第13話 石油の姫も夢に見た
めっちゃ久々の投稿!2ヶ月以上空いたのは勉強、バイト、スプラトゥーンなどが忙しくなったからです。ちょーっとずつ書き進めてたんですがね。
2ヶ月も経つと、どう伏線はってたとか忘れてそう…。
教養を付けたい13話!
「はぁ…そんな事あったのねェ。まぁ良かったんじゃない?復活できたんだし。私としては復活早すぎてちょっと引いてるくらいよ。」
「…それはそうなんだが、思い出したくなかった事見せられて辛くなった。出来れば復活したくなかったくらいだ。」
夢乃は廣人をなんとかして慰めたいが、彼の過去など知らないので下手に言葉をかけられなかった。むしろここはズバッと、「起きた事は仕方ないし過去には戻れないのだから、さっさと受け入れて立ち直れ」と言ってやりたいくらいだったが、彼女はそこまでの度胸を持ち合わせていなかった。
「私がどんだけ心配したと思って…」
「その言葉、そのまま返すよ。」
自分が現実で殺されかけた事を忘れかけていた夢乃は顔を赤面させた。目の前で大きな魚が跳ね、着水音が反響する。それに驚いた鳥たちがバサバサと一斉に飛び立った。
「最早原型留めてないな…。」
彼らの目の前にある景色は、アマゾンの奥地のような密林であった。…といっても彼らはアマゾンの事をよく知っている訳ではないので、「実はマダガスカルです。」とか「インドネシアです。」とか言われても分からないだろう。いつものビル群は木々に飲み込まれて廃墟のようになっている。その光景は、人々がこうなるべき、こうなってほしいと妄想する文明崩壊後の予想図そのものであった。コンクリートやアスファルトが植物と調和しているのはまさに幻想的である。
「で、この密林でどうやって敵を探せと…。」
見渡しがこの上なく悪いため、捜索は難航していた。木々をかき分けながら進み、濁った川を越え、ぬかるみから抜けてきたが、見つかる気配がない。
「しゃがめ!」
廣人が夢乃の頭を押さえ付ける。背後の木に矢が突き刺さった。二人とも匍匐前進で木の裏に回り込む。
「何、何?どっから飛んできたの!?」
「とりあえず反対に逃げるか。」
見渡しの良い所まで走り出そうとするも、反対側から秘境の民族のような見た目の女が飛び降りてきた。骨から作ったようなナイフを持っている。
「マズイ…挟まれたな。」
突然彼女が斬りつけてきたので廣人は尻餅をついてしまった。躱したことで攻撃が背後の木を斬り倒す。廣人は倒れてきた木を転がって避ける。
「今度は何!?」
夢乃が叫ぶ。まるで女の攻撃が見えていなかったようだ。廣人は彼女の手を取り先程のルートと直角の方向に走り出す。
「なんでそっちなの?」
「…は?正面から敵来てたの見えてなかったのか?」
「いなかったわよそんなの。」
敵が見えたか見えていなかったかで口論になってしまった。その声を聞きつけられたのか、最初の矢が目の前の木に横から突き刺さった。
「ちょっとソレ貸しなさい。」
夢乃は廣人から拳銃を取り上げると、叢に向けて撃った。すると着弾点の少し横から、これまた似たような民族衣装を着ている男が飛び出してきた。右手には長い筒を持っている。先程、矢で攻撃したのを見ると吹き矢であると思われるが、矢の大きさが吹き矢のそれではなかった。
「ほーら見なさい。私の狙った通りよ。」
「何がだよ。」
「は?目の前にいるじゃないの!って、危ない!」
今度は夢乃が屈ませる側になった。放たれた矢は空へ飛んでいく。二人は足止めを食らっている間に先程の女に追いつかれてしまったが、それも夢乃には見えていないようだった。
「どうなってんだこりゃ…。」
直前の矢が虚空から飛び出したように見えていた廣人も焦っていた。刀のリーチの長さを利用して女と戦っているが、見えない敵が何処にいるか分からない。常に全方向に気を配る必要があるのはかなりの負担だった。さらに相手はジャングルを自由に素早く動き回る。集中していないと見落としてしまいそうである。
