表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/101

第94話 『黒熊狼』

 天命のいただきが燃えている。

 燃え盛る炎から立ち上る黒煙こくえんと、そこかしこに立ちこめる白煙はくえんで視界がひどく悪くなっていた。

 さらにはどこからか侵入したけものの群れが襲いかかって来る中、一族の者たちの悲鳴が響き渡っていた。


「落ち着け! その場に留まりけものどもを迎え撃て! 自ら打って出るな! 同士討ちになるぞ!」


 そう叫びながらユーフェミアは自らも剣を抜く。

 先ほど投げ込まれた煙幕えんまく弾と火炎弾。

 そしてそのタイミングで襲いかかってきたけものの群れ。

 これは明らかに襲撃だ。

 おかげで仲間たちは浮足立ち、十分な反撃態勢に入れずにいた。

 

(くそっ! こんなタイミングで……)


 ユーフェミアは内心で悪態をつく。

 おおかみのような黒いけものはそんな彼女の喉笛のどぶえねらって飛びかかって来た。


「ハアッ!」


 ユーフェミアは一刀のもとにおおかみを斬り捨てた。

 仲間たちも各自、すぐ近くにいる同胞と協力して自衛の体勢に入っている。

 だが、色濃くただよけむりに視界をさえぎられ、けむりを吸い込まぬように呼吸を制限しているせいか皆、思うようには動けずにいる。

 目の前で倒れて首から血を流しながら痙攣けいれんするおおかみを見て、ユーフェミアはまゆを潜めた。

 この辺りでは見慣れない種類のおおかみだったが、以前に南に遠征に行った時に一度だけ見たことがある。


黒熊狼ベアウルフか? なぜこのような場所に……」


 大陸の南で捕獲した群れを、こちらに連れてきたとしか説明はつかない。

 だが黒熊狼ベアウルフは野生のけものであり、人を襲うことこそあれ、人にはなつかない。

 犬を飼い慣らすのとはワケが違う。


「一体何が……」


 ユーフェミアがそう言って口元を布で押さえながら辺りに目をらしたその時、白煙はくえんを突き破って2つの人影が飛び出して来た。

 それはブリジットともう1人……銀髪の女だった。

 2人は激しく剣を打ち合い、地面を蹴って猛烈な速度で移動し続けている。


「あれは……分家の女か!」


 ユーフェミアがすぐにそれを悟ったのは、ブリジットと争っている女の面影おもかげに見覚えがあったからだ。

 かつて本家と交流があった頃、分家から派遣されてきたベアトリスによく似ている。

 銀色の髪ということは、おそらく娘のバーサだろう。

 ユーフェミアはけむりを吸い込まぬよう注意しながら声を張り上げた。


「分家の襲撃だ! 全員、警戒をおこたるな!」


 ユーフェミアの号令に戦士たちは皆、いきり立つ。

 二度目の襲撃ともなればもうだまっていられない。

 ダニアの女たちは売られた喧嘩けんかは喜んで買うのだから。

 だがユーフェミアはすぐに気が付いた。

 一族の女たちが戦っているのは数十頭の黒熊狼ベアウルフのみであり、分家の女戦士の姿はバーサ以外には見当たらない。


(まさか……単身で乗り込んできたというのか?)


 ブリジットの報告ではバーサはノルドの丘で失態を演じた。

 ボルドを奪還されたのみならず、自らは右腕を切り落とされて敗走するというき目にあった。

 それが相当の屈辱くつじょくであることはユーフェミアにも想像にかたくない。

 バーサが怒りに燃えて復讐ふくしゅうに走るには十分な理由だったが、兵隊を1人も連れて来ていないということはバーサの独断による玉砕ぎょくさい覚悟の特攻の可能性が高い。


(クローディアには復讐ふくしゅうの意思がないということか。それにしても……)


 ユーフェミアにはこの襲撃の他に懸念けねんがあった。

 この混乱に乗じてブリジットがボルドを逃がそうとするのではないかということだ。

 まさかブリジットがそのような暴挙に出るとは信じたくなかったが、念には念を入れておく必要がある。

 ユーフェミアは剣を手に黒熊狼ベアウルフを斬り倒しながら、白煙はくえんの中を進んで行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