第84話 『ユーフェミアの独壇場』
「公国のビンガム将軍の息子であるカーティス殿です」
ブリジットの新たな情夫候補として、ユーフェミアはその名を高らかに告げた。
議場は大きくどよめき、ブリジットも思わず立ち上がった。
思わず何かを言いかけて、ブリジットは歯を食いしばりそれをグッと堪える。
そんなブリジットを牽制するようにユーフェミアは言った。
「ブリジットにはあらかじめお話しするべきでしたが、さすがに今回の裁判の前に話すことではないと自重いたしました。突然のお話でさぞかし驚かれたことかと思います。ご無礼をお許し下さい」
そう言ってブリジットに一礼すると、ユーフェミアは議場の全ての者たちに向けて話を続ける。
「先日この里を襲撃してきた分家の者たちは王国の尖兵となってその後ろ盾を得ている。だが我らには本家の誇りがある。特定の国の手先となることはない。しかし現実問題として我らは数が少ない。だからこそ降りかかる火の粉は少ない方がいい。カーティス殿をブリジットの情夫として迎え入れることで、公国は我らへ手出しをしなくなる。そうなれば分家から再び攻撃を受けた際、背後を気にすることなく分家の恥知らずどもを迎え撃つことが出来るのだ。今回の話にはそうした利点がある」
そこまで言うとユーフェミアは一度言葉を切り、ブリジットに向き直った。
そして静かにブリジットと目線を合わせる。
「そして将軍の息子であればブリジットの情夫として格の面でも申し分ありません」
やられた。
まさしくユーフェミアの独壇場だった。
ブリジットはユーフェミアの戦略に内心で舌打ちをする。
ブリジットの情夫として、より高貴な者を推薦されれば、一族の者たちはそちらに期待してしまう。
さらにはダニア本家にとって将来的な利点があるのならば、ブリジットとしても無下に却下することは難しい。
そして次の情夫としてふさわしい人物が控えているなら、疑いのある奴隷上がりのボルドは処刑してしまっても構わないのではないか。
そんな心理が聴衆に働くことをユーフェミアは計算しているのだ。
その後、十刃会の面々が次々と意見陳述を行うが皆、ボルドの努力は認めつつも、その出自の卑しさと今回の疑惑について批判的な意見を繰り返すのに終始した。
「以上、予定されていた意見陳述を終わるものとする。これから質疑応答に入る」
議長のその声に真っ先に挙手したのはブリジットだった。
「先ほどのユーフェミアの提案だが、新たな情夫については本件に何ら関係はない。切り離して考えるべきだ」
そう言うブリジットだが、遅きに失した感は否めない。
ユーフェミアがもたらした新たな情夫の情報は聴衆の心をグッと掴んでしまった。
それを分かっているユーフェミアは粛々と挙手をすると立ち上がった。
「ブリジットの仰る通りです。あくまでも情夫ボルドの処遇についての議論に集中すべきでした。お詫び申し上げます。以降、新たな情夫の話は厳に慎みます」
そう言って深々と頭を下げるユーフェミアをブリジットは苦虫を噛み潰したような顔で見据えた。
ベラがそんなブリジットを見て苦い表情を浮かべる。
まずいぞ。
どうする?
ベラのそんな視線を受けてブリジットは逡巡する。
切り札のカードを切るかどうかを。
だが、そのカードは諸刃の剣だ。
下手をすれば事態をさらに悪化させかねない。
そんなブリジットの内心は露知らず、ユーフェミアは再度挙手して立ち上がる。
「ではブリジットにお伺いしたいのですが、情夫ボルドが無垢であるという証はありますか? お気持ちではなく状況証拠あるいは証言があるのならば、ぜひご提示いただきたいのですが」
そんなものはないと知りながらのユーフェミアの発言にベラが腹立たしげに足を踏み鳴らす。
それを目で咎めながら議長はブリジットに声をかけた。
「ブリジット。応答をお願いいたします」
ブリジットは議長に頷き、立ち上がる。
だがそこで唐突に議場の扉がバタンと開き、1人の大柄な女が中に入ってきた。
皆が注目するそちらに目を向けたブリジットはハッとして声を上げた。
「ソニア!」
松葉杖をつきながら議場に入ってきたのは、腕と足に痛々しく包帯を巻いたソニアだった。
治療を終えて数日間、ソニアはひたすら眠り続けていた。
今朝ブリジットが様子を見に行った時も顔色こそ良くなっていたが、まだ目を覚ましていなかった。
裁判の途中で騒がしく議場に入ってきたソニアに非難の目を向ける者たちもいたが、それを無視して彼女は証言台に立つ。
そして議長に挙手をした。
その迫力に押されて議長が頷く。
「アタシは聞いた。ボルドが捕らえられていた天幕前で、女たちの話を」
ソニアはまだ万全ではない体調でありながら、必死の形相で訴えた。
ブリジットを助けたい。
ブリジットを愛してくれたアイツを助けたい。
ただその一心で。




