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第6話 『宣言』

 ダニアの女戦士ベラに案内されてボルドが通された天幕は、この一族の長たるブリジットが側近たちを従えて政務を行う大本営だった。 

 そこではすでにブリジットが正装たる金色のよろいを身にまとい、玉座に腰を下ろしていた。

 さらに天幕の壁は全てまくり上げられ、そこから見える周囲をぐるりと取り囲むように大勢の女たちがひしめき合っている。

 その人数は100名は超えるだろう。

 異様な雰囲気にボルドは思わず息を飲んだ。


「ダニアの戦士ベラ。我らが長たるブリジットのめいにてこの者をお連れした」


 そう言うとベラはボルドの手を取ったままブリジッドの前まで歩み出てその場に片膝かたひざをつき、こうべれた。

 ボルドもあわてて同じようにしようとしたが、ブリジットがそれを手で制する。


「ご苦労。下がってよい」


 そう言われるとベラはスッと後方に下がって控えた。

 ボルドはどうしたらいいか分からずその場に立ち尽くしたが、すぐにブリジットが玉座から立ち上がり彼に歩み寄る。

 そうして彼女は自分よりも背の低いボルドの前に立つとその左肩を右手で抱いた。

 そこで彼女は朗々たる声で宣言する。


「誇り高きダニアの長・ブリジットの名において宣言する。ここにいるボルドを我が情夫とし、夜ごとしとねを共にするものとする。異論のある者はいるか?」


 そう言うと彼女は周囲を見回す。

 見ている女たちからは次々と威勢いせいのいい声が上がった。


「異論なし!」


 それを受けてブリジットが鋭く声を発した。


「ならば良し! 者ども! しかと見よ!」


 そう言い放つとブリジットはボルドの左肩を右手でつかんだまま、左手でそのあごを軽くつかんだ。

 場の雰囲気ふんいきに飲まれていたボルドは思わず身を固くしたが、ブリジットはりんとした表情のままそっとささやいた。


「固くなるな。力を抜け」


 それはおどろくほど優しい声でボルドは自分の肩の力がフッと抜けるのを感じた。

 その途端とたんだった。

 ブリジットの口が彼の口をふさいだのだ。

 柔らかなくちびる同士が重なり、ボルドは息も出来ずに目を白黒させた。


 昨夜のベッドの上でも口づけを交わすことはなかったボルドにとって、生まれて初めての行為である。

 呆然ぼうぜんと立ち尽くしたままの彼のくちびるを押し分け、彼女の舌がボルドの舌をからめ取る。

 頭の芯がしびれるような感覚にボルドは我慢できずに肩を震わせた。


 だが、そこで彼は確かに感じ取った。

 落ち着き払っているはずのブリジットのくちびるがわずかに震えていることを。

 まるでボルドの動揺が伝染したかのようだった。


 熱烈な接吻キスに周囲の女たちからは歓声が上がる。

 手を叩き、口笛を吹いてはやし立てる声が飛び交った。

 そこでようやくブリジットはボルドのくちびるから自分のくちびるを放す。

 熱い口づけの余韻よいんが残る中、2人はほんのつかの間、見つめ合った。

 強く毅然きぜんとしたブリジットの瞳が一瞬だけ、不安げに揺らいだのを見てボルドは先ほどのベラの言葉を思い返す。

 

 ― ダニアのブリジットは18歳になるまで男知らず。 ―


 ブリジットにとっても今日のこの場は緊張するものなのだ。

 ボルドはそう感じ、ふと彼女の目をじっと見つめた。

 初めてちゃんと見つめ合う気がしたが、すでにブリジットの目は元のりんとした強い光を取り戻し、そこに弱さはカケラもなくなっていた。

 そして毅然きぜんとした声で彼女は言い放つ。


「今日よりこのボルドはこのブリジットの情夫。何人たりともこの男につばつけることは許さぬ。過ちを犯したものは死を持ってその罪をあがなわせ、不名誉なかばねを大地にさらすこととなると知れ」


 こうしてボルドは情夫として一族に正式に迎え入れられた。

 今日からこのダニアが彼の居場所となったのだ。

 ほどなくして宣言の儀の終了が宣告され、その場に集まった女たちが解散していく。

 ボルドは来た時と同様にベラに手を引かれてその場を辞した。


 ブリジットの居室までの帰路を歩く間、宣言の場に同席できなかった女たちが興味深げにボルドを見に集まって来る。

 ボルドはベラに手を引かれるままフラフラと歩きながら、そんな彼女らの視線を受けた。  

 ベラはボルドのそんな様子がおかしくてたまらないらしく、白い歯を見せて笑う。


「おい。大丈夫か? キスくらいでたましい抜けたみたいになってるぞ。ま、今夜はブリジットは戻らねえから、1人でゆっくり眠ることだな。明日からお勤め開始だ。しっかり食って寝て精をつけときな」


 その夜は夜通しうたげが開催され、ベラの言う通りブリジットは朝まで戻ってこなかった。

 彼女の寝室で1人ベッドに横たわりながらボルドはいつしか眠りについていた。

 夢は見なかった。

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