第54話 『対峙する2人』
「ハアッ! 行けっ! 進め進め!」
ムクドリが飛び交う中、2頭の馬が恐れて取り乱さぬよう御者の女たちは懸命に馬に鞭を入れる。
いよいよ丘を登り切った馬車はそのまま丘の上を突っ切っていった。
ブリジットの背に守られたアデラは目を凝らし、自分が事前に放っておいた鴉たちが一番奥の天幕に取り付いているのを確認する。
奥の里を出発する前、あの鴉たちには先代ブリジットの私室に残されていた情夫バイロンの肖像画を記憶させた。
鴉は嗅覚は鈍いが視覚と記憶力は優れている。
肖像画に描かれたバイロンの頭髪の黒さをアデラがよく覚え込ませたのだ。
黒髪は珍しい。
ボルドがいればすぐに鴉は気が付く。
そして鴉たちは天幕を手前から一つずつ回りボルドの不在を確認した上で、上空の鳶たちに知らせていたのだ。
それを受けた鳶はボルド不在の天幕の上空を旋回し、双子の弓兵ナタリーとナタリアに座標を伝えていた。
誤射でボルドを殺してしまう危険性を極力低くしておきたかったからだ。
「一番奥の天幕です。あそこにボルドさんがいます!」
その声にブリジットは戦意を漲らせた。
行く手には馬車の突進を止めようと長槍でこちらを狙う分家の戦士らが待ち構えている。
だが、そこにナタリーとナタリアの2人が巨大矢を打ち込んだ。
「吹き飛べっ!」
射出された巨大矢は分家の戦士の一団を吹き飛ばすが、巨大矢には連射性がない。
そこで双子を狙って分家の女たちから次々と矢が射かけられた。
それをベラとソニアが手にした武器でひたすらに弾き落とす。
「さっさと次の矢を用意しろ!」
ベラの怒声を受けた双子だが、悪びれることなく両手をヒラヒラとさせる。
「もう矢がありませ~ん」
「弾切れで~す」
すでに馬車に積んでいた巨大矢はすべて射尽くされていた。
元より巨大矢の制作には時間がかかり、なおかつ今回は緊急招集だったために双子は今ある分だけを持ってきたのだ。
「はあっ? ふざけんな! こんな時に!」
怒りの声を上げるベラをよそにナタリーとナタリアは馬車の荷台に積んでいた石弓を拾い上げ、それで次々と敵を射ていく。
その腕は正確で、一射ごとに敵は頭や首に矢を突き立てられて倒されていった。
だが分家の女戦士らもそう甘くはない。
彼女たちはまずは馬を止めるべく手槍を馬たちに向けて投げつけた。
矢と違ってそれらは重く、油を塗った金属鎧で覆われた馬の体に弾かれるものの、ガツンという衝撃で馬たちが嘶いてよろける。
そのせいで馬車は激しく揺れた。
「うおっ!」
「くそっ!」
振り落とされないように皆が必死に馬車にしがみつく中、ブリジットだけは身軽に宙を舞って着地する。
それを見た分家の戦士たちが殺気立った。
敵の大将首が目の前に降りて来たのだ。
手柄を上げる絶好の機会とばかりに4人の戦士が先んじて武器を手にブリジットに襲いかかった。
だが、その勇猛さが彼女らの死期を早める。
「フンッ!」
ブリジットが腰を落として前方に軽く飛ぶだけで、その体が矢のように宙を舞い、一瞬で戦士たちの間合いに入り込んだのだ。
それに反応できない彼女たちの首をブリジットは次々と剣で斬り裂いていく。
4人の女戦士らは首を深く斬り裂かれて大量の血しぶきをまき散らしながら、その場に倒れて死んだ。
その圧倒的な力を前にして敵が怯むのを見たブリジットは前方へと進んでいく馬車に向かって叫ぶ。
「そのまま奥まで突き進め!」
「ブリジット!」
ブリジットの身を案じてソニアが馬車の上から叫んだが、ブリジットはそんな彼女に背を向けて剣を天へと掲げた。
そして周囲を取り囲む敵に向かって朗々と声を張り上げる。
「我こそはダニア本家の第7代ブリジットなり! 分家の者どもよ。この首欲しくば臆さず向かって来るがいい。ただし!」
ムクドリたちが騒ぐ声に負けずにそう言うと、ブリジットは剣をブンッと鋭く振り下ろしてその切っ先を敵に向ける。
「我が情夫をかどわかした咎により一切の容赦はせぬ。楽に死ねると思うな!」
そう言うとブリジットは鋭い眼光で周囲に睨みを利かせた。
その迫力に分家の女たちは息を飲み、武器を握り締めるものの、誰1人として一歩を踏み出すことが出来ずにいた。
先ほどのブリジットの動きを見ただけで彼女たちには分かったのだ。
異常筋力を誇るブリジットに向かって行っても、自分たちの力量では一瞬で斬り殺されてしまうと。
だが、そこで事態は急変した。
ブリジットに向かって猛烈な勢いで駆け寄ってきた人物によって、飛び交うムクドリたちが次々と地面に叩き落とされていく。
ムクドリを薙ぎ払ったその人物は宙に踊り、ブリジットの頭上から襲いかかって来た。
「ハアッ!」
「むうっ!」
その人物が気合いの声と共に一閃させた刃を剣で受け止めたブリジットは、その思わぬ力強さに顔をしかめた。
その人物は身軽に後方に飛び退くと、その銀髪を振り乱し、左右の手に握った短剣を構えてブリジットと対峙した。
「おまえの相手はワタシだ。ブリジット」
そう言ってブリジットの前に立ちはだかったのは、銀髪の血族・バーサだった。




