第58話 『脱出!』
「ピィッ!」
ソニアの首を狙って一撃を放ったリネットだが、突如として舞い込んできた鳶に邪魔をされてわずかに動きが鈍った。
その隙を見逃さずソニアは思い切りリネットを蹴りつける。
「ぐうっ!」
リネットは咄嗟に両腕で体を守るが、体格では遥かに勝るソニアの蹴りに大きく飛ばされて天幕を突き破った。
その衝撃で天幕が崩れ始める。
先ほどからソニアが暴れているせいで天幕内部の支柱が脆くなっていたところに、今のがトドメとなったようだった。
「チッ!」
立ち上がったベラと、ボルドを抱えたソニアはそれぞれ槍と斧を振るい、落ちてくる天幕を切り裂いて外に出た。
すると外では先ほど天幕から逃げ出した2人の女が倒れている。
2人とも頭に矢が刺さって即死のようだった。
「裸で外に出るなんて。はしたない」
「恥じらい捨てたらダメでしょ」
そう言って石弓を構えるナタリーとナタリアは、天幕から飛び出して来た華隊の女を射殺したところだった。
そして彼女たちの後ろにはアデラが控えている。
さっきリネットの眼前に躍り出た鳶は、アデラの腕に止まった。
「助かったぜ。アデラ」
ベラは3人を一瞥してそう言うと、油断なく槍を構えた。
周囲にはムクドリたちが飛び交っていて、分家の女たちがそれを駆除するべく武器を振るいながらベラたちに近付いてくる。
「こいつを連れて先に離脱しろ」
ソニアはそう言って双子にボルドを預けると、重厚な両手斧を構えた。
ベラとソニアの視線の先では、倒れた天幕を踏み越えて近付いてくるリネットの姿があった。
リネットは双子とアデラを見て目を細める。
「ああ。顔だけは見たことがあるな。そいつらか。ブリジットの隠し玉は」
ボルドの身柄を受け取ったナタリーの隣でナタリアとアデラが目を見開く。
リネットには直接面識のない3人だが、ベテラン戦士の裏切りは彼女たちにも衝撃を与えていた。
アデラが乾いた声を漏らす。
「本当にリネットさんが……」
そんな3人をベラが一喝する。
「ボサッとすんな! アタシとソニアでリネットをやる! おまえら3人は死に物狂いでボルドを守ってここから逃がせ!」
馬車でここまで突っ切ってきた一行だが、もうのんびりしている時間は無い。
ブリジットが丘の前方で単身馬車から飛び降りて残っているため、人がそちらに引きつけられてこの丘の後方は手薄になっていた。
それでも激走する馬車を追いかけて、飛び交うムクドリに邪魔されながらも懸命に向かって来る戦士の一団は、いよいよ目前まで迫っていた。
馬車の御者2人はそれぞれ武器を手に警戒の表情を浮かべて身構えているが、囲まれてしまえば多勢に無勢だ。
そうなる前に早々にここを立ち去らねば最悪、全滅の憂き目にあう。
ナタリーはボルドを馬車の荷台に乗せ、自らも乗り込むと石弓を手に取った。
続いてナタリアとアデラも馬車に乗り込む。
分家の女たちは走りながら矢を放ってくるが、それらは飛び交うムクドリたちに当たって軌道が変わり、馬車までは届かない。
「ハアッ!」
御者の女たちも御者台に飛び乗るとすぐに鞭を入れて馬を走らせた。
馬車は丘の向こう側へと駆け下りていく。
ここまで来れば敵の姿はもうない。
遠ざかるベラとソニアの姿を、ボルドは荷台から不安げに見つめた。
2人はリネットとの戦いを再開するが、その後方からは分家の女たちが迫っている。
ボルドは初めて見るアデラたち3人を振り返って尋ねた。
「ブリジットは?」
「今……1人で分家の女たちと戦っています」
そう言うとアデラは唇を噛み締めた。
ボルドは愕然とする。
自分を助けるためにやってきたブリジットは敵陣の真っ只中に1人取り残されている。
そしてベラとソニアも離脱の見込みは薄い。
(私を助けるために……これで、これでいいのか?)
ボルドは震える拳を握り締め、焦燥感に駆り立てられながら遠ざかる丘を見つめた。
その胸にはどうしようもない憂慮と自責の念が黒雲となって渦巻いていた。




