が起こったか分かっていない彼は、悶える事しかできない。逆に、刺された本人であるはずの夢乃はピンピンしている。廣人の様子を見て、自分の心配が疎かになっているようでもある。

「ふむ…もう一押しだな」

 2人の注意が廣人にいっている一瞬に、ネロイはゴソゴソと何かを取り出した。

「君達、これが何か分かるかい?」

 夢乃もアニマも、突然問われて動きを止めてしまった。しかし、遠すぎるし小さすぎてよく分からない。人差し指の先から第2関節くらいの大きさの黄色っぽい立方体。

「そんなもの知らないわ。逆に聞くけど、それに答えて何の意味があるの、今何をしたの、何が起こってるの」

 捲し立てられてネロイは困ったような、呆れたような顔をした。そして、落ち着きは崩さず答えた。

「何が起こってるかと聞かれても、目の前の通りなのだが。コレが何なのかも気づかなかったか…。君達は『彼女』に世話になったと思うがね」

「それってまさか…」

 嫌な予感が辺りを覆う。その予感は既に確定の域に達していたが、違う事に賭けていた。

「そうやって惑わそうとしても無駄ヨ。タダの塊じゃないの」

「そう…今となってはただの塊だね。ついさっきまでは動いて、廣人君を助けたつもりになっていたようだったが」

「嘘…だ…。そん…な」

 廣人はほとんど地面にくっつくような姿勢まで倒れつつも、視線は敵を睨み続けている。

「ほれ」

 塊が地面に捨てられる。着地点にそこそこの大きさのクレーターができた。飛び出した地面の破片は、塊に押しこめられた質量を示していた。

「マギナ……?…」

「ようやく認めたかい。君達が見た時、彼女の本体の回路が焼き切れていたのは、私があの瞬間にスクラップにしたからだよ」

 廣人から漏れる液体が勢いを増して滝のようになる。先程と比べ物にならない圧倒的な早さで、草原を覆っていく。液体には粘度があり、惨めな姿となったマギナをゆっくりと飲み込んでいく。

「沈んでル!?ナンデ?」

 見た目ではそこまで深さがないように見えるが、廣人本人はどんどん見えなくなっていく。夢乃とアニマは引っ張り上げようとするが、全く上がってこない。

「一体どうなって…居ない…」

 「どぷん」と鈍い音をたてて廣人は沈み、ネロイもどこかに行ってしまった。残されたのは草原と黒い水溜まり、そして、その鼻を突く湿った臭いである。残された2人は、浅くなってしまった水溜まりの上で立ち尽くすしかなかった。


「おい、起きろ。気絶してる場合か、おい」

 痛い。いきなりビンタで起こされてしまった。…どうして気を失っていたのだろうか。黒い水溜まりに呑まれて、気付くと空から落下していたんだったか。それからはよく覚えていない。

「うるさいな…。もう面倒だし、静かにしてくれ」

 まだ起こそうと揺さぶってくるので、渋々顔を上げる。…俺だ。目の前にはまるで鏡を間に挟んだように俺の顔があった。

「うわっ!なんで俺がもう1人居るんだよ!なんだ?ドッペルゲンガーか?」

 思わず叫んでしまった。

「落ち着け、今どういう状況か考えろ」

「落ち着けったって…」

 そうだ、さっき夢乃も現実の身体と夢での身体が両方あった。つまり、今目の前にいるコイツは夢の中での俺だ。完全に理解できた。

「あぁー、なるほどね。お前は夢世界の俺って事か」

「もしくはその逆だな。分かったならさっさと立ってついて来い」

 逆?コイツが俺の本体かもしれないって事か。冗談じゃない。自分が自分でないような気がして気味が悪い。まず、立派に武器を装備しておいて現実世界で生きているなんてよく言えたものだ。それに、俺にしては高圧的に感じる。

「…今は夢と現実の境界が曖昧になっている。どっちが本体なんてどうでもいい。俺はお前でお前は俺。それだけで充分なんだよ」

 考えている事も筒抜けらしい。脳内も共有されているのだろうか。それにしては相手の考えが読みにくい気がする。モヤモヤしつつも、とりあえず立ち上がった。立ちくらみが治るまでじっとしてから顔を前に向ける。よく見ると周りはかつての夢の中の街とよく似ている。なんだか懐かしい気持ちになってきた。

「驚いて気にしてなかったけど、なんで俺は助かったんだ?」

 ドロドロが出てくる時は苦しくて仕方なかったし、沈んだ後は空から落下したはずだ。俺2号(仮称)がキャッチしただけで助かるとは思えない。

 俺2号が口を開いたが、奇妙な騒音で声はかき消された。現実世界で自然発生するにはあまりに高く、うねるような音。発生源を見上げると、巨大な暖色の球体が浮かんでいる。この音はこれが他の物体にぶつかって破壊するときに発されているらしい。破壊された破片は物体と同じ暖色の飛沫になって飛び散っている。