「こんな時こそ、蘭とかがいてくれればな…。」
「私を呼びました?」
廣人が独り言を言った途端、夢乃を挟んでさらに遠くの方から都合よく蘭がやって来た。そして夢乃が戦っている男に斬りかかる。男は驚いて装填中の矢を落としてしまった。
「アニムス!」
先程まで無口だった女が叫び、アニムスと呼んだ男の方へと木々を飛び移って行った。案の定というか、蘭にもそれは見えていなかったらしい。すぐ近くに迫ってくるまで、全く気付いていなかった。しかし、近くまで来ると気配を感じ取ったのか、薙刀を突き向けて女に忠告した。
「見えないからといって油断しない事ですわ。」
正確な位置までは分かっていないだろうが、その一言から動けば仕留めるというハッキリとした意志を汲み取れた。また、それは見えない相手に苦戦していた廣人達にも向けられた言葉のようにもとれた。
「バレたの?…なんで?」
蘭には聞こえていない。しかし、僅かな空気の流れを感じ取ったように、彼女は突き向けていた薙刀を振り上げた。女は後ろに反って躱し、鼻先に切り傷を入れられただけで済んだ。
「アニマッ!」
「…やっぱりもう一人いますのね。片方がアニマなら、貴方はアニムスといった所でしょう。」
アニムスは全て見抜かれ、口を開けたまま固まっている。そして彼の腕を銃弾が撃ち抜いた。彼は突然の痛みに地面を転がり、その先の川に落ちた。大量の気泡が空気中に消えていった。
「ありゃぁ、ピラニアにでも食べられたわね…。可哀想に。」
「可哀想にって、撃ったのは貴方でしょ。」
女子二人がそんな他愛無い会話をしている間にも、隣で廣人とアニマが戦っていた。助けに入りたいが、この場では廣人以外に敵が見えていないので下手に入ることはできない。
「私達は他の敵居ないか見回りに行くから。それじゃ、頑張ってね〜。」
「そんな薄情な…。せめて銃置いてけよ。」
夢乃は去り際に銃を放り投げて行った。戦いながら上手くキャッチできる訳もなく、それは地面を滑っていった。
廣人達の視界から夢乃らが完全に消えた時、アニマは攻撃を仕掛ける事をしなくなった。後ろに大きく跳ねて距離を取ったと思うと、すぐに背後の森に逃げてしまった。廣人は彼女を見失ってしまい、ついに見つけることができないまま今回の戦闘は終わった。
その日の朝は、八作がいつになく不機嫌であった。寝癖も直さず、しかめっ面で佇んでいる。「ゔー、あー」と唸り声を上げてセバスを睨みつける。
「お二人共おはようございます。…八作さん、そんなに睨みつけないで下さい。」
その様子を見た廣人は、八作に不機嫌の理由を聞きたかったが、今の彼にはあまり話しかけない方がいいと思い控えておいた。どうせ蘭の助太刀をセバスに邪魔されたと思っているのだろうと大体の予測もついていた。近頃、セバスの様子を見ると、蘭に八作を近づけたくないようである。
八作はその機嫌が直ることもなく、そのまま顔を洗い、着替え、食卓へ向かう。しかし、蘭が現れると、不貞腐れた顔も明るくなった。
「皆様、おはようございます。…廣人さん、昨晩の敵は倒せましたこと?」
蘭は挨拶をするとすぐに廣人に報告を求めた。八作としてはそれがやや不服だったが、表には出さなかった。
「いや、逃げられた。だから次も会うかもしれんな…。」
その場の空気が少々沈んだ。面々は黙々と食事をとる。丁度全員が食べ終える頃、突然着信音が鳴り響いた。こんな時に誰だと廣人と八作は顔を見合わせたが、蘭とセバスは青ざめている。着信音が5コールくらいした所で蘭がようやく携帯を取り出した。やっぱりという表情で頭を抱え、さらに3コール鳴ってから応答した。
「…もしもし…蘭ですわ。…ハイ、…アラ、そうなんですの。…ホホホ、エエ、エエ、モチロンですワ。…ハイ、では…。」
死にそうな声を必死に取り繕って会話していた彼女は、通話を切るなり廣人と八作の腕を掴んで屋敷の奥へ引っ張っていく。
「うわ!何?何?」
