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第80話 『前夜』

「あっ……あっ……ああっ」


 ボルドがつやっぽい声をらすたびにブリジットの気持ちが燃え上がる。

 百体一裁判までの3日間。

 ブリジットは毎夜ボルドを抱いた。


 ノルドの丘からボルドを奪還だっかんして以降、ベッドの上でブリジットはどこか遠慮えんりょがちになっていた。

 屈辱くつじょく的な目にあったボルドの心身への配慮はいりょからだ。

 あんなことがあった後では、女に触れられること自体を恐れてしまうのではないかとブリジットは危惧きぐした。

 華隊はなたいの女たちに媚薬びやくを連続で塗り込まれたボルドの性器はれや痛みがようやく引き、問題なくブリジットと交われるようになった。

 それでもブリジットは彼が痛い思いをしていないかが気になってしまい、以前のように激しく彼を抱くことが出来ずにいた。


 だがこうして連夜、とぎをするうちにブリジットは自分の身の内にき上がる情欲が増しているのを感じていた。

 ボルドの肌に他の女が触れたと思うと、知らず知らずのうちに嫉妬しっと心がき上がり、それが一層ブリジットの情欲をき立てた。

 目の前の愛する男が、確かに自分のものであると再確認したいがための欲求に自身が興奮しているのだと自覚しながらも、ブリジットは徐々にそれを抑えられなくなっていった。


「ううっ!」


 共に達して息も荒くベッドに倒れ込んだ後、ブリジットは若干じゃっかんの罪悪感を覚えながらボルドの黒髪をでた。


「ボルド。すまない。少し荒っぽかったな」

「いえ。嬉しいです。お気遣きづかいいただいてばかりでは心苦しいので」


 息を整えながらそう言うボルドにブリジットは目をまたたかせる。


「やはり気付いていたか」

「それはもう。こちらに戻ってからブリジットのお気遣きづかいは感じていました。でも、やはり私はブリジットの思うままににしていただくほうが嬉しいです」

「ボルド……」


 ブリジットはたまらなくなってボルドを抱き寄せた。

 ボルドは彼女の胸にひたいをつけながらつぶやくように言う。


「いよいよ明日ですね」


 明日の午前中は裁判員が抽選ちゅうせんで決められる。

 女だけでなく小姓こしょうや下働きの男たちも含めた成人済みの一族の者たち全てがクジを引き、裁判員となるかいなかを決める。

 裁判員を裁判の直前に決めることで、裁判員への買収やおどし等の圧力を起こさないための措置だ。

 クジで決められた裁判員を辞退することは出来ず、該当者は全員そのまま裁判の行われる大会議場へと集められる。

 そこで裁判の説明を受けることになるのだが、不正防止のために裁判終了まで外部との接触は禁じられる。


 この3日間、ブリジットは裁判の勝算を語らなかった。

 裁判までの日々をボルドにはとにかく穏やかに過ごしてもらいたいとの思いからだ。


「おまえは何も心配しなくていい。裁判のことはアタシに任せろ」

「はい」


 ボルドは何の疑いもなくそう言った。

 自分の言葉を信じていてくれる。

 ブリジットはそう感じ、何としても裁判に勝たねばならないと心に強く念じた。

 裁判でブリジットはボルドの無垢むくを主張するために意見陳述に立つ。

 だが、ただ主張するだけでは弱い。


 取れる手は全部取る。

 やれることは全部やる。

 そう考えてブリジットはこの3日間を利用して、ノルドの丘へベラとアデラを派遣していた。


 2人を再びノルドの丘へ向かわせたのは、どんな手がかりでも構わないのでボルドの無垢むくを少しでも証明できる材料が欲しかったからだ。

 どうせ3日間やることもないのだからと、ベラとアデラは喜び勇んで馬を飛ばしていった。

 そして先ほど、ある吉報と共に2人は帰郷したのだ。

 これからブリジットは夜通し、明日の裁判の準備にのぞむ。


「ボルド。今夜はこれから準備がある。おまえはここで眠っていろ」

「ブリジット。お疲れではないのですか?」

「どうせ今夜は気がたかぶって眠れん。そんな顔をするなボルド。今夜が最後というわけではない。明日の夜は勝利の祝杯を共に上げるぞ。楽しみにしていろ」


 そう言ってブリジットはボルドを1人ベッドに残して立ち上がり、服を着る。

 ボルドにはすでに説明済みだが、彼は明日、裁判の結果を待たずに処刑台に送られることとなる。

 そして有罪となればそのまま処刑され、無罪を勝ち取れば処刑台から放免されることになる。

 後ろ髪引かれる思いだったが、これで最後というわけではないと自分自身に言い聞かせ、ブリジットは1人部屋を後にした。

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