「あいつだ!アレの頭が柔らかくてお前は助かったんだよ」

「じゃあ味方なのか?」

「いや、多分違う。少なくとも俺には落下中のお前を食べにいこうとしてるように見えた。そこを俺が頭を蹴り飛ばして助けたわけなんだが」

 その球体が自転して向きを変えると、カートゥーン調の顔が見えた。顔は左右非対称で常に流動的に変化しており、いかにも凶暴そうな歯を備えているのが恐ろしい。

「ぐじゅ…」

 こちらを確認すると、鳴き声のような声を出して迫ってくる。

「やばそうだな」

 2人揃って一本道を走る。相手はだんだんと速度を上げて追ってくる。少しだけ振り向くと、体表の模様が絵の具のように混ざっていくのが見えた。

「どーすんだ!ジリ貧でやられるぞ」

「お前、囮になれ。出来るだけ狭いところを通ってアイツが引っかかるようにすれば持ち堪えられるだろ。その間に俺が倒す」

 囮なんか嫌だが、この際仕方がない。俺は近い右側の脇道に逸れた。

「お前がやられたら俺もどうなるか分からん。絶対逃げ切れ」

 それだけ言い残して俺2号は上に逃げた。オレンジが強めのグラデーション模様になったヤツは、容赦なく両脇のコンクリートを喰らいながら突き進む。

「ぐじゅじゅ…じょじゅゅぅ」

 下り坂で足の回転が速くなる。しかし、両脇に路駐されている自動車にぶつかっても相手の不安定な瞳は俺から逸れることはなく、距離も開かない。

「前見て走れ!」

「お前が早く倒せ!」

「柔らかすぎて刃が入らねェんだよ!」

「なんとかしろ!」

 そんな言い争いをしている間にも、色彩が街を粉砕していく。このままではスタミナがもたない…と思ったが、引きこもり生活を送っていたとは思えないくらいには走れている。案外都合良くできているものだ。

「右に避けろ!」

「うおっ!?」

 後ろから突然叫ばれ、咄嗟に右側に大きく飛び出す。直後、左側には糸を引いた青紫の長いモノが突き刺すように出てきた。間違いなく舌だ。獰猛な牙に加えて、捕獲に優れた舌まで持ち合わせているとは、恐ろしいやつである。

「次も来るぞ」

 左右交互に避ける。敵も苛ついてきているようで、段々とペースが上がっているようだ。そして、まずいことにこの先は行き止まりである。

「そこでジャンプ!」

 股下を舌が通り抜け、正面の壁に突き刺さる。すぐに引っ込まなかったため、思わず踏みつけてしまった。

「おらっ」

「じゅしゅしゅにぇいぇん!?」

 俺2号が舌を切断する。慣性で敵は吹き飛び、行き止まりを破壊した。瓦礫は相手の力で露と消えたので、俺たちに特に被害が無かったのは助かった。

 その時、足下で何かが蠢いた。切られた舌だ。

「うわキモっ!」

 トカゲの尻尾のごとく、ビチビチと跳ねている。足が粘液まみれになってしまった。

「しかし…あれだけで終わるとは思えない。どこに行ったんだ」

 崩れたビルの向こうには、土煙が晴れた後も何も見えなかった。アレはなんだったのだろうか。危険なものがいなくなればそれに越したことは無いのだが。

「…なんか…揺れてる?」

「そうか?」

 俺の視界は暗闇に閉ざされた。意識も急速に遠のいていく…………


 一方、夢乃達は完全に行き詰まってしまっていた。どれだけ探っても、廣人と合流する手段を見つけることはできなかった。もう日が傾いている。崖の下には濁流に流された町の残骸が見えるだけで、手がかりすら見つからないだろう。そもそもその手段は存在すらしないとも思える。

 今は静かな景色の中に二人佇んでいる。アニマの存在を自分から認識できない夢乃にとって、広すぎる視界は孤独でしかなかった。それに加えて、自身の本体とでも言うべき体が無惨な目に遭ったのをひしひしと実感してきていた。なぜ、自分が生きているのかも分からない、いつか突然消えてしまうかもしれないといった不安が足元から這い上がってくるようだった。

「さみしいよ…」

 アニマは反応しない。もしかしたらどこかに行ってしまったのかもしれない。知らないうちに斬られてしまっていたのかもしれない。なんでもいいから存在を伝えて欲しい。そう思ったとき、近くの地面の草が抜かれて、黒っぽい土が剥き出しになった。

