第10話 胎児の夢
三連休も最終日!予定は無いけど寂しいな!悲しいな!
一応Twitterやってるので知らなかった人はフォローしてみてはいかが?
複垢のやり方が分からない!
チャカポコチャカポコ第10話!
羽虫だろうか、震えるような音で目を覚ました。
自分というのは何者か、何をする為に此処にいるのか、そもそも何処からやってきたのか。ここ最近、廣人はそんな事ばかり考えている。騒動に乗じて身を置いているこの場所でも、他は何かしら目的を持って生きてきている。共同生活を送ってきた彼らでも、他人の胸の内までは分からず、互いに何を思って生きているのか、自分はどう思われているのか、相手の身の回りの全てを奥深くまで見抜いてやりたいような衝動を抱えていた。外から、この屋敷を怪しむような噂が聞こえてくる。雲一つない快晴の中、野外と屋内を可能な限り遮断しようと窓を閉めカーテンを閉めた。
「なぁ…、俺の事どう思う?」
廣人は近くにいた夢乃に尋ねてみた。尋ねられた方はというと、背後からの質問に戸惑っていた。
「…ん?私に言ってる?」
「…そうだよ。お前しかいないだろ。」
いつもに増してテンションの低い廣人を少々不気味がりつつも答える。
「ん〜、マァ、悪い奴とは思ってないわね。いっつも考え事してて話すとメンドクサイけど、他人思いで優しいから、ついこっちも心配しちゃうような…。って、前もそんな事言って無かった?他人の目気にし過ぎよ。」
「そうかァ。気にし過ぎかァ。…なんか夢乃って妙に大人っぽい言い方する事あるよな。」
大人っぽいと言われた夢乃は照れたのか反対に顔を向ける。丁度その視線の先に蘭が現れた。
「あら、お二人とも、ごきげんよう。」
彼女はせかせかと奥の部屋へ向かっていく。奥の部屋など、狂人の収容にしか使われていないのにこれは怪しい。ただすれ違い挨拶を交わした一瞬だけで二人の好奇心は溢れ出してきた。後をつけようとするとすぐに気付かれてしまった。初めからつけられるのを分かっていたのかもしれない。
「…お二人も見たいのですか?これから実験なのですが。」
実験。人体実験という事だろうか。なんだか嫌な響きが醸し出されていて、廣人は嫌悪感を抱いた。
「…嫌な顔をされるのも分かりますわ。しかし、この一連の事件…災害を解決する為の一歩として我々は実験に踏み出しましたわ。私と見学したいのならばついてきてくださいな。」
廣人達が何か質問する前に提案される。彼らはついていく事にした。
そこには予想より劣悪な環境が広がっていた。食事は最低限なのか、肋骨が浮き出た狂人が仰々しい椅子に固定されており、頭を覆うように電極の付いた機械が取り付けられている。先程までは他の狂人も居たであろう痕跡も見受けられ、元々使用人が住んでいた部屋とは思えなかった。
「これから何をするんだ?」
「彼の健康状態を診た後、脳波を測りますわ。」
「他には?」
「さぁ?それしか聞いていませんわ。」
これだけ準備しておいてそれだけとは思えない。彼らにその方面の知識は無かったが、怪しいと思わざるをえなかった。
「こんな酷い環境で…実験以前の問題じゃないか?」
「私も辛いですが、人手も場所も足りない今、健康な人が優先ですわ。」
倫理観というのはこんなものでいいのだろうか。彼らは何が正解か分からなかった。腹の中に膨れ上がるゲルがあるような気味の悪さが夢にも出てきそうだった。
「エェ…、今回の実験で判明したのは、狂人の脳は常に夢を見ている時とほぼ同じ状態であるという事でございます。つまり、夢遊病のようなものですな。」
セバスによると一応収穫はあったらしいが、それが直接解決に関与する事は無さそうだ。