「なんであの人、直前に電話入れるの!普通出発した時とか空港着いた時とかでしょうが!…とりあえず貴方達は隠れて下さい。これ以降の会話を聞く事もないように。」
そう言って蘭は二人を奥の部屋の押し入れに突っ込んだ。そして来た道を全力ダッシュで戻り、セバスに一言だけ告げる。
「貴方もバレないようにね…心配無いですが…ハァハァ…。」
セバスが頷くと同時にドアからガチャガチャと鍵をいじる音が聞こえる。重い音を立ててドアが開くと、そこにはサングラスをかけた色黒の男がいた。小太りの中年だが、顔は中々厳つい。
「久しぶりだな、蘭。元気してたか?オオ、セバッちゃんも。ちょっと肥えたんじゃないか?」
男は笑いながら話しているが、蘭達は必死であった。
「…そ、そうですかね。まぁ、とりあえずお茶でも…。」
セバスは男を談話室に誘導し、紅茶を淹れる。その手は微かに震えている。
「お父様、本日は何か御用がありまして?」
「何も用が無くても帰るくらい良いだろ。お前の父さんだぞ。」
父に失礼な事を言ってしまったと感じ、蘭は身体を震わせた。確かに、今の質問は帰ってきて欲しくなかったと捉えられてもおかしくは無い。無論、そんな反省をする余裕は彼女に無かった。
「いや、用事はあるんだ。あの…なんだ、奇病?人間が狂い始めてるってヤツだ。こんな危険な所にお前を置いておけないからな。遠くに連れて逃げようと思ってな。今すぐにでも俺と帰ろう。な?」
今まで、蘭は父にだけは逆らえなかった。しかし、今、友人と共にその病の元凶と戦っている。ここで逃げたら努力が全て水の泡である。そう思い拒絶しようとした時だった。
「あっ、それともう一つ。ココに新しく何人入れた?」
彼の声のトーンが急激に下がる。恐ろしい威圧感であり、二人は冷や汗が止まらなくなった。
「な、な、な、何のことでしょう?」
「とぼけんじゃねェ。玄関の靴が明らかに多いのは何なんだよ。そんで窓ガラスもいくつか割れてる。更には俺が帰って来たってのにお前以外の召使いが出てこねぇ。これでおかしくないと思う方がおかしいだろ。」
「い、いえ、靴は使用人達の物ですわ。窓はついさっき割れてしまった所ですし、使用人が出てこないのはその病のせいですわ。ホホホ…ホホ…。」
中々苦しい言い訳で必死に誤魔化す。無理そうだとしても、何とか誤魔化さなければならなかった。蘭は父に溺愛されており、家には他人を入れる事は許されなかった。同年代の男などもっての外である。
「いいや、おかしい。直接見てやる。」
「あっ、あっ、ちょっとお待ちください、お父様。」
「そ、そちらは例の病の使用人を収容してお、おりますので、近づくと、か、感染の恐れもありますよ!」
警告して止めようとするも、彼はガンガン奥へ進んでいった。
一方、押し入れに入れられた男子二人組はその頃、退屈で仕方なかった。そこは暗い、狭い、暑い、埃っぽいと、人間が過ごすには快適さの足りない空間だった。
「全く、いきなりこんな所にいれやがって…。」
「閉ざされた狭い暗闇に、お年頃の男が二人。何も起きないはずが無く…。」
「変なナレーション入れるな。」
馬鹿みたいな会話をしているが、八作としては、それは気を紛らす行動であった。「会話を聞くな」などと好きな相手に言われてしまうと、逆に聞きたくて聞きたくてしょうがないのだ。しかし、外から響く足音によって好奇心に負けてしまった。
「誰?誰?蘭さんのお父さん?石油王の?」
「…そうっぽいな。」
「じゃあ挨拶しないとね。蘭さんとお付き合いさせていただいている者ですって。」
押し入れの戸を微かに開けて外を覗く。内側に溜まっていた熱気が外へ流れ出ていくのが感じられた。その流れと共に出て行こうとする八作の腕を、廣人は掴んで止める。かなり強めに掴まれたので、八作は抵抗をすぐに諦めた。
「やめておけ。ややこしくなるだけだから。」
