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第73話 『紛糾! 十刃会』

「情夫ボルドは……処刑すべきです」


 ユーフェミアがそう言うやいなや、ダンッと激しい音がしてブリジットが目の前の机に拳を振り下ろしていた。

 その一撃で硬質な机の表面が大きくへこみ、ユーフェミア以外の十刃会の面々が驚愕きょうがくに目を見開く。

 ブリジットの顔が憤怒ふんぬの色に染まり、キツイ光を宿した目が刺す様にユーフェミアを見つめていた。


「……ユーフェミア。言葉が過ぎるぞ」


 ブリジットは怒りを押し殺したような声でそう言った。

 その声が議場をこおり付かせる。

 だがユーフェミアはブリジットの怒りにも冷静な表情をくずさず、姿勢を正して頭を下げる。


「申し訳ございません。無礼な物言いをおび申し上げます。どうかご容赦ようしゃ下さい。ですが……」


 顔を上げてそう言いかけるユーフェミアの言葉を今度はブリジットがさえぎった。


「ボルドは汚されてなどいない。そうなる前にベラとソニアが救出した」


 そう言うブリジットの顔はそれ以上の反論は許さぬといった張り詰めた表情にいろどられている。

 だがユーフェミアはそれでは引き下がらない。


「……左様ですか。ですがそれは潔白の証明にはなりません。誘拐ゆうかいされてから救出までの間に敵の女と交わらなかったとどうして言えますか? 本人の申告はもちろん、ブリジットに近しいベラやソニアの証言もその潔白を証明するにはおよそ公明正大とは言えません」


 ユーフェミアの言うことが理にかなっていることは、この場にいる誰しもが理解していた。

 ユーフェミアは一切感情的になることなく、静かにたたみかける。


「帰還時に彼の全身をおおうように外套がいとうかぶせていたのはなぜですか? 肌を見せぬようにしていたのでは? 晴らせぬ疑いを抱える以上、ボルドはブリジットの情夫としては……」

だまれっ!」


 そこで声を荒げたブリジットがツカツカとユーフェミアに近寄っていく。

 あまりのことに十刃会の議場がざわついた。

 十刃会において暴力行為は厳に禁じられている。

 荒っぽいダニアの女たちが冷静に話し合うための鉄のおきてだった。

 もちろんブリジットとてそれは例外ではない。


「ボルドの処刑は断じて認めん」

「彼の潔白を証明する方法がおありで?」


 ブリジットは鼻先同士がぶつかりそうなほどの近距離でユーフェミアをにらみつけ、ユーフェミアは彫像ちょうぞうのように表情を変えずにブリジットを見据みすえる。

 ボルドはブリジットの情夫だ。

 真偽はともかく、そのボルドに禁忌きんきである他の女との交わりが疑われること自体が大きな問題だった。

 政治的なことを考えればボルドの処刑が最も適している。


「処刑までせずとも追放では?」


 ブリジットとユーフェミアのにらみ合いを見かねた十刃会の1人から助け船が出される。

 だがその折衷せっちゅう案を2人は一蹴した。


「それではダメです。分家の手の者に再び捕まり、ブリジットの元情夫として喧伝けんでんされたりすれば、ブリジットの品位をいちじるしくおとしめることになる」

「処刑も追放も必要ない。ボルドの潔白を証明する手段については、これからアタシが見つけてやる」

「そのような言葉で皆を納得させられるおつもりですか。ブリジット。あなたは女王としての威厳いげんを皆に示さねばなりません。今日はお疲れでしょうから、少し時間をかけてお考えの後、どうかご決断を」

 

 そう言うとユーフェミアは一歩後ろに引き、ふところから一枚の手紙を取り出した。 

 それをブリジットに手渡す。

 いぶかしげな顔でそれを受け取るブリジットに彼女は説明する。

 

「リネットが生前に書いていたとおぼしき手紙です。ブリジットがボルド救出に向かっている間に伝書鳩により届きました。すでに筆跡鑑定も行い、本人の書いたものである可能性が高いものと思われます」


 ブリジットは手紙の中味をあらためて目を見開いた。

 それは確かにリネットの字だった。

 そしてそこにはボルドが分家の華隊はなたいの女たちと交わったと記されていた。


「この手紙によればボルドを相手にしたのは華隊はなたい所属の5名の女。名は……」


 ユーフェミアがその女たちの名前を読み上げる。

 だがブリジットはそれをさえぎって手紙を足元に放り捨てた。


「アタシの言葉は信じず、裏切ったリネットの手紙は信じるのか?」

「いいえ。そうではありません。ですが、これも材料の一つと言うことです。ブリジット。あなたがボルドの潔白を証明できる手立てがあるのならば一つ提案です」


 そう言うとユーフェミアはもう一枚の紙をふところから取り出し、小刀で自分の親指の先を軽く斬り付けると、その親指で書面に血判を押した。

 そしてその書面をブリジットに提示して、泰然たいぜんと告げる。


「十刃長ユーフェミアの名において百対一裁判の開催を求めます」

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