「ふぅ〜ん、そんな実験あったんだ。蘭さん知ってた?てぃぅか、その人大丈夫なの?解剖されてない?」
一人何も知らない八作がおどおどする。
「脳波測るだけで解剖はしないでしょうよ。さすがに勝手にやるのもアレだろうし…。」
夢乃が教えた事で彼は胸を撫で下ろそうとしたが、次の言葉がそれを許さなかった。
「近日中には解剖も許可される予定でございます。」
これには流石の蘭も黙っていなかった。立ち上がる勢いでソファが後ろに吹っ飛ぶ。
「冗談じゃないですわ!そんな事したら、解決した後に示しがつきませんわ!寝言は寝て言いなさい!もしや貴方も夢遊病なんじゃないでしょうね?」
そこまで罵倒されてはセバスも困ってしまう。なんとか蘭を諭して、研究室には中止するよう言っておくと約束した。
「製作班に研究室…なんでもあるわねここ…。」
夢乃がやれやれだという具合にため息をつく。ふと隣を見て、またしても難しい顔をしている廣人に気付く。
「まーたなんか考えてる。考えすぎって言ったばっかじゃない。」
廣人ははっと顔を上げて、「またなんか考えてた!?」と言いたげな表情を向ける。そして、糸を手繰るように記憶を呼び寄せていた。
「…いや…もし俺の家族が勝手に実験体にされてたらと…。」
「あー、それは怖いかも。」
「…」
それは想像だけでもあまりに恐ろしく思われ、考えるのが辛くなってきた彼らは無理に話を方向転換させる。
「家族…家族といえば、そうだ!ボクね、たまに全く知らない人が夢に出てくる事があったんだァ。でも、周りには家族がいるから、キット遠い親戚なんだろうな…。じゃあ、その夢でボクは何者なんだろうねェ…へへ…へへへ…。」
「…そんな事なら私にも…。」
「付き合ってらんネェ。」
廣人は一人外へ出ていた。昼間に見た空とは違って、晴れと曇りの丁度境目くらいの雲の量だった。付き合ってられないと言ったが、それは先程まで一緒にいた彼らに向ける言葉としては適当でない気がしてきて、自分に言ったのではないかと錯覚した。
特にアテもなく、天気が流れるように坂道を東へ下って行く。空も暗くなってきて、丁度涼しく過ごしやすい。人気の無い町を彷徨うと、いつもの間にか彼の家が視界に入った。
「…そうだ。家賃どうなってんだ…。」
家賃などの前に、懐かしさが込み上げてきた事でかつての部屋に駆け込まずにはいられなかった。…雨が降ってきた。それもかなり激しい。彼は来た道を走って引き返した。雨の魔力というか、なんだか引き返したい、引き返さなければいけないような感じがした。
道の途中、彼の正面に車が止まる。
「良かった、探したんですよ。」
つい数時間前に聞いた声なのにとても久々に感じた。廣人の体は疲れ切っていて、車の中で眠ってしまいたかった。
「バカヤローッ!」
帰宅した瞬間罵声と共に足と頬の痛覚が刺激される。
「…ビショビショじゃないの。私まで濡れちゃったじゃない。」
廣人を一番心配していたのは、意外にも夢乃だった。もしかしたら自分がなんかしてしまったんじゃないか…そのせいでまた何か抱え込んでしまったんじゃないか…と唸っていた。廣人自身にはそれを見せないようにしているが、彼の事は彼以上に想っている。
「どうして突然出て行ってしまったのですか?」
「…何でだろうな。始めはなんか急に嫌気が差しただけだったんだけど、途中からはそんなのどうでも良かった。…帰巣本能ってヤツかな?とりあえず、俺はもう疲れたから寝たいって事だけは確かだ。」
廣人から少し自分勝手な所が出たのを見て夢乃は安心した。しかし、廣人が出て行った理由が分からない。蘭の質問の答えもあやふやな感じだったのを見ると、本当にいきなり出て行きたくなっただけなんだろうか…。
「そういう所が嫌われんのよ。」