八作はまたむすっと不貞腐れてしまった。しかし、外が気になるのか再び隙間を覗く。彼らの期待するような情報がそこから得られるとは思えないが、廣人も一緒になって戸に張り付く。そこでは厳つい見た目の男がどかどかと歩き回っていた。蘭とセバスがその後ろを俯いてつけている。男が奥の部屋の扉を開くと、怒鳴り声が響いた。あまりの勢いに押し入れの中の二人も驚いてしまった。
「うわ怖い!しかも何語!?なんで?」
「もう挨拶に出ようとか思うなよ。…アレは多分、狂人の収容が見つかったな。」
セバスが前に出て、必死に事情を説明しているようだった。蘭も泣きそうな顔になりつつもペコペコと頭を下げている。その様子を見て、今度は「助けなければ」という感情が生まれたのだろうか、八作が再び出て行こうとし、またしても廣人に止められる。先程よりも出て行こうとする力が強くなったように感じられた。
「やめろって。…あまり言いたく無いが、多分あの人は石油王じゃないし、もっとヤバい人かもしれん。バレたらタダじゃ済まないと思った方がいい。あの様子見てると石油王だとしてもバレたらヤバいだろうが…。」
「だったら余計、蘭さんをお父さんの魔の手から救わないと!放っておいたらどうなるか分からないよ!」
「だから…あーもう、物分かり悪いヤツめ、バレたら最悪殺されるんだぞ!」
その時、勢いよく戸が開いた。そこにはあの厳つい男。逆光で元々濃い色の肌が余計に黒光りしている。
「ゼンブ聞こえてんダヨ。」
男は八作の手首を掴んで、押し入れから引っ張り出す。先程まで彼を止めようとして腕を掴んでいた廣人も一緒に出てきた。
「…オマエら、なんでココにイル?」
「イヤァ…お嬢さんに無理矢理入れられてェ…。」
「バカヤロウ!物置じゃネエ、コノ屋敷にダヨ!」
「アっ…ソレも同じです…ハイ…。」
廣人は無意識に八作が勝手に来た事を隠蔽した。しかし、八作は開き直ったのか、パニック状態なのか、とんでもない事を口走る。
「ボッ、ボクは…蘭さんと付き合う為に此処に来ました。そして今は仲良くなる事が出来、順調だと思っています!彼女はとても素敵な人です。特にこの容姿から性格まで全部…」
「モウイイ。知っテル。」
男は八作の力説をぶった切った。彼の後ろを見ると、蘭が「どこまでもおバカな人…。」というように顔を手で覆っている。彼は一呼吸置いて再び話し始めた。
「ハァ…そのバカは正直でイイ。処分は後にシテヤル。…オマエ、ウソついてナイダロウな!?」
彼は廣人に迫った。絶妙に日本語に慣れ切ってない感じが余計に怖さを引き立ていた。廣人はかかってくる唾に顔を思わず渋めた。蘭とセバスは彼を擁護しようと何やら色々説明したが、男は聞き入れようとしなかった。
「オマエ、証人ヲ出セ。」
「彼らじゃダメなんですかねェ…?」
「モウ一人欲しイ。」
絶対にコイツも嘘を吐いている。そう信じているような態度だった。もし嘘じゃなくても許さないという意志がひしひしと伝わってくる。
廣人は、証人となるような屋敷の使用人を探てエントランスに向かって歩いたが、不思議な事に全く見つからなかった。皆んな夢でやられてしまったのだろうか。夢乃の寝かされている部屋を敢えて探さずに通り過ぎると、遂にエントランスにたどり着いてしまった。
「アイツはドウシタ?」
そこまで来てから、何か思い出したように男は右手の部屋に向かう。そこはいつも火灯がいた部屋だった。そして今も彼の後頭部が見える。廣人としても彼が頼みの綱であった。
「オイ、オマエ、俺が来たんダ、ナンデ顔も見せナイ。」
男が肩に振れた瞬間、火灯は椅子ごと真後ろに倒れて後頭部を強打した。かなり痛そうな音がしたが、彼は笑顔であった。
「アッ、お館様、お久しぶりです。アラ、廣人クン達も一緒ですかァ。仲が良さそうで何よりですねぇ…。何せ、君達を連れてきた時から人間関係が一番心配でしたから…。お嬢様の幼い頃から一緒にいますが、人間関係の難しいコト。ホント、何回諦めかけたことか。お嬢様のお友達ができないと聞く度、彼女の人生は真っ暗なんじゃないかと…。ソレはソレはゾロアスターの炎が絶え、眠らない街が永眠し、焚べる薪を切らし、油も地から枯れたような…。デモ彼らが現れて闇は晴れたヨウでした。」
