第11話 Day dream believer
期末課題が終わらねェ!
睡眠リズムを崩さないように趣味も勉強もやりたいね。でも食生活も乱れてる。なんでも両立11話!
一体何が起こったのだろう。目に強く焼き付いたのは赤。それは突き刺さる包丁を中心にじわじわと広がっていく。周りには叫ぶ人、逃げる人、急いでカメラを回す人などがヤイヤイと騒がしい。…夢乃が…刺された?…。
「何突っ立ってますの!?応急処置してください!」
「……!」
応急処置といってもどうすればいいのだ。刃物は…抜いたらダメだったか。…とりあえず楽な姿勢にすればいいのか?…わからん。セバスは犯人を取り押さえ、八作は何故かAEDを探しに行き、蘭は救急車を呼んでいる。混乱極まった中、俺は夢乃に声をかけることしかできなかった。…何故、こんな事になってしまったんだ…。
時はその日の朝に遡る。一同は、昨晩の戦いで敵を逃した事で暗い雰囲気だった。
「まさかあれだけ探しても見つからないとはな…。」
「雑魚はできる限り潰したから近所の町とかは大丈夫だと思うけどね。」
今回の大将格は、初めに会ってからその後は全く見つからなかった。なので、今までのように苦戦した訳ではないが、不気味な雰囲気は漂っていた。
「あと今回、ほぼ全部のレム睡眠で襲撃あったんじゃないか?」
「?…どういう事ですの?」
蘭が理解しかねて尋ねる。
「やはりお嬢様は最初以外明晰夢になっておられなかったのですね。」
レム睡眠とノンレム睡眠は一度の睡眠で何度か周期的に変わる。毎回一度のレム睡眠の間の襲撃で終わるものが、今回は全てで襲撃が来た。蘭は油断していたのか、二回目からは明晰夢を見ていなかったようだ。おかげで他よりもよく眠れたというオーラが見えるようである。
「アンタったら庶民的どころかボロい見た目でいたから、最初分かんなかったわよ。私達に感謝しなさい。」
小馬鹿にするように夢乃が笑う。しかし、すぐに笑いは止まってしまった。やはりモヤモヤが収まらないようだ。そこで廣人は提案した。
「…昼、みんなで出掛けないか?たまにはいいんじゃないかな。気晴らしにもなるし。料理人さんも減って大変そうだし、外食も良いと思うぞ。」
セバスからはあまりおすすめできない事だったが、一同からは好感触だった。なにせ、最近は個人、多くても二人で外出する事ばかりで、全員揃って出掛ける事は無かったのだ。いつ狂人が現れるか分からない。その状況で出歩くのは危険だというのは、最早社会一般の常識になりつつあった。しかし、市内なら安全な方ではないかという判断で出発する事になった。出来れば町内にしたかったが、それでは既に人が少な過ぎて寂しいお出掛けになってしまう。セバスは車を町を一つ二つ跨いだ先へ走らせた。
たどり着いたのは、大きなショッピングモールだった。涼しい潮風が肌に触れる。人も夢ノ台よりかなり多い。蘭とセバスの見た目が目立つのか、廣人は少し注目が気になった。当の本人達は全く気にしてないようだが。
「うわぁ!こんな所初めてだよ!どこから行く?蘭さんはどこか行きたい所ある?」
八作ははしゃいでいるが、こんな時でも蘭の事を優先している。聳え立つような案内マップを睨み、セバスはじっくり計画を立てようとする。
「直接見て回るのが一番の楽しみ方だぜ。時間はあるし、ゆっくり回ろう。」
まずは衣服を扱う店を見ていく。安い物から高い物まで幅広く置かれている。
「夢乃さん、こんなのはどう?あっ、これも良いですわね。」
前々からそんな予感はしていたが、案の定夢乃は着せ替え人形のように扱われてしまう。もう諦めて身を委ねていた。