ブウゥゥゥンとエンジンがかかるような音…いやに聞き覚えのある音と共に廣人は夢に入る。いつも戦う街がそこに広がっていたが、最近は毎回変なアレンジが加わるので、ビルは崩れたままだが普通なのは逆に新鮮だった。
「うわっ、今度は何なんだよ、気持ち悪い。」
目の前をシーラカンスが泳いで行った。魚が空中を泳いでいるだけで気味が悪いのに、CG合成くらいでしかヌルヌル泳いでいるのを見たことのないやつがいたのだ。精神の奥底の恐怖に触れられた気分だった。しかし、特に危害を加えてくるわけでも無かったので放置して仲間を探す。征く道々をよく見ると、古代の魚やら海の生き物がうようよしていた。三葉虫などはまだ可愛いが、オパビニアなんかが同じ目線で迫って来る様はエイリアン映画さながらである。
「あっ!居た居た、ヒロー!」
夢乃が物陰から姿を現した。すぐに近くまで寄って話しかける。
「大丈夫?戦えそう?」
「いきなり心配かよ…。子供じゃないんだ。いつだって準備はできてる。」
心の弱さが一番子供っぽいんじゃないかと夢乃は思った。いや、子供は理科していない分ある意味強いのかもしれない…。
「そっちこそどうなんだよ。」
「少なくともあんたよりは。」
「そう。じゃあもう行けるか。」
「は?」
廣人が拳銃を撃つ。銃口の先には人魚が居た。紫色の魚の下半身で、手には銛…というよりも、裁縫に使うリッパーをそのまま大きくしたような形の武器を持っている。人魚は不敵な笑みを浮かべ、空中を泳ぐようにして距離を詰めてくる。銛と日本刀がぶつかり合うと、尻尾で薙ぎ払われて距離をとられた。
「…やるじゃないの。」
ここ最近は敵が強者揃いだったので、単調な攻撃は簡単に防げた。廣人も夢乃も、初めよりかなり強くなっていた。現在も、どう倒してやろうかという事まで考える余裕があった。
「ンンパゥワァァァァァッ!!」
「ハンマー!?」
大きなハンマーが突如人魚を叩き潰した。廣人達の前に降り立ったのは蘭だった。
「一度使ってみたかったのですわ。薙刀ハンマー。」
その名の通り、ハンマーをよく見ると沢山の薙刀が組み合わされる事で形作られている。
「これで解決なら別にいいんだけど、いきなり来るのはやめてよね。」
夢乃はやや不満げに言う。そして、ハンマーの音を聞き付けたのか、セバスがやってきた。その面持ちは神妙であった。
「あらセバスちゃん。敵なら今倒した所ですわよ。」
「あの…それならば心配は多分無いのですが、その…、民間人が全く見つからないのです。かなり遠くまで行きましたが、一人も…。雑魚兵も今回は一体も来ていません。」
なんだか不穏な話である。アノマロカリスが彼らの真上をぐるぐると回ってからどこかへ去って行った時、放置されていた薙刀ハンマーが壊れた。
「ふふ…ふ、ふ…。愚かな…。」
「私のように、潰れても復活するほどタフだったのですね…。」
ボロボロになった人魚がハンマーによってできたクレーターから頭を出す。そして、近くにあったカルニオディスクスを引き抜き、ハルキゲニアを鷲掴みにし、手当たり次第に口へ運んだ。
「ン〜、味はそこそこかしら?」
傷も全て治り、完全復活したどころか始めよりパワーアップしたように見える。
「アナタ達にいい事教えたげる。今その辺を漂ってる生き物はアナタ達の世界の明晰夢を見てない人達とその他生き物よ。」
「なッ!?」
今までそんな事は無かった。みんな人間の姿で居たはずである。
「何で!そんな訳ないでしょう!何、アンタの力?」
「逆に聞くけど、夢の中でわざわざ人間でいる必要なくな〜い?アナタ達こそ人間の皮被っちゃってさァ、ワタシタチは他とは違う特別なヒトでーすみたいな事してェ。そっちのが意味わかんないよ。」
