第70話 『確かめ合う2人』
「んむっ……」
背の高い芦で囲まれた川原でボルドは立ち尽くしていた。
不意を打つようにブリジットの唇が押し当てられ、ボルドの口が塞がれたからだ。
これまで幾度も口づけを繰り返し、もうすっかりその形や柔らかさを覚えた彼女の唇はボルドの体を芯から痺れさせた。
それは長い長い口づけだった。
ようやく唇が離れた時にはブリジットもボルドもわずかに息を弾ませていた。
そしてブリジットはボルドの頬につけられた赤い痕を指で優しく撫でながら言う。
「こんなことを言っても慰めにはならんだろう。気に病むなと言う方が酷だ。だが……おまえがアタシのものだという事実は微塵も変わっていない」
そう言うとブリジットはボルドが羽織っていたソニアの外套をゆっくりと脱がせる。
ボルドの体はあちこち赤く腫れていた。
こんな体をブリジットに見られたくはなかったが、隠すわけにはいかない。
自分の身に起きたことをブリジットにだけは全て正直に伝えなければならない。
色々な危険を承知でブリジットはボルドを救うために駆けつけてくれたのだから。
その思いだけでボルドはブリジットの前で一糸まとわぬ姿となり、羞恥と罪悪感に耐えてその肌を晒した。
ブリジットもそんな彼の心情を十分に理解しているのだろう。
ボルドの体を見ても冷静な表情を一切崩すことなく、労りの言葉をかける。
「殴られはしなかったか?」
「いいえ。ですが……」
そこでボルドは思わず言葉につまってしまった。
殴られはしなかったが、媚薬を繰り返し塗り込まれた局部はヒリヒリと痛む。
見た目にも赤く腫れてしまっていた。
それを含め、華隊の女たちにされたことをブリジットに伝えるのは辛かった。
全てを話し、自分自身が傷つくのは怖かった。
そして全てを聞き、ブリジットが傷つくことも怖かった。
だが、ブリジットはボルドの目をじっと見つめる。
「おまえはアタシのものだと言った。それは何があろうと変わらぬ」
短い言葉だったが、そこに込められたブリジットの思いはボルドに伝わった。
全てを受け入れる。
彼女の目はそう語っていた。
ボルドは覚悟を決め、静かに語り始めた。
感情が揺れぬよう出来る限り事実を淡々と伝えようと努めた。
バーサに誘拐されてからの出来事。
華隊の女たちから受けた仕打ち。
バーサの思惑によって結果的にボルドは最後の一線を越えずに済んだこと。
そしてソニアたちが助けに来てくれて救われたところまでをボルドは時折、声を震わせたり息をつまらせたりしながら話し終えた。
その間、ブリジットはずっと彼の肩を抱き、優しくさすってくれていた。
「あの女たちは報いを受けた。バーサもリネットもな。アタシの情夫であるおまえに手出しをしたのだから当然だ。ボルド。おまえは何も悪くない」
そう言うブリジットの眼差しをボルドはようやく真正面から受け止めることが出来た。
そしてボルドは彼女の目を見て心に浮かんだ言葉を口にする。
「最後の一線は越えなかったと誓います。それは不幸中の幸運でした。ですが……それを証明することは出来ません。断じて無かったと言い張ることしか……」
その言葉にブリジットは頷いた。
「おまえの言葉を疑うものか。アタシはおまえを信じる。証明は確かに出来ん。だがボルド。これだけは言っておく。もしおまえが誰かに無理やり跨がられたとしても、おまえの心がアタシから離れない限り、アタシがおまえを手放すことはない。仮に分家の女たちに最後まで手籠めにされてしまっていたとしても、アタシの心は変わらなかっただろう。信じてくれるか?」
たとえ他の女との行為に及んでも、それがボルドの意思でない限り、自分の心は変わらない。
ブリジットはそう言っているのだ。
それはダニアの女王としては間違った考えなのだろう。
だが、1人の人間としての彼女の気持ちは、ボルドには涙が出るほど嬉しいものだった。
「ブリジット……敵に辱しめられた時、私はずっとあなたのことを考えて堪えました。あなたと過ごして来た日々の思い出が、絶望の淵で私を踏み留まらせてくれたんです。私は信じます。あなたの御心を」
ボルドの言葉にブリジットは目を細めた。
そして足元を流れる清らかな水に手拭いの布を浸すと、それでボルドの体を拭き始める。
突然のことに驚いてボルドは身をすくめた。
「ブリジット? そのようなことは自分で……」
「いいんだ。おまえはアタシのものだぞ。だからアタシが洗いたいと言ったら素直に洗われろ」
そう言うとブリジットはボルドの体を丁寧に拭い、持ってきた桶で水をかけて綺麗に洗ってやった。
そして彼女はボルドの肌に残された赤い痕に次々と口づけをしていく。
これがまだボルドを大いに戸惑わせた。
「ブ、ブリジット? 何を……」
「じっとしていろ。他の女のニオイなど、アタシが消してやる」
そう言うとブリジットはボルドの体を綺麗に洗いながら唇で愛撫していった。
伽の時のような激しさはなく、互いを確かめ合うように2人は肌を寄せ合う。
ようやく訪れた、身も心も寄せ合える2人だけの時間だった。