「もうそろそろ行こうか…。さすがにお腹空いてきたよ。」
最初は「庶民の服なんて…」みたいな態度だった蘭だが、夢乃に着せるのが相当気に入ったのか、早くも大量の服を購入した。
「火灯さんを連れてくればよかったですね…。これは全てお嬢様のお洋服ですか?」
「いいえ、ほぼ夢乃さんのものですわ。」
「ええ!?これ私のだったの…。アンタ…バカ?」
廣人は夢乃の車椅子を押し、八作ははしゃいであっちこっちしており、蘭に持たせる訳にもいかないので、セバスは全ての荷物を持たなくてはならなかった。それも主人の物でもない荷物を。そんな執事の苦労を尻目に蘭はフードコートへ歩を進める。
「庶民の食べ物が私のお口に合うかどうか…。」
彼女の屋敷で出される料理はあまり庶民との違いを感じられないものだったが、素材が違うとか、廣人達が来たから特別な物を出しているとかなのだろうか。そんな彼女に廣人達は敢えてファストフードを勧めた。
「食べてみなくては何も分かりませんわ。」
そう言ってそろそろとスタンダードなハンバーガーを頬張る。慎重な割に一口が大きい。
「…!美味ですわ…。美味ですわよ!ゴホッゴっ…」
頬張ったまま声を出そうとして咽せる。セットのメロンソーダでなんとか飲み込み、ゲップを一つ。炭酸飲料も初めてなのだろうか。
「…お嬢様…はしたないですぞ。」
重い荷物を持たされて疲弊し切ったセバスが呆れた様子でため息をつき、ドリンクに手を伸ばす。
「ングッ!?こ?これは!?」
コーヒーと間違えてコーラを飲んだらしい。彼もまた咽せそうになっていた。
「貴方もらしくないですわよ。」
ニヤニヤと笑い、残ったバーガーを口に入れ咀嚼する。隣にいた八作も一気にハンバーガーを飲み込む。さっきの蘭を見て学習はしなかったようだ。しかし、こんなに美味しいものがこんな値段で食べられるなんてあっていいのかと感動していた。
「ふふふ。ハンバーガー食べるだけでも面白いわね。」
彼らの様子を見ていた夢乃はポテトをポリポリと齧りつつ笑う。彼女は楽しい夢を見ているような気分だった。以前見ていた自由に走って飛んでというような夢とはまた違う種類のものだ。友人達と一緒に笑いながら会話し食事する。彼女は体の自由よりもこんな幸せを求めていたのかもしれない。
「次はどこ行く?他にも色々あったよね?」
少し遅めの昼食を終えてまだ行っていないエリアへ向かう。その先は大通りのようになっており、両側に店、中央には間隔を開けて南国風の木が植っていた。
「眺めてるだけでも楽しいけど、全部入って見てたらすぐ夜になっちゃいそうね。」
そこはアクセサリーなどを中心に販売している店が多く、男子二人はあまり興味を持たなかったが、オシャレに興味のある人達はショーケースを見るたびに足を止めていた。
「君らはこんなのが好きなのか…。俺はよく分からん。」
「いつか分かる日が来ますよ。」
廣人は理解出来ずにいたが、大人とか女性はそんな風に思うものなのだろうと無理矢理納得した。
「おーい、ヒロさん!あっちにゲーセンあったよ!」
いつの間にか勝手に走り去っていた八作が戻ってくる。通りの奥を指差して、興奮を抑えきれないようだ。
「…いつの間に…。勝手にどっか行くなよ。…ゲーセンは後で行こうか。」
結局その後、ピアスやらネックレスやらを購入しそちらへ向かうことにした。蘭がそんなオシャレをするのかと言われればやらなそうというのが当人らの感想だった。セバスは荷物が増えて、今にも腰がやられそうである。
「俺が持ちましょうか。」