「ナニ言っテ…。立ったらドウダ?」
「シカァシ!彼女の悩みの根源はアナタ!アナタの下にいた時点で彼女の闇は永遠也。深ァい深ァいマァッッックラな深淵…。」
「ヤメロ!」
部屋に何度も聞いたはずだが慣れない、残虐な轟音が響き、静けさだけが残った。
「ヒッ、ヒィッ、じ、銃!?」
男の手には拳銃が握られていた。火灯の額には穴が空いているが、彼はまだ笑って震えている。
「オマエら、ヒミツ、見たナ。」
次は廣人に銃口が向けられる。彼は反射的に両手を上げた。しかし、タダで殺されるつもりはなかった。大きく息を吸って口を開く。
「…今の見たよな。火灯さんは完全に狂っていた。…信じられないかもしれないが、夢の中で死ぬとああなる。俺達はあなたのお嬢さんとソレに抗っているんだ。その被害も徐々に拡大しているから海外に逃げてもいつかは巻き込まれる。…要は、俺達を殺した所で何も解決しないんだよ。大切なんだろう?お嬢さんは。秘密の事は外では絶対話さない…というか、話せるような人間はみんなトチ狂ってる。ここはよく考えてくれ。」
数週間前までコミュ症だったのに、こんな相手にも抗議できるようになった事に本人も内心驚いていた。そこに蘭も加担して説得に入る。
「そうですお父様。彼は信用できますわ。今の光景はショッキングだったとは思いますが、口外しない事は保証できます。」
「ソッチのバカは?娘と付き合うナラ、秘密ドウコウ無く殺すガ。」
「…彼は誰より私の事を思っています。その『奇病』から身を挺して私を守ってくれる…はず…。」
男は頭を捻り、顔を顰め、ウンウンと唸り、5分ほどしてようやく答えた。
「…分かっタ。…オマエらだけ無事なのもソウイウ事ナンダロウ。ソノカワリ、蘭が狂うコトが有れバ、オマエらを殺す。コノ騒ぎガ収まっタラ俺は蘭とコノ国を出る。アト付き合うノハ許さんカラナ。」
「ありがとうございます。」
拳銃がしまわれると、安心感がほんの少し帰ってきた。しかし、八作は逆にパニックになってしまい、廣人を連れて部屋に飛び込んだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、どういう事!?蘭さんのお父さん何者!?てか、蘭さん海外行っちゃうの!?付き合うのダメって何!?」
「一気に聞くな。…まぁ、あの人はマフィアかなんかなんだろうな。蘭の様子見ててもチョイチョイ怪しかった事とかもあったけど、まさかここまでヤバいとはな…。」
そんな話をしても八作は理解していないようだった。首を傾げてキョトンとしている。蘭のどこに怪しい要素があったのか分からないようだ。しばらく首を傾げたまま黙っている状態が続いたが、再びパニックが帰ってきた。
「てか、なんでそんなに落ち着いてるの?火灯さん殺されちゃったよね?怖い怖い怖い。こんな所でもう寝られないよ…。」
彼の言う通り、廣人はやけに落ち着いていた。今まで、落ち込む事は何度もあれど、パニックに陥る事は無かった彼だが、こんな事態でもここまで落ち着いているのはさすがに異様である。
「いや、俺も怖いよ。なんか…ビビりすぎて逆に落ち着いてる…のかな。自分でもよく分からん。」
廣人も焦っている事を知り、八作はほんの少しだけ安心した。それでもやはり焦りは抑えられなかった。
その時、部屋の扉が開いた。入ってきたのはセバスだった。廣人達を見下ろすようにして口を開いた。
「…今回は絶対に負けられません。気を引き締めて臨むように。」
それだけ言って部屋を出てしまった。主にも廣人達にも隠していた事がバレて、精神的に参っているようだった。力無く歩く背中は、重い物を背負っているように丸まっていた。