「相手の講釈に耳を傾ける必要は無いですわ。」
蘭の言葉に同時に頷く。さっきまでよりも沢山の生き物が人魚との間に集まってきた。ここまでくると避けながら戦うのが困難である。
「そりゃっ!」
人魚の真上…生き物達がまだ集まっていない所から八作が鉄柱を放つ。…しかし、勢い無く停止してしまった。
「ザンネーン、ココは半水中。飛び道具はすぐ止まっちゃいまーす。」
廣人は、拳銃が効かなかったのは当たらなかったか弾かれたのとばかり思っていた。一方、ブーメランを使うセバスは、投げずに直接殴るという力技に出るようだ。「半水中」というのは、飛び道具以外に強い抵抗力を持たないようだ。
「それならッ。」
八作は自分の撃った鉄柱を掴み、一緒に落下した。物理法則などはとうの昔に置いてきている。
「ふんっ!」
鉄柱が突き刺さるより先に人魚の拳が八作を突き飛ばした。遠くのビルに風穴を開ける。
「八作ゥゥゥ!」
「彼なら大丈夫ですわ。…多分。」
八作が攻撃に入ったおかげで、生き物達は散っていき、かなり戦いやすくなった。廣人はブンブンと振り回される銛を軽く躱して攻撃を当てた。急所は避けられたが、銛を持っていない左腕が切り落とされた。ほぼ同時に蘭が腹の辺りを突き、後ろに回り込んでいた夢乃は首に剣を突き刺す。
「…痛いじゃないの…。」
「まだ生きてる…。生命力はバケモノね。」
「皆さん、伏せて!」
セバスが声を上げる。生き物達は更に散り散りに逃げて、その空間にはウミユリやイソギンチャクのような動けなかったりノロマだったりするものしか残っていなかった。直後、廣人の上に巨大な影が現れた。
「メガロドン!?」
血の匂いに寄ってきたサメが人魚を頭から丸呑みにする。あれも夢を見ている何者かなのだろうか。
腹が膨れたのか、サメが空へ向かって泳いで行く。その様子を見ていた一同が呆気に取られる暇も無く、サメの上半分が切り落とされる。
「舐めたマネしてくれちゃってェ。こっからが本番よ。アナタ達の化けの皮、剥いであげる。」
サメを内側から喰ったのか、人魚がまた完全復活していた。魚の部分は紫色ではなく、サメの物になっている。
「…その胸、削ぎ落として差し上げますわ。」
サメを食べた人魚は圧倒的に強くなっていた。泳ぐのは速いし、尻尾の攻撃も強烈である。更に、また生き物達が這い出てきた事で戦いは困難を極めた。大きな生き物が戦っていてもサメの頭を食べようとしているのだろうか。サメの頭に寄ってきたものを食べる為に更に大きな生き物もやってくる。
「んもぅ、邪魔よ!危ないの分かんないの?」
「アハハハハ、愉快愉快。気分良いからもっと教えちゃおうかなァ。」
夢乃は半ギレで興味を持とうとしなかったが、他三人は攻撃の手を止める。
「アナタ達、知らない人が夢に出てくる事があるーって話してたでしょう?それねェ、先祖の記憶を見てるのヨ。」
静かなざわめきが起こる。昼間の会話を知られていた事も、その答えも、敵がそれを分かっていて教える事も、その全てが彼らを混乱へ誘った。
「反復説って知ってるゥ?生き物が生まれる前、進化の過程を辿ってその生き物の形にたどり着いてから生まれるってやつ。生き物はみんなその時に夢を見るのヨ。長ァァァァい先祖たちの記憶のね。だからその記憶のせいで知らないモノが夢に出るのョ。」
死よりも恐ろしい何か根源的な恐怖がその話の中から感じられた。彼らは今戦っている事さえ何故か無意味に感じられた。
「うおりゃァァァァァ!」
静まり返った戦場に怒号が響く。何を話していたかも知らない八作が帰ってきたのだ。彼は飛び上がって鉄柱を叩き込むが防がれ、弾かれた勢いでもう一度飛び着地する。その間に仲間達は我に帰って戦闘体制に入った。