廣人が声をかける。考えてみれば、車椅子の取手に袋を引っ掛ければ楽である。というか、アクセサリーくらいなら小さいのだから女子が持ってもいいのだ。
木陰のベンチで休憩ついでに荷物の整理をしようとそこに向かっている時だった。包丁を持った男が突然走って来て、夢乃の腹にそれを突き刺した。
「!!!?」
セバスは持っていた荷物を投げ捨て、すぐに男を取り押さえる。
「夢乃ちゃん!?えっと、こういう時どうすんだっけえっと、そうだ!ATMだ!」
「おバカ!AEDですわ!…いやそれも違っ」
「そうだった、AEDだ!」
八作は話も聞かずにAEDを探しに行く。…ここで冒頭に戻る。
「そいつが!そいつが俺の娘を殺したんだっ!」
男が振り絞るように叫ぶ。夢乃が殺人…?ありえない。彼女がどうやって、どうしてそんな事をするのだ。狂人の言う事だ。そんな戯言は聞き流して夢乃に声をかけ続ける。
「死ぬなよ、もうすぐ救急車が来るはずだ。」
「夢の中で娘は殺された。目覚めたら娘はトチ狂っていた。殺した奴の顔はハッキリ覚えてる。ソイツだよ、全く一緒だ!」
夢の中の話か。それならば彼女も自由に動けるが。…全く同じ姿?夢乃はいつも大人の姿で戦っているはず。全く同じというのはおかしい。
間も無く救急車が来た。病院で入院手続きなどを終わらせた。この状況下なので、家族でなくとも手早く終わらせる事ができた。夢乃は意識不明であり死んではないが、いつ目覚めるかも分からないらしい。無口で車に乗り込む。あの男の話した事によると、いつでも復讐するために包丁を隠し持っていたらたまたま出くわしたとの事だった。
「俺の…俺のせいじゃねぇかよ…。あんな提案しなければ…。なんで…なんで…」
冷たい潮風が胸の傷に沁みた。美しすぎる夕陽が背中を熱する。
「廣人さんの責任ではありませんわ。こんな事誰も予想できませんわよ…。」
「そうだよ。ヒロさんは悪くないよ。ボク、あんな所行ったの初めてだった。ヒロさんが言ってくれなかったら、キラキラなお店も見てなかったし、ハンバーガーも食べれてなかったんだ。…」
本当の事を言ったのかもしれないが、思い出して余計悲しくなるだけだった。車は市街地に入って海が見えなくなる。
結局それからは誰も話さずに到着してしまった。
「お帰りなさいませ。アレ?夢乃さんはどうされました?」
火灯がすぐに気付いて尋ねる。誰も答えようとしない事で何かを察したのか、部屋へ戻っていく。
それから1,2時間ほど経った頃だった。
「あ"あ"あ"あ"ーッ!いつまでもこんなんでいても仕方ありませんわ!気合入れ直しますわよ!」
そう言うと蘭は力一杯全員にビンタした。そして自分にも。目には涙が溜まっている。
「廣人さん、貴方まだ自分のせいって思ってるでしょう?そろそろその考え方やめなさい!八作さんは、あの場面でAED持ってくるどころかATMと間違えるほどおバカなのだから、今もそれだけおバカになりなさい!セバス、貴方は私の執事なのですから、私の言う通りに行動した。それだけで充分ですわ!早く気付いて夢乃さんを守るなんて高望みする必要は全くありません。そして私!こういう時こそ、お嬢様というのは常に気高くあるべきですわ!」
「蘭さんのビンタ…。」
少しずつ士気が帰ってくる。八作はビンタで嬉しそうになっている。
「こんな所で負けたら、夢乃さんも浮かばれませんわ。最後までやり切りますわよ!」
「もう死んでるみたいに言うなよ…。」
夢乃が回復するまでは残ったメンバーで戦い切らなければならない。そして、廣人には今回、気になっている事があった。戦意喪失している場合ではなかった。
「…では、これからの戦いに備えて寝ましょう。」
