第64話 『死に場所』
「かはっ……」
ソニアの投げたベラの槍が……リネットの腹部に突き刺さり、その体を貫いていた。
リネットは体を震わせてその場にガクッと両膝を着いて座り込む。
そして自分の体を貫いている槍に目を落とすと、フッと口元を歪ませて笑った。
これまで多くの命を奪ってきて、人が生命を失い肉体が抜け殻に変わる瞬間を幾度となく見てきたリネット。
彼女はいつか自分がそうなる瞬間を常々想像してきた。
いずれは自分に順番が回ってくると思いながら。
「ククク……。アタシの最後はどんなもんかと思ってきたが……おまえらにやられるとはね。ゴホッ!」
そこでリネットは口から激しく血を吐いた。
その様子をベラとソニアは目を見開いて油断なく見据える。
リネットを倒すために死力を尽くした2人だが、いざその瞬間となるとにわかには信じ難い光景に絶句していた。
リネットが死ぬ。
様々な感情が複雑に絡み合い言葉を失うベラとソニアに、リネットは苦悶の表情の中にも笑みを浮かべた。
「ベラ、ソニア……。アタシは……見たかったんだ。盗賊でも蛮族でもない……栄誉ある一族となった……ダニアの未来……を」
そこでリネットは再び口から血を吐き出し、それ以上は何も言わなくなった。
おそらく臓器を貫かれたせいで多量に出血し、体力の急激な低下によって意識を保てなくなったのだ。
リネットの目から徐々に光が失われていく。
リネットには言伝を残すような家族はいない。
心から男を愛することもなく子供を生んだこともなく、ただひたすらにダニアのために一生を捧げた女だった。
そのことを知っているベラとソニアは彼女の最後の姿に唇を噛む。
「馬鹿野郎……ブリジットの元から離れさえしなきゃ、こんな死に方じゃなかったはずだぞ。リネット。色々やってきて結局こんな所があんたの死に場所かよ」
唇を震わせてそう言うと、ベラはリネットの体から槍を引き抜いた。
その腹から大量の血が溢れ出し、地面に血だまりを作る。
すでに息の無いリネットの体は血だまりの中に横たわり、二度と動かなかった。
その姿にソニアはわずかに目を閉じて、短い黙祷を捧げた。
「ケッ! 同士討ちかよ!」
「すぐに後を追わせてやるよ!」
リネットが死んだのを見た周囲の女たちが嘲りの声を上げ、武器を手に包囲の輪を狭めてきた。
ベラもソニアも負傷している。
特にソニアはリネットの短剣で刺された腕と足の傷が深く、もはや満足に戦える状態ではない。
取り囲む20人余りの相手は同じダニアの女戦士たちであり、どう考えても2人が敵を蹴散らしてこの場から脱出することは不可能だろう。
ベラは左肘の痛みを堪えて槍を構え、ソニアは片膝を地面に着けた状態で片手で斧を持つ。
「やっちまえ!」
分家の女たちが眼光と刃をギラつかせ、全方位から殺気立って襲いかかって来た。
だが……。
「ピイイイイッ!」
そこで頭上から数羽の鳥が急降下してきたのだ。
それは鳶であり、分家の女たちの頭の近くを飛んで撹乱する。
「くそっ!」
「何だコイツら!」
苛立ちながら鳶を払い落とそうと武器を振り回す女たちだが、そこに2本の矢が降り注いだ。
1本は女戦士の足を貫き、もう1本は別の女戦士の眉間に突き立った。
どちらも防具の隙間を狙った見事な射撃だった。
足を貫かれた女戦士は痛みに呻いてうずくまり、眉間をやられた戦士は仰向けに倒れて即死していた。
「何だ?」
ベラとソニアは驚愕の表情で後方を振り返る。
すると後方から一台の馬車が猛然と向かって来るのが見えた。
その馬車の上で長弓を構えているのはベラにとって憎らしい後輩の双子、ナタリーとナタリアだった。
そして数種類の猛禽類を次々と空に放つアデラの姿も見える。
「あ、あの馬鹿ども……何で戻って来たんだ?」
信じられないといった顔でそう声を漏らすベラの横でソニアも唖然として口を開けている。
そして馬車は女たちを蹴散らし跳ね飛ばしながら囲いを破って突っ込んでくると、ベラとソニアの目の前で停車した。
「ベラさん! ソニアさん! 乗って下さい! ブリジットを助けに行きますよ!」
荷台の上でそう叫び、手を差し伸べたのはボルドだった。