「ハァ…回復に時間かかっちゃったよー。ってなんか敵強そうになってない?」
一部始終を全く見聞きしていないおかげで、一人取り残されている。
「話は後だ。一気に片付けるぞ。」
相手が一人増えたが、人魚は全く気にしていない。辺りには動きが遅い生き物も居なくなり、漂ってきたクラゲのようなやつと地面に張り付く海藻のようなやつだけになっていた。
「まだ話は終わっちゃいないわヨ。今来た坊ヤもヨォク聞いときなさい。生き物はミィンな先祖の記憶を見てる。その記憶をもう一度夢に見る若しくは生まれる前に全部見れられなかったって時、普通の夢を媒体にして見る。要するに、今この世界に古代生物しか居ないってのはそーいうコトねェ。」
彼女は饒舌に喋り続ける。中々戦いが再開しない。このままノンレム睡眠まで待ったら良いのではないかと廣人は思ったが、敵の時間稼ぎにも見える。
「ねぇ、全然意味分かんないんだけど、ヒロさん分かる?」
「分かる必要なんてねぇよ。」
痺れを切らしたのか、蘭が飛び出して攻撃に入った。それに次いで近くにいた夢乃も出ていく。人魚のサメ部分は大きいとはいえ、かなり素早く攻撃が当たらない。
「アラァ、話の途中なのにィ…。マァいいわ。アナタ達現代人って感じで好きヨ。特にメガネのお嬢サン、アナタ本当に面白いワァ。」
「…よくお喋りになる事。次に口を開いたら3枚におろされている覚悟でいなさい。」
「フフ…アナタこそ必死じゃないノ。」
蘭の攻撃が途端に激しくなる。敵も長い武器と鮫肌の尾を利用して上手いこと防いでいる。あまりの激しさに誰も割り込みできなかった。近くにいたクラゲが風圧だけで砕けた。蘭が薙刀を一度に三本振って、それを受け止めた敵を地面に叩きつける。
「やっぱり地面の方が踏ん張りが効きますわね。」
柄の部分がコンパクトになった薙刀ハンマーを思い切り振りかぶる。
「ヴンッ。…アハハァ…、もう我慢しなくていいのヨゥ。何枚も何枚も皮を被って自分を隠して…。性悪説を信じずに生きたらその事にすら気付かないノォ?」
片手でハンマーを受け止めて起き上がる。その動作はゆったりと重々しく、隙だらけだったが、覇気のようなものが他を寄せ付けなかった。
「人間って意外と簡単に皮を剥げるのヨ。タマネギみたいに精神の皮を剥いでいけば、もう何も隠す必要は無いワ。ホラ、アナタの破れかけの皮…何枚も重ねてるケド見えてるわヨ。自分で剥がせないならワタシが剥いであげる…。他の人みたい、イヤ、もっと原始的になりましょう…。」
力無い手でハンマーを握る蘭は、よく見るとヒビ、裂け目のようなものが身体中にできていた。今にも崩れそうな表情で震えている。そして人魚からは突然に腕が生えてきて、計六本になった手を蘭に伸ばしている。
「蘭さんっ!」
八作が咄嗟に鉄柱を投げる。やはり全然届かずに落ちてしまう。
「バカヤロっ、ちょっとは反省しろ!」
男子組がそんな事をしている間に、人魚の腕は全て切れて宙に浮いていた。夢乃が切り落としたのだ。
「一人で突っ走るからそうなるのよ。アンタの中身も見たいけど、それは今度にしてあげる。」
蘭は答えないし動かない。セバスが駆け寄るが、今にも崩れそうで下手に触る事ができない。
「フフ…アナタ達、全人類、イヤ…全ての夢見る生物例外は無いわ。ミィンナ心を隠してる。アハハハ…。」
夢乃は自分の体にも微かにヒビが入っている事に気がついた。他のメンバーも同じく亀裂を見つける。夢乃の視界に廣人が入ると、彼女の腕辺りに別の小さなヒビが音を立てて入った。その音のせいか、蘭が気を取り戻す。
「あっ、あっ、ワタ…ワタ…ワタクシ?ワタ…シ?どうなって…あっひぃっ…ワタクシ…どうなり…ました…の…?」