「今日から独りで寝るなんて、何日ぶりでしょう。寂しくなりますわね。」
「ボクが一緒に寝ようか?それなら寂しくないよ。」
どさくさに紛れて八作がそんな事を言う。
「ふふ、そういうのは、もっとお付き合いしてからですわ。」
廣人は夢に入るなりすぐに辺りを捜索し始めた。今回の景色はどこか古めかしい色合いになっており、レトロな映像を見ているようだ。大通りに出ると、大量の看板が行き来していた。人の形の看板。やはりこれも昭和チックで、不気味さの中に懐かしさを感じる。そのベニヤ板のような薄さの看板達に紛れて点々と普通の人がいる。彼らは特に不気味がる様子も無く、人混みを掻き分けるようにして歩いていく。
「こりゃ隠れられたら大変だな…。」
看板を片っ端から叩き割っていくのも考えたが、人魚の時のように夢を見ている者だった場合を考えてやめておいた。今度は高い所から見渡してみる。すると、大通りの端にある大きな高級デパートが見えた。看板達はそこへ入っていく。何故か惹きつけられるその光景に釘付けになっていると、空を破るように突っ込んでくる者がいた。その場から2,3m移動し突っ込んで紙を破るようなその音の聞こえた方へ振り向く。そこにいたのは、中学生くらいの体で茶髪の廣人にとって見覚えのある女の子…夢乃だ。
「お前、何モンだよ。その見た目でいられると不愉快だ。」
夢乃は何も答えなかった。薄い茶色の空に似合わない濃い紫の破れ跡をバックに、白い歯をだんだんと現していく。それと同時に、彼女の腹の辺りがじわじわと赤く染まっていった。その様を見た廣人は昼間の事がフラッシュバックしてきた。
「あっ、あっ、ゆ、ゆめ………ああああ!」
過度のストレスが一気に加わって、廣人の何かが切れた。日本刀を突き出して夢乃の腹の中心を刺した。
「あらら、そんな簡単に破られるとは。」
突き刺された部分から、夢乃の身体は焼けて無くなっていき、全身白の衣装の男が現れた。頭には道化の面を半分だけ被っている。
「お前か…。」
廣人は彼を知っていた。彼は前回に一度現れて以来最後まで姿を現さなかった夢人である。彼は廣人の悔しそうな表情に憎たらしい笑みで返した。
「名前は…マルセロとか言ったな。一体何をしたんだ。」
「何って、変身してただけさ。もちろん、タネも仕掛けもございませーん。」
変身。廣人はそれを聞いた瞬間、昼間の事件はマルセロが原因だと確信した。怒りに任せて拳銃を撃つ。
「そんなモノ当たらないよ。それより、次はキミの番だよ。」
マルセロは煙と共にすぐ近くに瞬間移動して銃弾を避ける。すると、後ろの穴から雪崩のように雑魚戦士が突入してくる。
「キミの戦う姿を見せておくれ。」
「お前を倒せば済む話だ。」
廣人は雑魚には目もくれずマルセロを狙う。しかし、また瞬間移動で逃げられてしまった。
「どこ行きやがった…。早く…早く倒さないと…。」
雑魚を切り刻み急いで探し始めるも、見つからないままノンレム睡眠に入ってしまった。
二回目の夢。また同じ風景がそこに広がっていた。前回は合流出来なかった蘭も近くにいる。
「あっ、廣人さん。今回は私も二回目でも戦えますわよ。」
自信有りげに胸を反らす。しかし、その姿には不安と焦燥を隠そうとしているのが感じとられた。廣人は彼女にマルセロの事を伝え、一緒に捜索する。
「…また出てこないつもりか?」
マルセロは一切姿を見せない。代わりに雑魚が常に襲ってくる。看板の人混みは広範囲を蠢いている為、守ろうとするとなかなか大変であり、いつの間にか捜索に手を裂けなくなっていた。
「多すぎるな…普通の人だけでも守るぞ。」
