表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/101

第90話 『山中の惨劇』

 西日が山の急斜面を赤く染めている。

 夕暮れが迫る山の西側から4つの人影が山頂を目指して登り続けていた。

 通常の登山道ではない。

 やぶや背の高い草をかき分けながら進む獣道けものみちだった。


「なかなかの山の中だな」


 すでに初老に差し掛かったその男はなたやぶを切り払いながら、後ろからついて来る若い男らに手招きをした。

 その男は周辺の山で40年以上に渡って狩りの生業なりわいをしている熟練の猟師りょうしだった。

 右手に握ったなたの他に、背中には石弓を背負っている。


 この辺りにダニアの奥の里があることは知っていたが、猟師りょうしは自分が子供の頃から「山の女には近付くな」と教わっていたので、おいそれと足を踏み入れたことはない。

 だが、猟師りょうしは金に困っていた。

 そんな時に知り合いの商人から急な仕事を依頼されたのだ。

 内容は1人の若い男を山頂から救い出して、ふもとから馬で一日かけて進んだ海岸まで連れて行くというものだった。


 依頼主が誰であるのか、救出するその若者が誰であるのかはせられていて分からなかった。

 だが報酬はかなりの高額となり、依頼主が一定の立場のある人物であることと救出する若者が依頼主にとって重要な人物なのであるということは想像にかたくない。

 とにかくその報酬が手に入れば猟師りょうしは直面する金銭問題を解決することが出来るため、かつては近付かなかったこの山の中に足を踏み入れたのだ。

 

 それでも通常の山道ではない獣道けものみちを進むのは難儀なことだった。

 熊に出会わぬだけマシだったが、それでもここまで来るのに毒蛇どくへびだのいのししだのに出くわした。

 猟師りょうしの後ろからついて来るのは若い男が2人と、40歳前後の壮年の男が1人。

 若い男のうち1人は背中に人が1人すっぽりと入るほどの大きな袋を背負っている。 

 彼ら2人は、山頂で救い出した若者を交代で背負って山を降りる運搬役だ。

 

 そしてもう1人の壮年の男は護衛役の傭兵ようへいだった。

 木々の茂る山の中で戦いやすいよう、短剣と手斧ておのという小振りの武器を装備している。

 男はかつて公国軍で腕を振るった歴戦の兵士だったが今は退役し、傭兵ようへい稼業かぎょうで日銭をかせいでいた。

 

 今回の仕事は山頂での救出作業の時が一番、危険だという。

 相手はダニアの女戦士たちだ。

 護衛が公国軍の現役兵士だった頃、幾度いくどかダニアの女戦士と剣を交わしたことがあったが、女とは思えないほど力強く素早い者たちばかりだった。

 そんな女たちが集まる山頂では、いかに早く目的の人物を救出してその場から離脱できるかが重要だった。


 依頼主が希望した救出作戦にのぞむ人選は、山中の移動にけた猟師りょうし、武術の腕に覚えがある者、そして秘密を守れる者だ。 

 そうしてこの4人組が商人によって編成されたのだ。


「あと10分少々で山頂に着くぞ。煙幕をすぐに着火できるように準備しておけ」


 そう言って振り返る猟師りょうしに残りの3人はうなづく。

 山頂を撹乱かくらんするために目眩めくらましの煙幕えんまくを張れるよう、多くの煙幕えんまく玉を用意してきた。

 

「もう一度確認だ。目的の黒髪の男は山頂に1人しかいない。そいつを拾ったら一気に離脱だ」

 

 そう言って再び前を向いたその時、猟師りょうしがフッと立ち止まった。

 右(なな)め前方でやぶが揺れたのだ。

 猟師りょうしの経験では、それは嫌な揺れ方だった。

 くまか?

 猟師りょうしがそう警戒して背中の石弓に手をかけたその時だった。


 やぶの中からすさまじい勢いで飛び出して来た影が瞬時にして目の前に迫ってきたのだ。

 くまを想像していた猟師りょうしはその速度におどろいて足をすべらせ、背中から倒れ込んでしまう。


「うへっ!」


 そのおかげで猟師りょうしは命を失わずに済んだ。

 だがその影はそのまま風のように駆け抜け、猟師りょうしの背後にいた若い男2人の間を一瞬で通り過ぎた。

 その瞬間、刃がひらめくと、若い男2人は首を切り裂かれて大量に血を噴き出しながらその場に倒れ込んだ。

 

「ぎゃああああっ!」

「ひぃぃぃぃっ!」


 若い男らが悲鳴を上げる中、最後列にいた護衛の男は両手の武器を手に応戦しようとした。

 だが、歴戦のツワモノであるはずの男はその影の異様な速さにまったく対応できなかった。

 影が投げた刃が心臓をねらってきたのを護衛は必死に手斧ておので叩き落としたがそれが精一杯だった。

 影は一瞬で背後に回り込み、護衛の首の後ろから刃を突き立てた。


「かはっ……」


 護衛は悲鳴も上げられずそのまま絶命して地面にくずれ落ちた。

 猟師りょうしは必死に立ち上がろうしたが、若い男たちの首から噴き出した血が地面に血だまりを作っていて、そこに足をすべらせて腰を地面に強打した。


「ぐっ!」


 猟師りょうしは腰の痛みにうめきながら目をいた。

 すぐそばに倒れている若い2人はすでに息絶えていた。

 まるで成すすべなく、あっという間に3人が殺されてしまったのだ。


 人影は一切言葉を発することなく、地面に落ちている短剣を拾い上げた。

 そして西日を背にした逆光の中、人影はそのまま猟師りょうしの上にのしかかると刃を振り上げ、容赦ようしゃなくその首に振り下ろす。

 猟師りょうしがこの世で最後に見たのは、銀色の髪を振り乱した異様な形相ぎょうそうの女だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