明らかに様子がおかしいが、気を取られている暇はなかった。人魚の腕が無くなり、回復用の生き物達もほぼいない。またと無いチャンスである。セバスは蘭を守る位置に付き、他は敵に向けて突撃した。
「アァ…チョッチまずいかも…?今更だけど多対一ってズルくナイ…?へへへへ…。」
弱気な言葉が出てきたものの、囲まれてなお攻撃を尻尾で弾き続けている。廣人達としては腕からの血の匂いで生物が寄ってくる前に倒し切りたいのだが、中々上手くいかない。
「ん〜、次にアナタもよく隠してるわネ。それも、自分からも見えないくらい。ワタシもさっきまで気付かなかったわァ。先進生物の見本ッて感じがするわァ。」
急に反り返った人魚に見られた廣人は震えと共に体にヒビを作る。間合いの長い武器だったので少し距離が空いていたが、そうでなければ間近であの心理を見通すような目と目が合って意識が飛んだかもしれない。人魚は仰け反った体を一気に前に戻す。
「フンっ!」
「ぎゃっ」
バリンと音が響き夢乃が地面に叩きつけられる。
「夢乃!?」
「まず一枚…フフフフ…。デモ、アレで薄い皮一枚…アナタやるわネ。」
「…イタタ…ン?…ハァ…ナルホドねェ。」
そこには現実世界の小さな夢乃がいた。夢の中ではいつも大人な見た目になっているが、皮を剥がれたという事なのだろう。彼女は自分の体を見下ろして納得した。
「と言う訳で回復チャーンスゥ〜。」
人魚は夢乃が立ちはだかっていた方向から抜けて逃げようとする。
「させるかァっ!あ痛タタタタッ!」
廣人が尻尾を掴んで反対に引っ張るが、鮫肌が手のひらに擦れ、激しくうねる尾びれに叩かれ、振り回される。尻尾を切り落としてやろうとしてもうねりのせいで全く攻撃できない。
「八作ゥゥゥ!今ならァァァァ当てれるゥゥゥうおぇぇぇっ。」
「夢の中で吐くんじゃないわよ!」
八作が攻撃の間合いに入る前に廣人が手を離してしまった。夢で何も食べてないのに何を吐き出したのか、吐瀉物に小さな生き物が集まってきた。敵が気付いていないだけで、反対側には血に集まったのもいたが、強烈な香りが更に沢山呼び寄せる。
「あああ…気持ち悪い…。あいつどこ行った?」
「隙ありぃ。」
廣人が後ろから銛で皮を裂くように切り上げられる。下にいた生き物も数匹巻き添えを食らった。近くに来ていた八作と夢乃も、突然現れた人魚に思わず距離をとってしまった。
「剥いでやる剥いでやる…コイツ、硬い…。」
「ヒロさん!」
二本の腕で刀を使えないよう抑え、一本の腕で銛を振り、残りの三本で入れた切れ込みから開こうとしているが、異常に頑丈なのか全く動かない。
「っ!?」
廣人から敵が離れる。尾から血が漂う。
「ほぼゼロ距離なら拳銃も痛いだろ。」
刀ばかり気にしていたが、それが裏目に出て撃たれてしまった。尻尾の動きが弱々しくなり、動きがかなり鈍っている。
「これで、トドメだ。」
銛も腕も出せない後ろに回り込み首を掻き切る。落ちていく生首が目を見開き、こちらを嘲笑っているようだった。
「ヒロ、後ろ、危ない!」
なんと、首を無くした体が攻撃を仕掛けてきた。夢乃がギリギリで受け止め、八作が後ろから突き刺す。痙攣したように動きが止まったが、念の為と夢乃が腕を再び切り落とした。
「ハハハ…言ったでショウ、夢は先祖の記憶…。誰しも初めから脳を持っていたワケじゃない。じゃあ最初はドウ夢を見ていたの?ソリャァ細胞で見ていたのヨ…。」
「うわ…まだ喋ってる…。」
廣人は疲れ切っていたが、生首を切り続けた。その後ろ姿を見ていると、夢乃は廣人の心の内を覗きたくて仕方なくなったが、彼の顔を見てやめておいた。
「悪夢は…繰り返…」