その時、廣人の守備範囲から離れた位置の人のすぐそばに雑魚兵が迫っていた。蘭からも届かないであろう位置だったが、彼女はそれを上から薙刀を投げて倒した。雷が落ちたような残像と音だった。
「お怪我はありませんこと?」
紳士服の男は腰を抜かして倒れていたが、ゆっくりと立ち上がった。
「あ…ああ。ありがとう。…僕は大丈夫だから、早く他の人を守ってくれ。」
「ええ。…良ければ安全な所まで送りましょうか?」
「い、いや…」
「蘭!大丈夫だったか?アイツらまだまだ来るぞ…。」
廣人が応戦しつつ声をかける。それを聞いた男は驚いたような表情を見せた。
「蘭!?いや、そんなはずは…」
「あら、私をご存知でしたの?」
その反応を見るや否や、蘭は男を押し倒し地面に押さえ付ける。彼女は笑顔を男の顔スレスレまで近づけて脅迫した。
「貴方、ただの人間じゃないですわね。正体を見せたら、正体次第では解放して差し上げますわ。」
「クソっ!」
男は煙と消え、近くに白の男…マルセロが現れた。先程廣人に見せた表情とは反対に、顔をしかめて歯軋りをしている。
「クソクソクソクソッ!前の奴が蘭じゃなかったのかよ!しかも変装がバレるなんて…。」
彼は夢乃と蘭を間違えていたらしい。ここ最近の夢人の動向から察するに、蘭が強すぎて毎回集中攻撃のターゲットになっているようだ。
「もういい、ネタバラシだ。タネも仕掛けもないがネタはある!」
誰も頼んでいないのにマルセロはネタバラシを始めた。廣人達にとってはラッキーだった。
「僕の能力で、三回の夢での戦闘を見た相手に四回目の夢で変身し、さらにその相手を強制的にノンレム睡眠に堕とせる。それを使ってあの女に変身して濡れ衣を着せたのさ。」
という事は、廣人が前日最後の夢で会った夢乃は偽物という事になる。蘭は二回目以降で明晰夢にならず戦闘していないので助かったのだろう。そしてマルセロが姿を見せなかったのは雑魚との戦闘を観察する為に変装して隠れていたから…。
「顔はタイプなのに卑怯で残念ですわ…。」
蘭の右手に血管が浮かぶ。絶対に許さないという意志を感じる。それでもマルセロはネタバラシを続ける。
「さらに変身時の効果として、相手の現実での姿の再現が出来る。その状態で虐殺をすれば目覚め直前の夢なのも相まって現実で怨みを買う事間違いなし!…それが一発で成功したのに、ぬか喜びさせやがって…。」
完全に逆恨みである。しかし廣人達は、夢からそこまで現実に影響を及ぼす事に驚きを隠せなかった。コイツは早くなんとかしなければ。雑魚処理も忘れて棒立ち状態だったが、戦闘体制に入る。
「バレたせいで変装もしばらく使えない…。あ"あ"クソ!お前ら、なんなんだよ!」
その時、ヤケクソになっている彼の下半身が爆発で突然に吹き飛んだ。攻撃に入ろうとした廣人達も思わず後退した。
「アレ?こんなつもりじゃ…。」
「八作!?なんだ今の?」
「いや…たまたまあのデパートで目覚めて、マッチを見つけたから、火をつければ…なんか…いいかなって…。あと、ここまでの敵は倒してきたよ。セバスさんも反対側で戦ってる。」
大通り脇の建物の上に八作を見つけた廣人は、異常なクロスボウの威力に驚嘆し尋ねるも、「先に火をつけてみた」だけであった。
「なんでだ…。やる事全部裏目に出る…。変装すれば見破られるし、爆薬を仕込めば直接着火する奴が出てくる。…これは使いたくなかったが…。」
マルセロの上半身はそこだけ緊急離脱したように綺麗に残っていた。高く吹き飛ばされ、八作と反対の店の天井に落ちる。彼は頭に掛けていた面を被り、どこからともなくシルクハットを取り出してぐっと頭に装着する。
