第5話 『女戦士ベラ』
「ダニアのブリジットは18歳になるまで男知らず。処女なのが鉄の掟だからな」
ボルドの前に現れてそう言った女戦士は昨日、彼の体を乱暴に洗った時とは違い、汚れの無い儀式用の鎧に身を包んでいた。
真っ赤な髪を無雑作に肩まで下ろした長身の女だ。
「あたしはベラ。宣言の儀のエスコート役さ。よろしくな」
ベラと名乗った女戦士はボルドを見下ろすとそう言って手を差し出した。
昨日のこともありボルドは顔を強張らせて思わず身を引くが、ベラはそんなボルドの手を強引に取った。
「そんなにビビるなよ。今日は丁重に扱ってやるから。何てったっておまえはもう我らがブリジットの情夫なんだからな。どうだった? 昨日の夜は」
そう言うとベラはニヤリと笑う。
ボルドは思わず言葉を詰まらせて口ごもるが、ベラは構わずに彼の手を引いて天幕から連れ出す。
「ブリジットからの正式な命令でおまえを儀場へ連れて行く。ま、気楽に構えな。儀式ったって大したことはねえ」
そう言うと戸惑うボルドの手を引き、ベラは歩きながら色々と知っていることを話して聞かせた。
このダニアの長たるブリジットは18歳になるまで性交を許されていない。
それは女性として筋肉や身体能力が成長する期間であるこの時期までに、徹底して体を鍛え上げ、武術に優れた人物となるためだ。
「ブリジットはダニアの女の中で一番強くなくちゃならねえ。そのためには訓練訓練また訓練の毎日さ。男にかまけてる暇はねえんだ。実際、ブリジットはその訓練と実戦のおかげで今や誰よりも強い。あたしらダニアの戦士は弱い女には従わねえからな」
武術の実力で他者を圧倒できぬものにブリジットたる資格はない。
他の女戦士たちに比べるとブリジットは背も低く体も小さいように思えたが、それでも彼女に敵う者はいないという。
「けど処女の割にブリジットはなかなかすごかったろ?」
ベラはニヤリと笑い、ボルドをじっと見つめる。
ボルドは昨夜のことを思い返し、思わず目を逸らした。
それに構わずにベラは饒舌に語り続ける。
「ブリジットが受ける訓練は武術だけじゃねえ。夜の訓練も受けるんだよ。教官役の女が男を抱くところを実際にその目で見るんだ。かなり事細かな指導だから、ブリジットも男の扱いに関しちゃ手順を心得てるんだよ。ダニアの女たるもの武術に優れただけじゃ半人前、男を満足に抱けてようやく一人前ってもんだからな」
そう言うとベラは快活に笑い声を上げた。
その話にボルドは眩暈を覚える。
他の女の情事を見せられる気分というのは彼には想像すらつかない。
「けど、見るのと実際にヤるのとじゃ大違いだから、昨夜はブリジットも余裕がなかっただろ? ま、おまえの方が遥かに余裕無かっただろうから気付かなかったか」
ボルドは昨夜のブリジットのわずかに緊張で強張った表情を思い出した。
女王たる威厳に満ちた女性だったが、あの瞬間だけは未知なるものを恐れる者の顔をしていたことが印象深かった。
「そうだ。色々と細かいことは後から小姓たちが説明するだろうけど、先に大事なことを言っておかねえとな」
ベラはそう言うと周りを見るようにボルドに促す。
そこで初めて彼は気付いた。
集落の中を歩くボルドのことをダニアの女たちがジロジロと見ていることに。
「お~お~。女たちが色めきたってやがるよ。おまえカワイイ顔してるもんな。この時期は順路的にあまり人数の多い集落から略奪が出来ねえから、皆、男日照りが続いて飢えてんだ。おまえのいた隊商も傭兵以外はジジイばっかりで若い男がいなかったからなぁ」
彼女の話によればダニアの女戦士たちは集落や隊商を襲う時に、若い男を情夫としてさらってくることがあるという。
戦いながら大陸を流れる女戦士たちにとって、情夫との情事は数少ない娯楽なのだ。
「けどな、おまえはブリジットの情夫だ。他の女とヤるなよ? ブリジットの情夫はブリジット以外の女とは関係を持てねえ。持ったら問答無用で斬首刑だ。もちろん切り取られるのは首だけじゃねえぞ」
そう言うとベラはボルドの下半身を指差した。
思わず腰を引いてすくみ上がるボルドにベラは楽しげに笑い声を上げた。
「ハッハッハ。ま、ブリジットの情夫と姦通すれば問答無用でその女も死罪だ。そんなバカな女はいねえだろうけどな。けど、男に飢えたウチの女どもは理性を失くすこともあるからなぁ。情夫の取り合いで殺し合いのケンカなんてのも年に何度もある話さ。気をつけろよ。ボルド。他の女にちょっかい出されそうになったら悲鳴でもあげな」
そう言ってニッと笑うとボルドの手を引くベラは立ち止まった。
「さて、儀式の場に着いたぞ。愛しのブリジットとご対面だ」
ボルドの目の前に設けられたこの集落で最も大きな天幕は、ブリジットとその側近たちが執務を行う大本営だった。