それ以降、その日は表現しきれないほど気味の悪い空気感になっていた。残り少ない召使いは、通報したら殺すぞと脅されて萎縮しており、蘭も部屋から出て来なくなってしまった。彼女は、独りうずくまって泣いていた。忘れようとしていた記憶と共に沢山の負の感情が湧いてきた。彼女は食事も摂らずに夜まで泣いて、疲れ果ててそのまま眠ってしまった。
静かな大雨の降る草原に居た。ボロボロの布切れを纏い、倒れていた。遥か遠く、地平線の辺りには、微かに明かりが見える。全身に冷たい雨を浴び、月も星も見えない空を見上げる。身体が凍えてきたが、どこか心地良かった。感覚が消えていき、外部からの情報が雨の音だけになる。
ザクザクと雑音が混じり、薄らと目を開いてみる。真っ暗だった空が、より一層暗くなる。
「どうしたんだ、こんな所で。」
低くてよく通る声が草原に響く。答える事は出来なかった。声の主に身体を抱えられ、何処かへ連れられていく。
…そうか、地獄はこの時から始まっていたんだ…
蘭はハッとして頭を振った。存在を忘れられていた記憶をもう一度消そうとした。そこまで消したい記憶かと言われると、別にそうでもないはずだが、反射的に消したいと思わされてしまった。しばらくしてその事に気付き、もう手遅れだと諦めた。空を見上げると、小粒の雨が沢山降っており、先程の記憶をさらに濃くしているようで嫌だった。周囲はその雨に侵食されたような廃屋が建ち並んでいる。角にへばり付いた苔くらいしか緑が見当たらず、昨晩の見る影も無かった。あまりにも静かなので、彼女は再び壁にもたれかかり回想を巡らせた。
まず、自身の始まりの記憶から辿っていく。幼い頃、両親からかなり可愛がってもらったような事はぼんやりと覚えている。そして、母が父に殺された瞬間を目撃してしまった頃の記憶からはっきりと残っている。可哀想な母。父の秘密を知り、暴露しようとでもしてしまったのだろう。それからは全てめちゃくちゃである。もし何かやらかしたら、今度は自分が殺されるという恐怖を植え付けられ、周囲を欺くためにお嬢様を演じてきた。それがいつの間にか自分を蝕んでいたのかもしれない。何処へ行っても親しい仲間ができることはなく、孤独であった。父やセバスは優しく接してくれたが、それが満たされる事は無かった。先程見た記憶が答え合わせをするように全てを物語っていたようだった。その後は…
「こんな所に居たんだ。」
突然に声をかけられ、背面の壁にビタっと張り付いた。背中に冷たい湿り気を感じる。
「はは、そんなに驚かなくても。これまで何とかなってきたんだから、いつも通りで大丈夫だよ。」
そう言った八作こそ、いつもとどこか違う表情だ。焦りを不器用に隠そうとしているのがどこからともなく伝わってくる。雨で髪がじっとりと垂れて、彼がより別人のように見えてきた。
「…そんな事言われなくても私はいつも通りですわ。貴方こそなんだか…こう…違うような…。」
それをすぐに表現する言葉は出てこなかった。その間、不自然な笑顔のまま八作は雨に濡れていた。蘭が苦笑いを溢した時、彼は細めていた目を前髪の裏でカッと見開いた。
「不意打ちばっかり、ホントにやめてほしいよね。」
鉄柱が蘭の顔のすぐ横に突き刺さっていた。コンクリートの破片がパラパラと落ちてくる。鉄柱は間も無くへし折れ、地面にはヒビが入った。
「あっ、蘭さんには見えないんだっけ。」
思い出したように呟き、右手に掴んだ棒の片割れをクルクルと回す。この辺りでようやく蘭は状況を完全に把握した。いつの間にか大きくなっていた雨音のせいか、思考に集中力を割いていたからか全く気配を察知できていなかった。アニマだ。かなり察知のしづらい自身にとってあまりに不利な状況を作られているので、彼女は八作に任せてその場を離れようとした。
「させるかッ!」
「ふんっ!君の…相手は…ボクだ……。」