「玉座の道化!」
叫び声と共に真下の洋風の店が砕け散る。そこに現れたのは巨大な道化の化け物だった。上半身の下からは不自然に無数の人形の腕が伸びている。
「でっかーーっ!!」
巨大な道化は大きさのわりにカサカサと素早く動き回り、ジャンプして大通りのど真ん中に着地した。看板がいくつか下敷きになり、残骸が飛び散る。そして道化はくるみ割り人形のような口を開けると、そこに光が凝縮されていく。
「上だ!」
凝縮された光から太い光線が放たれる。光線は大通りを塗り潰すように真っ直ぐ伸び、看板も雑魚兵も全てを破壊した。最奥のデパートも入口から真反対にかけて風穴が空いた。
「やっぱり…光集めたらビームってのはお約束だな。」
道化はまた大量の手で動き出し、店を踏み潰しながら迫ってくる。破壊された残骸に混じって商品であろう宝石やらオシャレな菓子やらが空中を彩った。
「ええい!その気持ち悪い腕、全部切り落として差し上げますわ。」
「無茶だ!」
蘭は迫り来る巨体の正面に立ち、迎え撃とうとする。20数mほど離れた位置で、道化は自身の腕を一本引きちぎってそれで正面を薙ぎ払った。リーチはかなり長いので、タイミングをずらされた蘭は咄嗟にジャンプしてしまう。それを待っていたように、道化の右目からドス黒い棘が伸びた。
「そんなモノ、刺さりませんわよ!」
蘭は2段目のジャンプをするように空中で跳ねて棘の上を走る。そして敵のおでこに薙刀を突き刺した。
「うああぁああぁあああ」
刺し傷から低い叫び声が響き、スライムのようなモヤがムクムクと這い出てくる。
「苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
あまりの不気味さに蘭は一旦下に降りる。道化が頭からの叫び声を防ぐように傷口を指でなぞると、あっという間にそれは塞がった。傷からはみ出たスライムはモゴモゴ声をあげていたが、それも道化に食べられてしまった。同時に、傷を見せないようにシルクハットを深く被る。
「なんだったの今の!?」
「キモいな…。でも、今ので何となく弱点は顔って分かったな。あの膿を全部出してやればなんとかなりそうな気がしないでもない。」
そんな事を話している間に、道化は頭を360°グルグル回し続け、停止したかと思うと頭を胴体に隠してしまった。シルクハットだけは胴体にかぶさっていたが、明らかに偽物の頭がその下から登場する。
「なんかめんどくさくなりそうだよ…。」
偽物の頭では前が見えないのか、手当たり次第に暴れている様子が窺えた。この方が逆に危ないので、一定の距離を置いた位置から廣人は銃弾を数発撃ち込んでみる。やはり偽頭は穴が開くだけで特に何も起こらない。八作も負けずにクロスボウを放つが頭ではなくシルクハットに突き刺さった。すると道化の動きがピタリと止まり、八作の方を振り向く。手に持っていた腕を思い切り彼の方へ投げる。
「え?え?え?なんで顔はよくて帽子はダメなんだよぉ!」
武器で腕を何とか防ぐ。防がなければ胸のど真ん中に当たっていた。かなり正確な投擲である。防いだ衝撃が武器を伝い体を震わせた。
「ということは…これをこうですわね!」
敵が八作に気を取られている間に蘭が背後へ回り込む。先程の鉄柱が突き刺さって反対にはみ出ており、それを上から押し込むとテコの原理でシルクハットが外れた。すると、人形の腕は力無くバラバラと崩れ落ちていき、胴体に隠れていた頭が偽頭を押し出して出てきた。
「さあ、観念なさい。今から中身を全部だして差し上げますわ。」