『そばにいる』

 見えにくいが、指先でなぞるように、文字が書かれる。それだけで心強かった。すぐに消されて、次の言葉が書かれる。

『彼のことが心配?』

「そうに決まってるでしょう」

『彼なら大丈夫。だから気に負わないで。不安になっても苦しいだけよ』

 大丈夫なわけがないというのはすぐに分かったが、頑張って元気づけようとしてくれているように思えて大きめに頷いた。

 黄昏てきた。もう文字が読めなくなってしまう。よく見ると、前よりもかなりぎこちなさが無くなっているアニマの字が光沢をもっている。一際光を強く反射した後、空は暗くなり、明かりは星だけになった。月は出ていない。

 もうほとんど何も見えなくなってしまったが、最後には『ありがとう』と書かれていたように思う。

「アニマ…もしかして、泣いてた?」

 冷たくなった夢乃の手の甲に、暖かい感触が伝わってきた。

 また、夜が明ける。


「これで君に戦う理由は無くなったんじゃないかね?」

 冷酷に殺気が迫ってくる。廣人は目の前の黒い塊を叩く事しかできない。ガラスの中にインクを混ぜたような黒い卵型の塊。この中には現実世界の廣人がいる。生きているかは分からない。直前に吹っ飛ばしたあの怪物が地面から飛び出して丸呑みし、そのまま硬質化したのだ。

「君の仲間は全滅、君の本体でさえ食べられてしまった。君に守るべきものはもう無いだろう?諦めたらどうだい」

「嫌だ」

 即答だった。廣人は自分の本体を諦め、覚悟を決めて向き直る。

「何故だ。君が一人生きていたところで虚しいだけではないか。それとも、そうなってでも諦められない理由でもあるのかい?無論、君が勝てるとは思わないが」

「あるよ。あんたらには分からんかもしれないけどな」

 もう少し、人に近い価値観を持っているものだと思っていた。しかし、彼らは人間から生まれた、人間とは似て非なるものらしい。

「俺は感謝してるんだよ。この騒ぎのおかげで俺は久々に外の世界に出た。何年ぶりかに仲間ができた。生きる意味を見つけた」

「どういたしまして」

「でも、結局あんたらが奪っていったんだ。…しっかりお礼させてもらうぜ」

「感謝したいのはこちらだよ。君達がいなければ私達は生まれていないし、こんな素晴らしいものは見られなかった」

 両者、刃を構える。

「見せてもらうよ。君のお礼…」

 絶望がそこにあった。全方位からの異空間を通じた剣撃。逃げられない。廣人の身体中腕、脚、顔としっかりと全ての刃が突き刺さる。痛い。痛いじゃ済まない。身体中を貫く痛み、苦しみに幻覚が追い撃ちをかける。

「親を殺したのはお前だ」「姉がいなくなったのもお前の我儘が原因だ」「なんで一番死んでいいやつが生きてるんだ」

 酷い言葉を大量に浴びせられる。しかも、その時その時の情景がはっきりと思い浮かぶのだ。正直辛くて仕方ないし、逃げ出したいくらいではあるが、逃げるわけにはいかないのだ。

「精神攻撃はもう飽きたんだよ!」

 その瞬間、全ての苦しみが解けて自由の身になった。傷も全て治っている。そういえば、経験上夢世界での死というのは、トラウマを見せるといったものだった。トラウマを克服してしまえば、実質無敵状態なのではなかろうか。

「なんか…楽になった…」

 精神攻撃によって強制的に過去と向き合わされた結果、それを受け入れる覚悟ができたのだろうか。考えている暇はないのでそういう事にする。

「また借りができたかもしれないなァ」

「…」

 ネロイはそれも予想通りというくらいに落ち着いている。再び刀を握る。次はその場に留まらずに変則的な動きをする。これで突然に生えてきた刃も当たらない。

「あっ」

 違った。廣人は上手いこと誘導されていただけであった。目の前に突き出した刃が右目から脳を突き破った。脳みそに直接ここまでのダメージを受けることはそうそう無い。今までにない異様な痛みに悶える。そしてまた幻覚がくる。

 あの事故の光景だった。第三者視点で生々しい。目を瞑りたくなる。しかし、これも事実なのである。向き合わねばなるまい。

「…!?」

 事故を起こした車がその後道から逸れて歩道に突っ込んでいた。そこで足を轢かれていたのはまだ幼い少女…夢乃だった。なぜ彼女と分かったのかは分からないが、直感的にそうと言えた。廣人は前に記憶の領域で見た事があると微かに思い出す。

