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第65話 『丘を駆け抜ける』

「逃がすなぁ!」


 駆けつけた馬車にベラとソニアが乗り込むのを見た分家の女戦士たちは一斉に馬車に襲いかかる。

 だが、ナタリーやナタリアが石弓で敵を射殺し、さらにアデラが十数羽ものとびたかを一気に放って敵を撹乱かくらんする。

 馬車に取りつこうとする敵をベラが槍で突き殺し、足を負傷しているソニアを荷台に引っ張り上げると、御者がむちを打ち馬車は急発進した。


「どけどけぇ!」

邪魔じゃますんな!」


 ナタリーとナタリアが次々と矢を射放ち、行く手をはばむ敵を排除していく。

 そんな馬車の上でベラが怒声を上げた。


「おまえら何やってんだ! 戻ってきてんじゃねえ!」


 その言葉にアデラはわずかに青ざめ、逆に双子は悪びれることなく肩をすくめる。


「いやいや。命の恩人なんですから、感謝して下さいよベラ先輩」

「そうですよ。助けてくれてありがとう頼もしい後輩たちって言って下さいよ」


 後輩たちの減らず口に顔をしかめるベラのすぐそばにボルドが座り込んだ。 


「ベラさん。私が皆さんに無理を言って引き返してもらったんです」

「ボルド! おまえ馬鹿か! おまえがまた捕らわれたり殺されたりしたらアタシらの努力が無に帰すだろうが!」


 ベラはそう怒鳴り、その後ろでソニアが何も言わずに目でボルドを責める。

 だがボルドは荷台に乗せられていた救護道具を取り出すと、ベラの腕を取った。

 突然のことにおどろいてベラが身じろぎする。


「お、おまえ、人の話を聞いてんのか?」

「ええ。でも戻って来てしまったものは仕方ないでしょう。もうこうなったら皆で生きて脱出するしかないんですよ。ケガを見せて下さい。血を止めないと」


 そう言うとボルドはベラの左(ひじ)の傷に消毒液を染み込ませた布を当てて、包帯できつく巻いていく。

 それを見たベラはまだまだ言い足りないであろう言葉を飲み込み、あごをしゃくってソニアの方をボルドに示した。


「チッ! アタシよりもソニアの傷のほうがずっと重い。そっちを頼む」

「はい」


 ボルトはソニアの傷を見てハッとした。

 ソニアの左腕と左の太ももには短剣が深々と突き刺さっている。

 腕の傷はともかく、太ももの傷は危険だ。

 ボルドは以前、奴隷どれいとして隊商にいた時に、同じ奴隷どれいの同僚がいのししに太ももを牙で突かれて大量出血し、そのまま亡くなったのを見たことがある。


「そこのなわでキツめに縛ってくれ」


 ソニアの言葉にベラがうなづき、彼女の太ももと腕の傷の上辺り、太い血管が通っているところをなわできつく縛った。

 短剣を抜くと出血が止まらなくなってしまうので、傷口の周りを消毒液でぬぐってから短剣が動かないよう包帯できつく固定する。

 声こそ出さないものの、さすがのソニアもひたいに脂汗を浮かべて、苦しそうだ。


「このまま戻るぞ。ソニア。おまえはもう動くな。くそっ! リネットの奴め」


 そう悪態をつくベラにボルドは気になっていたことをおずおずとたずねる。


「あの……もしかしてさっき倒れていたのは……」


 馬車でベラたち2人を救出する際、ボルドは見た。

 血だまりの中に倒れている見知った人物を。

 ボルドの問いにベラとソニアの2人は重苦しい表情でうなづく。


「ああ……リネットだ。ソニアが仕留めた」

「いや、アタシら2人で仕留めた。アタシ1人では無理だったからな」

「そうですか……」


 リネットが2人にとっての師だったことをボルドも知っている。

 そのリネットが裏切り、自らの手で殺さねばならなかったことは2人にとってショックな出来事だったろう。

 2人を気遣きづかうような表情を見せるボルドにベラは強い口調で告げる。


「ボルド。こうなった以上、言っておくぞ。おまえが生きびなけりゃ、この無茶な奪還計画は全て無駄むだに終わる。だから何があってもおまえは生きろ。アタシやソニア、他の奴らが死ぬことになっても見捨てて逃げるんだぞ」


 有無を言わせぬ調子でそう言うベラにボルドはうなづく。


「はい。でも、ベラさんとソニアさんも無事に生きて帰らなければ。2人がいなければブリジットは悲しみますよ。お2人を失ったブリジットの姿を想像してみて下さい」


 そう言うとボルドはじっとソニアを見る。

 ソニアは思わずうつむいて考え込む。

 ベラは低い声でうなりながら赤い頭髪をバリバリとかき上げた。


「おまえ……生意気なことを言うようになりやがったな。ヘナチョコなガキだったくせに」 


 そう言うとベラはまだ無傷の右手で槍を握った。


「分かったよ。何があっても生き延びてやらあ」

「皆さん! 敵の本隊です!」


 そこでアデラの声に皆が前方を注目する。

 彼女は複数のとびを空に放ち、丘の状況の情報収集に努めていた。

 進む丘の先には先ほどよりも多くの50人近い分家の女たちが集結していた。

 その中心部にいるのは銀色の髪の女だ。

 それを見たベラは驚愕きょうがくの表情を浮かべる。


「銀髪……まさか分家の女王クローディアか?」

「ブリジットはどこだ?」


 ソニアは苦しげな顔で辺りを見回すが、どこにもブリジットの姿はない。

 銀髪の女は松明たいまつを手に持ち、何やらあなふちに立ってあなの中を見下ろしている。

 そしてアデラが少し前に放ったとびがそのあなの上をグルグルと旋回していた。

 その動きを見たアデラは息を飲み、すぐに声を上げる。


「ブリジットは……おそらくあのあなの中です!」


 その言葉に一行は息を飲んだ。

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