八作はバカでかいクロスボウの弦の部分を上手いことアニマの首に掛けて動きを止めた。勢いのあまり、そのまま首が切れてしまいそうになっていた。彼女は「グェッ」と苦しそうな声を出したが、異様に落ち着いて八作を宥めるように話し始めた。
「ウン…ウン…ワカッタワカッタ。そこまでするなら相手になろう…。他の奴らが来ないうちに始めようじゃないか。…本当は私が見えない奴から潰したかったんだケド。」
そう言い終わる前には、二人とも武器を突き刺す寸前まで構えていた。これまでにない程に八作の目に闘志が滾っていた。敵を粉砕せんとする黒い残像が舞っている。しかし、八作の心を見透かしたようにアニマは囁く。
「そんなになる程、本当に彼女のコト好き?」
その一言は、八作の動きを止め、その後加速させた。彼は武器を振り回して距離を取らせた後、それを思い切り投げつけた。壁を抉りつつ突き刺さり、石綿の匂いが辺りに広がる。彼は言葉を発してはいないが、怒りが前面に表れていた。
「マァマァ…そんな顔しなくても…。デモ、なんかわかるのヨ。私はアナタ達から生まれた存在だから。」
「…お前に何が分かるんだよ。」
「アナタは、彼女の事を本気で愛してないって事ヨ…」
全て言い切る前に轟音が響く。そこにはクレーターができ、やがて小池のようになった。
「そんなに怒るなんて、余程認めたくないのネ。でも、アナタのした事で彼女は本当に喜んでくれた?アナタは本当に彼女を理解していた?タダの自己満足でショ。」
その言葉はニューロンを絡まらせ、イドの領域を掻き回し始めた。自身が何を求めていたのかも何を嫌っていたのかも分からなくなった。ただ何かに飢えていた彼は、怒る事で必死に抵抗するしかなかった。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
いつもならば、彼がそんな言葉をかけられてもそこまで取り乱す事はないが、アニマの言霊は神経のツボを見事に突いていた。
「そう言われても…。だってアナタ、今、彼女の事一回でも見た?」
言われて気付いた時にはもう遅かった。射出された鉄柱は、アニマに避けられ、その先の蘭を貫いていた。
「…八…作さん……?」
「あらら…物理でハートを射抜いちゃったねェ。」
いつのまにか湧いていた雑魚兵を倒していたため、蘭でも高速の鉄柱は避けられなかったようだ。しかし、それでも尚彼女は戦おうとしている。
「…この程度で…死ねませんわ…!」
左手で突き刺さったブツを掴み、思い切り引き抜く。身体を貫いてもあり余る長さのモノを雑に引き抜いたせいで、傷口がかなり広がる。しかし、今までならば数秒で回復していたはずであったものが治らない。彼女の回復力は夢の中といってもやり過ぎというくらいには強かったはずである。
「アレ?気付いてなかった?痛いでしょう?苦しいでしょう?そういうコトよ。」
聞こえていない事を分かっていながらも、アニマは蘭を見下ろして勝ち誇ったように言った。
「あぁ…なるほど…こっちも…もゥ…一つ…の…現…実っ…。フフッ…アハハ…ハハハ…」
聞こえていなくとも、一足遅れて自分で全てを理解した彼女は仰向けに倒れて笑った。胸の痛みも、身を打つ雨も、いつかの記憶とそっくりでおかしかった。違うのは、痛みの質と、何故か晴れ晴れとした気持ちと、硬い地面。
「何なの…?何で笑って…。…まぁいいわ。」
アニマが振り向いた先では、魂が抜け切ったように膝をつく八作がいた。目と口を開けて顔を真上に向けている。
「アハハ…ボクもおかしいよ、蘭さん。君がそんな姿になっているのに、顔を伝うのは雨水だけなんだ…。なんで、なんで!」
言い切ってようやく涙が出てきた。鼻水もヨダレも、雨に流されていく。
「そうだね。君の為に君の為に戦うよ。仇はボクがとるよ。」
「結局、自分が好きなだけじゃないの。」
臭い。異臭がする。ああ、これは最近は嗅いでなかったが、血の匂いだ。しかし、なんでそんな匂いがするのだ。
「あ。起きちゃったかぁ…。廣さん…悪く思わないでネ。」
