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第93話 『混迷の山頂』

「バーサ……」


 おどろくブリジットの目の前に再び、銀髪のバーサが姿を現した。

 バーサは左手に握った短剣でブリジットの剣を押し込んでくる。

 すさまじい力だったが、押し込んでくるのは左腕一本だ。

 それもそのはずで、斬り落とされた右腕には一目でそれと分かる義手が装着されている。

 

 ブリジットはグッと力を込めて剣を振るい、バーサを押し返した。

 以前と変わらぬ身のこなしでバーサは後方に飛んだ。

 2人の女が再びにらみ合う。

 

「血迷ったかバーサ。ここは本家の真っただ中だぞ。あんな火遊び程度で我が一族の女たちを抑えられると思ったか」

「ブリジット。貴様を殺すためならば、地獄の底だろうと出向いてやるさ」


 そう言うとバーサは鋭く口笛くちぶえを吹き鳴らす。

 すると燃え盛る天命のいただきに大きな遠吠えが響き渡った。

 そしてどこからか現れた黒く巨大なけものの群れが山頂を走り回り、次々と本家の女たちに襲いかかっていく。

 炎に巻かれて混乱の中にあった女戦士たちは突然のけものの襲撃に浮足立ちながら武器を手に取り必死に応戦する。

 白煙はくえんに包まれて視界が限られる中、そこかしこで怒号や悲鳴が上がり、ブリジットは顔をしかめた。


くま……いや、おおかみか?)


 そんなブリジットにバーサは再び襲いかかった。

 その剣さばきは以前にも増して鋭く、ブリジットに向けられる殺意は以前の比ではなかった。

 バーサが決死の覚悟でこの場にのぞんでいることを知り、ブリジットは気持ちを切り替える。

 一度は退しりぞけた相手とはいえ、バーサの腕前はブリジットが今まで実戦で戦った相手の中では最強と言えるものだった。

 気を抜かずに全力で迎え撃たねば、ブリジットといえど不覚を取ることになる。


「仲間のことを気にしている場合ではないぞ。今のワタシは先刻とは違う。もうおまえを生かして捕らえようとは思わん。この場でおまえを殺すこと。それがワタシの全てだ!」


 復讐鬼ふくしゅうきと化したバーサの攻撃をブリジットは剣で全て的確に受け止める。

 どんなに心悩んでいようとも、剣を手に戦場に立てば、ダニアの女としての本能が彼女の体を動かしてくれた。

 だがブリジットがバーサと打ち合う最中さなか白煙はくえんの中から飛び出して来たけものが、拘束こうそくされているボルドを目がけてうなり声を上げながら突っ込んで来たのだ。


「ウグルルアアアアッ!」

「ボルド!」


 咄嗟とっさにボルドを助けに向かおうとするブリジットだが、バーサがそれを許さない。


「ヨソ見などしている場合か!」


 バーサが鋭く左手で放った短剣の一撃こそ受け止めたブリジットだが、立て続けに打ち込んできた右手の義手が通常の腕とは違う変則的な動きをする。

 それを避け切れず、義手に固く握られた短剣がブリジットの左肩を斬り裂いた。


「うぐっ!」


 鮮血が舞い散り、ブリジットが痛みに苦痛の声をらす中、けものはボルドに襲いかかった。


「ウガウッ!」

「こんにゃろう!」


 だがそこで横から飛び込んで来たベラが鋭い槍の一撃でけものの腹を突き刺した。

 けものは甲高い悲鳴を上げて倒れ、それでも立ち上がろうとするが腹から大量の血と共に臓物があふれ出し、その場にへたり込んで死んだ。

 その死に様を見てベラが顔をしかめる。


「こいつ……黒熊狼ベアウルフだぞ」


 それは大陸南部に生息する獰猛どうもう黒熊狼ベアウルフという最大種のおおかみだった。

 この奥の里のある中央部には生息していないけものだ。


「貴様が連れて来たのか。バーサ」

「フンッ。にぎやかなほうがいいだろうと思ってな」


 ブリジットとバーサが争う間、数匹の黒熊狼ベアウルフがボルドをねらったが、ベラは凄まじい勢いで槍を振るってこれらを全て排除する。

 さらにベラは勢い余ってボルドの座る椅子いすの脚につながれているくさりを槍で次々と断ち切っていく。

 その勢いでボルドが座る椅子いすが横倒しに倒れそうになり、ベラはそれを支えた。


「おっと間違えちまったぜ」


 それを見たブリジットは、ベラの行為を誰かに見られていやしないかと心配しつつ、旧友に感謝した。

 幸いにして周囲はまだ白煙はくえんが濃く、ユーフェミアらのいる場所からは視界がさえぎられている。 

 だが、ブリジットはベラの身を案じた。

 このままベラはおそらくボルドを連れて逃げ去るつもりだ。

 ブリジットのために裏切者の汚名を着ることもいとわずに。

 

(そうさせるわけにはいかない)


 ブリジットは斬られた左肩から血が流れるのも構わず剣を構え、この状況を利用することを決めた。

 バーサは腰にり下げた多くの煙幕弾のうち一つを取ると、近くで燃え盛る炎の中に投げ込んだ。

 再び盛大に白煙が巻き起こり当たりを包み込んでいく。


 この煙幕えんまく弾は本当なら傭兵ようへいたちによって投げ込まれるはずだった。

 だが現れたのはバーサだ。

 それがどういうことなのか断定は出来ないが、この後に傭兵ようへいたちがボルドを連れ去るためにこの場に現れる可能性は低いだろう。

 もしかしたら近くに潜んでいた傭兵ようへいたちがバーサと偶然にはち合わせをして殺され、煙幕えんまく弾をバーサに奪われた可能性もある。

 

(やるぞ……ここしかない!)


 ブリジットは覚悟を決めた。

 この混乱に乗じて自分がボルドを連れてこの場から逃げ去る。

 その後のことはその後に考えればいい。

 今はとにかくボルドの命を救うことだけを考えろ。

 ブリジットはそう自分に言い聞かせ、鬼の形相ぎょうそうで剣を握り締めた。


「バーサ。貴様は邪魔じゃまだ。今日ここでその息の根を止めてやる」

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