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第82話 『墓前の誓い』

「よう。リネット。土の下ってのはどんな感じなんだ? 暖かいのか? 冷たいのか?」


 そう言うとバーサはリネットの墓前に酒壺さかつぼそなえた。

 ダニアの街の裏山のふもとに設けられている墓地。

 戦で勇ましく死んだ者や、年老いて病に倒れた者らが眠るこの墓地の片隅かたすみに、リネットは眠っていた。

 本家の女であるにもかかわらず、こうして分家の墓地に埋葬まいそうされたのはクローディアの配慮はいりょだった。


 すでに街は皆が夕食を終え、就寝前の思い思いのひと時を過ごす時刻であり、この時間帯に訪れる者のいない墓地は静寂せいじゃくに包まれていた。

 バーサは墓前に無遠慮ぶえんりょにドカッと腰を下ろす。

 その右腕には義手が装着されていた。

 ブリジットによって斬り落とされた右腕を補うための物だ。

 肌色の義手をリネットの墓石の上に置くと、バーサは自嘲気味に笑った。


「ついにワタシも義肢ぎし持ちだ。情けないが母から受け継いだ家督かとくは妹たちに譲るしかなさそうだな」 


 戦で四肢を失うことの多いダニアでは、義手や義足の製作技術が発達していた。

 バーサは自分に合うものを作らせて、それが完成したばかりだった。

 義手や義足に武器を仕込む者もいるが、バーサは自分の体のバランスがくずれることを嫌い、余計な者は一切仕込まず、失った自分の腕と重量や形状が近い物にこだわった。

 そして義手であっても得意の短剣を握らせることが出来るよう、指の部分はより精巧に作らせたのだ。

 この短期間でそれを仕上げてくれた名匠めいしょうに感謝しつつ、バーサは亡きリネットの顔を思い浮かべた。


「リネット。おまえなら今のワタシの気持ちが分かるだろう? ダニアの女はな、胸に火がついちまったら止まれないんだよ。その炎で相手を焼き尽くすか、自分自身が燃え尽きるまでな」


 先日の失態についてクローディアからの処分はなかった。

 しかし街から出ることは禁じられていて、それを破れは今度こそバーサは罰を受けることになるだろう。

 だからといって自分に監視など一切つけないのがクローディアらしいとバーサは内心で苦笑した。


 クローディアは規則で人を縛りつけることはしない。

 規則を守るも破るも本人次第で、破った者には淡々と罰を与える。

 間違いなく自分の行動も見透みすかしているだろうとバーサは苦笑いしつつ、それでも好きなようにさせてくれるクローディアの度量に感謝した。


「リネット。ここを訪れるのは今日が最初で最後だ。おまえが望んだダニアの未来に少しでも近付けるよう私もあがいてみせるから、見守っていてくれ。じゃあな」


 亡き盟友にそうちかうとバーサは立ち上がり、酒壺さかつぼを墓前に残して、夜の墓地から立ち去っていった。

 バーサが街から姿を消したとクローディアに報告があったのは、その翌朝のことだ。

 

 報告を聞いたクローディアは少しさびしそうに笑い、追手を差し向けた。

 ただし、その追手に内々に伝えた。

 バーサを見つけても決して手出しせず、事の顛末てんまつを見守り、報告だけを持ち帰るように、と。

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