 まさかこんな所で迷惑をかけているなんて。彼女は足が動かないのをコンプレックスに生きていた。廣人は一人の人生を大きく変えてしまった事にショックを受けた。貫かれたのと合わさって本当に頭が破裂しそうなくらい痛い。

「…ダメだ、耐えろ」

 一人の人生を変えた?今更ではないか。それに、夢乃ならきっとこんな風に考えるのを嫌うだろう。初めて知った事だ、後で会えたら謝ればいい。

「フゥ…」

 なんとか復活した。廣人も、まさか自分が意識してない部分から掘り返してくるとは思わなかった。前までなら、すぐにショックでくたばっていただろう。

「少し冷たかったかもな」

 いらぬ心配をよそに、3戦目が始まる。

「いくぞ」

 廣人は大きく踏み込んで、一気に距離を詰めようとする。刃が十字に交差して現れる。初めは何も感じなかった。刀が刃とかち合って初めて気付く。サイコロステーキだ。

 4戦目。銃弾を杖で打ち返されて額を貫通。

 5戦目。距離を数センチまで詰めるも、回転させた刃によってミンチに。

 6戦目。一振り目を避けられ、袖を掴まれ、背負い投げ。強く叩きつけられ身体がバラバラに。

 7戦目……


「そろそろ疲れてきたんじゃないか?」

 何十戦しただろう、何度も死んでは生き返ることを繰り返す廣人は、自分が精神的に滅入ってきているのを誤魔化そうとネロイに語りかける。

「君は何を言っているんだ?まだ始まってもないだろう」

「…?」

 静寂な時が流れる。廣人は思考を巡らす。まだ始まってもいない?どういう事なのか。混乱させるためにわざとそんな事を言っているのか?いや、相手は本気で言っている。ならば一つしかあるまい。

「…夢の中の夢か」

 廣人はこれまで何度か経験しているが、いつになっても慣れることはない。

「さて、仕切り直そうか」

 ネロイが居合の構えをとる。廣人も同じく構えるが、戦慄が止まなかった。身体中が震える。ここまで何度負けてきた?さっきの仮説が正しければ負けた分ループしていることになる。いつのまにか、戻れない、永遠に殺され続けることに怯えていた。トラウマが克服されるなんてありはしない。生きている限り、それは新たに生み出されていく。

 考えを巡らせている間に視界が浮いているのに気がついた。首が斬られていた。つまりもう一度戻される。

「君は何のために戦うんだ?」

 敵の言葉がより大きく聞こえる。本当に分からない。敵かどうかもあやふやになってきてはいないか?もう逃げた方が楽なのではないか?戦ったところで、勝ったところで、得るものはあるのか?そもそも勝てるのか?

「俺は…俺は、もう…」

 廣人は相手に背を向けて逃げようとする。

「ヒロさん」

 聞き覚えのある声。つい最近まで聞いていたような。

「えっ」

 目の前には、一緒に戦った仲間、それを支えてくれた人々がいた。彼らを前にしては、逃げられなくなってしまった。皆、同じように戦ってきたのだ。廣人に呪いのような責任感が重くのしかかる。

「これだから『仲間』は苦手なんだ」

 本当に彼らの魂が現れたかどうかなどは廣人の知るところではないが、彼の見たものは「戦う理由」としてそこにあった。

 薄らと笑みを浮かべて廣人はもう一度振り返る。

「あっぶねぇ!」

 上半身を大きくのけ反らせて攻撃を躱す。その勢いのままバク転で立ち直る。背を向けたのが悪いと言えばそうだが、だとしても急襲は心臓に悪い。

「もう諦めたのかと思ったよ」

「ちょっとな」

 同時に踏み込む。刀が火花を散らす。

「前よりもかなり動きが良くなったね」

「そりゃあな」

 何度も負けているからというのを相手は知らないが、そんな事はどうでもいい。

「でも…」

 鍔迫り合いで押し負け、廣人は後方に吹き飛ばされる。背後には既に刃が突き出ていた。

「まだまだだ」


 数えていないが、おそらく100戦目くらいだろうか?もっとしているかもしれない。また同じセリフを吐くネロイと対峙する。

 回数を重ねて、廣人はどの行動をするとどう反撃が来るか大体覚えてしまっていた。しかし、それを加味してもいい具合に体が動く。

「いわゆる追憶(レネミセンス)というやつかな。以前とはまるで違う」

「おかげさまでな」

 斬撃を受け流して一旦距離をとった後、亜空間からの刃を飛び越え踏み台にしつつ、敵の足下に銃弾を撃っておく。それを避けた所に先に斬り込む。確かな手ごたえ。油断せず2撃目を打ち込む。

 会心の一撃!

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