「…!!違う!それもデコイだ!」
本物と思われた頭は急速に膨らんでいく。
「蘭さーんっ!」
八作が先程投げられた腕をフルスイングする。その手の平は蘭をはたくようにしてふっ飛ばした。直後、膨らんだ道化の顔面は激しく爆発し、辺りにスライムを飛び散らせた。
「蘭さんごめんなさいー!」
八作は爆発に目もくれず、自分で飛ばした蘭の方へ行ってしまった。
「アイツ、あれだけはブレないな…。…さて。」
廣人は爆発地点に向かう。そこには、粉々に砕けた仮面と、ボロボロのマルセロがいた。彼は血の涙を流し、呂律の回らない舌で声にならない声をあげている。
「ひっ、いた、痛いひたい、ぐっぅ、ぐるじっ、苦じい"ゆ、ゅ、ゅりゅじでぇ」
「呆れた。お前、あれだけやられてまだ苦しいの訴える元気あるのか。…お前に濡れ衣着せられた奴は…夢乃はなぁ、それさえ出来ないくらい苦しんでたし、きっと今もそうだ。それも分からずに今になって命乞いなんて…絶対許さない。許せない。最期まで苦しめ。」
廣人はマルセロの急所でない所をわざと刺し続けた。
「下半身も再生すればいいのに…。そしたらもっと切り刻めたのに…。」
相手が声も出せなくなるまで攻撃し続けた。血肉の塊を見るのは良い気分ではないが、そこまでしないと気が済まなかった。
「もうそろそろ楽にしてあげなさいよ。」
「ダメだ。コイツは…コイツだけは…。」
廣人はもう限界だった。他人をわざと苦しませるなんてそんな事本当は誰もしたくない。
「本当は嫌なんでしょ。分かってるわよ。私も嫌だもん。」
その言葉で折れた。廣人はマルセロの脳天に銃口を密着させて思い切り撃ち抜いた。
「………」
もう見たくもないと振り返る。視界に誰かの足先が入る。
「やっと気付いた…。」
廣人は飛び起きて走って一階に降りる。
「い"だぁっ!?」
八作を踏みつけたがそれも無視した。しかし、どうしたらいいか分からずに気ばかり焦ってその場で足踏みを続けた。
「廣人君じゃないか。どうしたんだい、そんなにワサワサして。」
「あっ、火灯さん!夢乃、夢乃の容態は?」
「…大丈夫、そんな心配しなくても生きてるはずだよ。昨日の今日じゃないか。」
火灯は落ち着かせるように、安心させるように言う。
「そうじゃ、そうじゃなくて、夢に出たんですよ!最後の一瞬ですけど。」
「そうなのかい?…じゃあ、みんな起きたら病院に行こう。何か快方に向かってるかもしれないからね。」
「大変でしたよ。何せ一人減った中大勢と相手していたのですからねぇ。」
「八作さんが助けてくれなければどうなったか分からない…とはいえ、もっと優しくして欲しかったものですわ。あれでは紳士的とは言えませんわね。」
車の中は前日と反対に騒がしかった。彼らには夢乃がどうなっているのか分からない不安があったが、その騒がしさで紛らわしていた。特に廣人は、あの夢乃は自分の幻想ではないか今更になって疑い始め、あそこまで騒いだのにもし何も変わっていなければという申し訳なさもあった。
「さて、着きましたよ。」
病院内も騒がしく、狂った看護師を抑える様子が見られた。火灯とセバスにはほぼ同じ光景を見た記憶が浮かび上がってきた。
「この病院大丈夫ですかねぇ…。狂人にやられないかの方が心配になってきましたよ。」
「監視カメラ付けて置きますか。」
「なんでそんなに準備万端なんですか…。」
またしても受付に誰もおらず、廣人はダッシュで夢乃に会いに行った。
「夢乃、大丈夫か?」
返事はない。昨日と同じく意識不明だ。しかし、彼女の表情は昨日と違い、どこか柔らかく、優しい白昼夢でも見ているかのようだった。




