第53話 『鳥』
巨大な矢が唸りを上げて飛来し、轟音を立てて天幕を破壊していく。
天幕の中で休んでいた分家の女戦士たちが哀れにもその餌食となった。
体を貫かれて即死する者。
腕や足を削ぎ取られて悶絶する者。
被害者が続出し、現場は戦々恐々とした雰囲気に包まれる。
「あんな攻撃はアタシも知らん」
そう言って上空を警戒するリネットに並び立つバーサは舌打ちをした。
「どれだけ矢の数があるのか分からんが、あれを連発されたらどうしようもない。しかし奴ら、ボルドごと吹き飛ばす気か?」
眉を潜めてバーサは後方を振り返る。
華隊の女たちが情夫ボルドを攻め立てているのは一番後方の天幕だ。
もしあそこに矢が突っ込んだりしたら皆ただでは済まない。
そんなことになれば情夫を助けに来たはずのブリジットにとっては本末転倒だろう。
だが、こうしている間にも巨大な矢は次々と降り注ぎ、天幕を破壊し、戦士たちを殺戮していく。
そこでバーサはハッとして直感的に頭上を見上げた。
この丘の上空かなりの高度のところに数羽の鳶が旋回していたのだ。
「鳶……そういうことか」
そう言うとバーサは自分の天幕の中へと飛び込み、そこから長弓と矢筒を携えて飛び出してきた。
そんなバーサの真正面から巨大な矢が迫る。
「バーサ!」
リネットが声を上げると同時にバーサは鋭く地面を蹴って軽やかに跳躍し、矢をかわした。
そして地面に降り立つと、上空に向けて矢を番える。
「上に照準器役の奴がいる」
バーサの言葉に頭上を見上げたリネットはそれを理解した。
数羽の鳶が旋回している
それは気ままに飛んでいるように見えるが、少しずつ位置をずらして飛ぶその旋回飛行には明らかな意図を感じた。
バーサの言う通り、鳶たちはあの巨大矢の射手にこちらの位置を知らせている。
しかしボルドがどこにいるのか分からなければ誤射してしまう危険性があるはずだとリネットは疑問に思った。
だが彼女は後方の天幕を振り返ってすぐに気が付いた。
数羽の黒い鴉がいくつかの天幕の周りを探る様に飛んでいる。
鴉は鳶隊が扱う鳥類の中で最も知能の発達した鳥だ。
その鴉のうち1羽がボルドのいる天幕の中を覗き込むと、大きく鳴き声を上げた。
それを見たリネットは反射的に叫ぶ。
「ボルドのいる天幕が探り当てられたぞ!」
「チッ。まずは上にいる奴を撃ち落としてからだ!」
そう吐き捨ててバーサが狙いをつけて弓弦を引いたその時だった。
奇妙な抑揚のある口笛が響き渡ったかと思うと、どこからから大量の黒い影が現れて空を覆い始めた。
「なにっ?」
狙っていた鳶の姿を黒だかりに隠されてバーサは思わず苛立ちの声を上げる。
上空を覆うそれはおびただしい数の鳥だった。
そしてその鳴き声は暴力的な騒音となって辺りを包み込む。
さらに鳥たちは一気に高度を下げ、地上付近を飛び交い始めた。
「くっ!」
近付いてきたそれがムクドリの大群だと分かるとリネットは唇を噛んだ。
ムクドリは集合性の強い鳥で、こうして敵地に送り込めれば現場を大混乱に陥れることが出来る。
そんなことが可能ならば敵を撹乱するのに大いに役立つだろうと以前に鳶隊の者たちが話していたのを聞いたことがある。
だが、それを実用化するのはほぼ不可能だとも彼女たちは言っていた。
大量のムクドリを操るなどというのは非現実的だからだ。
だが、それが実際に目の前でこうして現実として起きている。
それを出来る人材をブリジットが用意したということだ。
実際、体の周囲を飛び交う大量の鳥たちに分家の女たちは困惑していた。
そしてそのけたたましい鳴き声が何百何千と重なるせいで、他人の声が聞こえにくくなり仲間同士のコミュニケーションに支障が出る。
視覚と聴覚を著しく阻害されたこの状況では、戦いへの集中力も散漫になりがちだ。
同士討ちの危険性もある。
リネットの懸念と同じことを感じていたのか、バーサは苛立ちを喉の奥に押し込めるように唸ると、弓矢をその場に放り捨てた。
「考えたな。ブリジット」
前方ではブリジットらの乗る馬車がいよいよ丘の上に到達したようで、分家の戦士らと争う様子が無数のムクドリたちの合間に見え隠れしていた。
意を決したバーサは腰から2本の短剣を抜き放つとリネットに告げる。
「リネット。おまえは今すぐボルドの元へ向かえ。そして華隊の女たちに伝えろ。方針の再変更だとな。傷ものになった情夫をブリジットに見せつけてやる。今すぐに……ボルドを犯れ」