最後まで言い切る前に喋れないくらいまで細切れにした。不気味で不気味で仕方なかった。あまりにも長く感じる夢が早く覚めて欲しかった。刀が空を斬る音が響き渡った。
「私、またまた復活ですわ!」
前と同じく、目覚めると復活している蘭がいる事に安堵する。しかし、夢乃は安堵とは別に蘭に対しての不安、恐怖が湧いてきた。彼女は恐ろしく内情を知られるのを恐れている。先日も火灯にその事で怒っていたし、今回も皮が一枚も捲られていないのに情緒がおかしくなっていた。
「アンタ、何者なの…?」
「?私はただの高校生ですわ。」
廣人は今日も大きなため息をつくが、換気扇の音にかき消された。戦ったのは夢の中で、現実では動いてないはずなのにかなり疲れている。明晰夢を見ると脳が休まらないのだろうか。
「先祖の記憶…ねぇ…。」
自身の夢に知らない人が出てきた事が無いか、思い出そうと頭を掻く。そんな記憶は無かった。というか、夢なんていちいち覚えているようなものでもない。
「…ヒロ、ちょっと付き合って。」
後ろから夢乃に声をかけられる。彼はまた何か言われるのかと心配したが、その必要はなかった。
前日、廣人が歩いた道を二人で歩く。と言っても片方は車椅子を押されているだけだが。
「で、話したい事って何?」
「い、いやぁ、あのね、そのー、ヒロは蘭の事怪しいと思う?」
いきなり尋ねる事ではなかっただろうか。なんだか緊張して、顔がほんのり紅潮する。
「…別に。怪しくてもあそこにいる意外選択肢は無いだろ。あれだけ良くしてもらってるんだから今更文句は言えないな。」
本当は顔を向き合わせて話したかったが、それが出来ないのは二人とも寂しく感じた。下り坂に入ると、晴れ晴れとした空の下に山とその麓の町が見える。
「ふーん、それならいいんだけど…。なんか私、何も信じられなくなりそうで。あの人魚が言ってた事が本当なら、今見てるこの景色さえも記憶の中の偽物なんじゃないかって…。」
「君は夢乃…の記憶を見てる誰かで、現実ではまだ眠りについてるかもって事か…。でも、それでもいいんじゃないか。これが先祖の記憶なら、少なくとも目醒める時には解決してるだろ?」
珍しく廣人がポジティブな言葉で元気づける。夢乃は、また彼の言葉で心安らいだが、そこから不安がしみ出してきた。それを言葉に出すのは少々抵抗があったが、もう口を開いていた。
「でも、それってヒロと会った事とか、八作くんと話した事とか、皆で遊んだ事とか、悲しい事もあったし今まで苦しんで生きてきたけど、全部ウソって事でしょ?それで目が覚めたら全部忘れてる。そんなのあんまりよ…。心配してたら気が狂いそう…。」
「大丈夫。きっと現実。しかもアイツだって言ってただろ?夢の記憶は夢で見られる。また何度でも会えるよ夢の中で。俺だって心配しすぎで狂いそうな事もある。でも、よく考えてみたら、この世界なんて狂ってるやつしかいないよ。…もし全部夢だったらか…。それならよかったかもなぁ…。」
いい感じの話をしてたと思えば最後の一言は余計であった。夢乃もギョッとして声を漏らした。
「あっ、いや、違う。これは君に会いたくなかったとかじゃなくて…。その、昔、むか…し…何だっけ…。」
「アンタねぇ、感動しかけたのに台無しにするんじゃないわよ!ってああっ!ちょっ、坂道で手離しちゃダメぇ!」
我に帰った廣人は急いで取手を掴む。夢乃は一瞬の内に死を覚悟したおかげで、心臓が廣人にも聞こえるくらいバクバク鳴っていた。
「…そろそろ帰る?」
坂道を最後まで下り、傾斜の緩やかな回り道をして帰っていく。大きな夕日が正面から光を放ち眩しさに目を細めた。更に一段と人の減った町で一台の車が隣の車道を下っていった。静かな町でそのエンジン音はやたらと大きく聞こえた。