イマイチ状況が読み込めない。八作がナイフを持っていて、セバスさんが血みどろで倒れていて、次は俺が狙われている…。とりあえず逃げるか。
「何なんだ。朝から嫌なモノ見せやがって…。」
「ボクの邪魔する奴は消す!廣さんも彼氏候補だったねェ。」
ああ、ダメだ。完全にやられてる。俺達が駆けつけられればなんとかできたかも知れないが…。
「もしかして、蘭のお父さんも殺ったのか?」
「最初にね。あの人が一番邪魔だったし…。」
ああ、手遅れだったか…。そんな会話が時間稼ぎになるわけもなく、八作はナイフを振りかざしてくる。しかし、動きは意外と単調で、避ける事は難しくはなかった。これも夢で鍛えられたからだろうか?部屋を抜けて廊下を走り、階段を滑るように降りる。
「逃がさないよ。」
しつこい。玄関の靴を幾つか八作に向けて投げつけてみる。
「目ェ覚ませ!」
そのうち一つが額に命中した。すると彼は階段から転がるように落ちて気絶した。頭から血が垂れている。もしかして殺してしまったのではないかと焦って、つい逃げてしまった。
「…俺は悪くない!コイツが、鈍臭いから悪いんだよ!」
誰も聞いていないのに言い訳してしまう。その場にいるのが嫌になって死にもの狂いで外を駆けた。
ああ、自分の事に必死で蘭と夢乃を置いてきてしまった。でも、戻りたくない。セバスさんの昔の事など、聞きたい事は山ほど出来ていたのだが、そのチャンスも失われてしまった。
「もっと、みんなと話しとけばよかったなぁ…。」
立ち止まった場所は、あのアパートだ。出来れば帰りたくなかったが、行くあてがココしかない。あのドアだ。開けるべきだろうか。「開けてはいけない」と胸の奥から自分の声で聞こえてくる。でも、居場所はココしかないんだ。
開けてしまった。散らかった部屋が現実に引き戻してくる。モニターはついたままであった。ああ、これでクズに逆戻りだ。もう何もしたくない。寝転んだ瞬間、急にここ1ヶ月程の記憶が薄れ始めた。
天井を眺めて体感7時間が経った。
「ピンポーン」
無機質なチャイムが鳴る。
「へーい。」
「良かった。やっぱりここに居ましたのね。私、探しましたのよ。お父様もセバスも八作さんもやられてしまって、廣さんも居ないのですもの。ここに来るまで心細かったですわ。」
「…とりあえず、中入るか?」
彼女は一礼して室内に入った。汚い部屋でも文句一つ言わずに座っている。鍵を閉める音が一際大きく響いた。
「!?な、何してますの!」
「お前、蘭じゃないだろ。」
絶対に蘭じゃないという確信が持てていた俺は、彼女を押し倒し、両腕を近くにあったビニール紐で縛りあげた。ついでに足も縛っておいた。
「な、何を言ってますの?」
「いや、だって別人だろ。全然違うぞ。なんとなくだけど。」
本当になんとなくである。何が違うかとか聞かれても、答えられる自信は無い。
「…やっぱり騙せなかったかぁ…面白くない。人間の女の身体って動かすの難しいねェ。」
「で、何者なんだよ。」
「分からない?私よ、アニマよ。」
思ったより素直に正体をバラしたという事は、捕まっても特に問題はなかったのだろうか。アニマと前に戦った時から、無口な奴かとばかり思っていたので少し驚いた。
「で、何しに来た。」
「もうちょっとリアクションとかあってもいいじゃないノ…。…私が来たのは視察というか、報告というか…。簡単に言うと、前々からネロイさんが言ってた『計画』がもうすぐって事ヨ。」
「なるほど。ありがと。」
「だからもっとリアクションをォ…。そんで解放しなさい。」
面倒なので解放はしない。しかし、彼女が来てくれたおかげでタダのクズからは逃れられそうである。直前まで、最近の出来事は全て夢だったんじゃないかと思いはじめていたが、改めて現実だと意識した。いや、仲間がやられてしまったのも全て夢ならばよかったと思い切れない自分はどう転んでもクズなのかもしれない。そんな葛藤を抱きつつ、今日も眠りにつく。




