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第74話 『晴れぬ空模様』

 雨がしとしとと降り続いていた。

 窓際に歩み寄ったボルドは物憂ものうげな表情で外を見つめている。

 

 奥の里の本邸ほんてい

 ブリジットの私室でボルドは彼女の帰りを待っていた。

 今、彼女は軍議の最中だろう。


 室内には護衛のための女戦士が2人立っていた。

 ボルド救出の際に御者として同行していた2人だ。

 そのうちの1人がスッと窓辺をふさぐようにボルドの前に立つ。


「念のため窓際には立たぬよう願います」

「は、はい。すみません」


 前回の襲撃のこともあり、ボルドは安全のために部屋の中ですら自由に動き回ることが出来ずにいた。

 救出され奥の里に戻ってきてから、彼は里の空気の変化を感じ取っていた。

 皆どこかピリピリとした雰囲気ふんいきただよわせている。

 襲撃があったばかりなので仕方のないことだが、理由はそれだけではない。

 本当ならば本隊はとうに奥の里を出発して、いつもの略奪の旅に出ていたはずだが、それが延期になっているため若い戦士たちが力を持て余してイラついているのだ。


 そしてボルドは戻ってきた自分を見つめる女たちの目がどこか冷たく、以前よりもよそよそしいのを感じていた。

 その原因はボルドにも分かっている。

 自分が敵の女にさらわれた情夫だからだ。

 ブリジットの情夫としてふさわしくないと思われているのだろう。


 ボルドは用意された椅子いすに腰を下ろしながら、憂鬱ゆううつな心持ちで静かに床を見つめた。

 こんな時こそブリジットと共にいたかったが、彼女には一族をまとめ上げる役割がある。

 情夫を奪還しようと奥の里に一族の者たちを置いて出た以上、戻ってきた今はその分を取り戻すべく、ブリジットは寝食を惜しんで手腕を振るわねばならない。

 ボルドがそんな重苦しい思いを抱えて1人悶々(もんもん)としていると、そこにすっかり耳に馴染なじんだ声が聞こえてきた。


「よう。何しょぼくれてんだよ」


 そう言って部屋に入ってきたのはケガの治療を終えたベラだった。

 この暮らしをするようになってからブリジットの次に付き合いの長くなったベラの来訪に、ボルドは思わず破顔する。


「ベラさん。ケガの具合はいかがですか?」

「どうってことねえよ。神経も傷ついてねえし普通に動かせる。すぐ元通りに槍を振るえるようになるぜ」

 

 そう言うとベラは笑って腕を振って見せた。

 そんな彼女にボルドはたずねる。


「ソニアさんは……」

「あいつはさすがにしばらく無理だな。短剣は抜けたけど、出血量が多い。今、高熱出してウンウンうなってるよ。ま、ソニアが死ぬわけねえから心配すんな」

「そうですか……」


 ベラは明るく振る舞っているが、おそらくソニアは予断を許さない状態だろう。

 それほどのひどいケガだった。

 今は彼女がその生命力の強さによって持ち直すことをいのるほかなかった。

 ベラもソニアもあくまでもブリジットを守るために同行したとは分かっていても、自分1人を助けるための無謀な救出作戦で彼女たちが命を落としてしまったり、一生治らないような大ケガをしたとしたら、その事実はボルドに重くのしかかるだろう。

 

「ベラさん。皆さんのおかげで助けていただきました。私はどう恩返しをすればいいのでしょうか」


 命を助けられ、こうして再び戻って来られたことは幸いだった。

 だが、自分という存在が奥の里に不要な波風を立て、ブリジットを苦しめてしまうかもしれないと思うと、ボルドは今ここにいることが心苦しくなる。

 この里の重苦しい雰囲気ふんいきを変えることなんて自分には出来ないと分かっていても、少しでも状況を良くするために何かをしたいとボルドは思った。

 だけどそのために何をすればいいのかまるで分からず、ボルドはなかすがるような気持ちでベラにそんなことをたずねたのだ。


「恩返し? そんなもん普通に生きて、ブリジットのそばで今まで通りにしてりゃいいさ。それがブリジットの一番喜ぶことだからな。アタシもソニアもそのために命張ったんだ。余計なことは考えなくていいから、ブリジットのことだけ見てな」


 ベラは迷うことなく快活にそう言った。

 彼女は本心からそう言っているとボルドにも感じられる。

 おそらくベラ自身がボルドにしてもらいたいことなど何もないだろう。

 彼女が望んでいるのは、難しい状況の中で激務に追われるブリジットの心の支えにボルドがなることだ。

 

「あの日、奴隷どれいだったおまえを連れていた隊商を襲ったのはまったくの偶然だったけどよ、今にして思えばブリジットの初めての情夫がおまえで良かったと思えるよ」

「えっ?」


 ベラは少し遠い目をして雨の降り続く窓の外を見やる。


「この先もブリジットはずっと重いものを背負い続けていく。それはいつか子を産んでその娘が次のブリジットを継ぐ時まで続くんだ。そんな人生、アタシだったら耐えられねえな。けど気に入った男の1人でもいりゃ、それだけで随分ずいぶんなぐさめになるもんだと思うぜ。だからボルド。おまえが情夫になったことはブリジットにとっては天の采配だったんだ。アタシはそう思う」


 そう言うとベラは部屋から出て行こうとして、もう一度ボルドを振り返った。


「ボルド。気持ちが迷いそうな時は何をしたらブリジットのためになるかを考えるといい。アタシはそうすると頭がスッキリしてウダウダ悩まずに済むようになるんだ。おまえもそうかもな」


 ブリジットのために。

 ベラが立ち去った後も、その言葉はボルドの胸にしっかりと刻みつけられていた。

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