第61話 『師弟対決!』
ベラの突き出す槍とソニアの叩きつける斧が空を切る。
リネットを狙った2人の攻撃は相手を捉えられない。
ベラとソニアはこれまで感じたことのない緊張で肌が粟立つのを感じながら武器を振るっていた。
刃を交わし合うのはかつての師だ。
すでにベテランの域に達しているリネットに全盛期の力はない。
腕力や瞬発力は若いベラやソニアのほうが上だ。
それでも2人がかりで本気で向かっているのに、老獪なリネットはその攻撃をのらりくらりとかわし続ける。
2人は分かっていた。
これが経験の差なのだと。
「どうした? 串刺しのベラとぶった斬りのソニアとか仲間たちに呼ばれていたが、戦場でもそんな程度か? 随分ヌルいじゃないか。まさか師匠のことは殺せないのか? そんな優しい女だったとは意外だな」
互いに睨み合って対峙する中でリネットはそう言って冷笑を浮かべる。
ベラとソニアがリネットと争ううちに、すでに周囲は駆けつけてきた分家の女戦士らに取り囲まれている。
この状況では仮にリネットを倒したとしても、ここを生きて逃れるのは不可能だ。
ベラとソニアは覚悟を決めた顔で武器を構えて腰を落とす。
「ソニア。ここがアタシらの終着点みたいだな」
「……上等だ。だがリネットの首だけは必ずあの世に持っていく」
2人は互いに武器を構えるとリネットに対して一直線に並ぶ。
ソニアが前衛、ベラが後衛だ。
その位置関係を見たリネットが嘆息する。
「そんな遊びみたいなこと、まだやってんのか。いつまでたってもガキだな、おまえらは」
そう言うとリネットは2本の短剣を腰帯の鞘に叩き込み、背中の鞘から長剣を抜き放った。
戦場では短剣を使うことが多いリネットだが、自分よりも体格の勝る者と一騎打ちをする時は、よく長剣を使うことをベラもソニアも知っている。
そしてその腕前が見事であることも。
ソニアは決死の表情でリネットに向かって両手斧を振り下ろす。
「うおおおっ!」
リネットはこれを剣で受け流した。
重い斧の一撃を剣でまともに受ければ衝撃で刀身が折れてしまう。
だが、百戦錬磨のリネットは斧の力を逃す角度で剣を構えてこれをいなす。
ソニアからしてみれば柳の葉を斬っているような手ごたえの無さだ。
そして……。
「ぐっ!」
リネットが返す刃でソニアの腕を斬りつける。
ソニアの二の腕が斬り裂かれて血が溢れ出した。
だが、そんなソニアの脇の下から鋭く槍が突き出される。
ソニアの背後で槍を構えているベラの一撃だ。
「チッ!」
リネットは長剣でこれをかわすが、死角となるソニアの背後から放たれた一撃にわずかに反応が遅れた。
そのためベラの槍を剣でいなすことは出来たが、リネットは態勢を崩された。
「うりゃあっ!」
そこでソニアが気合いの声とともに斧を振り上げ、リネットの長剣を弾き飛ばした。
リネットは即座に腰の短剣2本を抜き放つが、そこにベラが今度はソニアの股下から槍を突き出してきた。
「くっ!」
リネットは咄嗟に真上に飛んでこれをかわすが、そこにソニアが肩で当て身を浴びせた。
「ぐうっ!」
顔面に当て身を浴びたリネットは、後方に飛ばされて地面に腰を強打する。
すぐさま起き上がるとリネットは痛みを堪えて思考を巡らせた。
その顔は赤く腫れ、鼻から血がしたたり落ちている。
(くそっ。フザけた遊びかと思っていたが、後ろから来るベラの槍が思った以上に厄介だ)
前衛のソニアの体の陰から繰り出されるベラの槍が、出所が見えないために避けにくい。
ベラの槍の速さと相まって、至近距離で避けるのはリネットの技術でも簡単ではなかった。
さらに2人の動きの連携も澱みがなく、ベラはソニアの体のスレスレを槍で突いてくるにも関わらず、決してソニアの体を傷つけなかった。
そしてソニアもそんなベラに全幅の信頼を寄せているようで、まったく恐れることなく前衛の務めを果たしている。
リネットは内心で舌打ちしつつ、懐に手を入れて小袋を探り当てた。
(年かね。若いの2人を真っ向から相手にするのはキツイか)
リネットは次の一手でベラとソニアを撹乱する小細工を試みようとした。
だが、そこで周囲を取り囲む分家の女たちから罵声とともに石礫がベラとソニアに向かって投げつけられた。
「くたばっちまえ!」
「何が本家だ! ふざけるな!」
投げつけられる石はベラとソニアに次々と直撃する。
だが2人はこれに見向きもしない。
投石が兜や鎧にガツンと当たる衝撃にも耐え、2人はリネットに向かってくる。
2人のその姿にリネットは歯を食いしばった。
(……一端の戦士になりやがって)
リネットは懐に入れていた小袋を投げ捨てると、先ほど飛ばされて地面に落ちた長剣を拾い上げた。
そして周囲の女たちに向かって吠える。
「邪魔すんな! こいつらはアタシが首を落とすんだから黙って見てろ!」
その剣幕に気圧されて分家の女たちの投石が止む。
そこでリネットは長剣を手に殺意を込めて2人と対峙した。
激しい戦闘によりリネットの体力が削られつつあった。
長引けば若い2人が有利だ。
一瞬で勝負を決める必要がある。
(いいだろう。戦士として戦い、おまえらの息の音を止めてやる)
リネットはかつての弟子たちの命を断つ明確なイメージを頭の中で思い描く。
しかしその顔は暗殺者としてのそれではなく、ダニアの戦士としての気迫のこもった表情に彩られていた。




