↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第一部【ブリジットの章】  作者: 枕崎 純之助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/101

第50話 『4年前の追憶』

 地面に点々と続く血痕《けっこん》を頼りに、リネットは慎重な足取りで追跡を続ける。

 彼女が追っている相手は、ブリジットに片腕を斬り落とされて敗走中のベアトリスだ。

 リネットは彼女を追跡する任務を命じられたわけではない。

 今、ブリジットは情夫バイロンの誘拐《ゆうかい》事件のせいで命令を下せる精神状態ではなかった。

  

 ベアトリスの追跡はリネット自身の判断だ。

 本家を危機に陥《おちい》らせた彼女を捕縛あるいは殺害するためだった。


「裏切り者は許さん」


 そう呟《つぶや》くとリネットは慎重に相手との距離を保ちながら足を進めていく。

 近付き過ぎてもいけない。

 重い手負いの相手とはいえ、ベアトリスは分家の女王クローディアの実妹だ。

 異常筋力による戦闘能力はブリジットに匹敵するほどであり、リネットが勝てる相手ではない。

 だが……。


「これでは長くは持つまい」


 地面に続いている血痕《けっこん》を見る限り、出血量は相当なものだった。

 片腕を斬り落とされているのだから無理もない。

 いかに応急的な止血処理を施《ほどこ》そうと、この様子ではすぐに失血死するだろう。

 ならば死ぬのを見届けてから、死体をブリジットの元へ持ち帰るほうが簡単で安全だ。


 そう考えたリネットの耳に水音が聞こえてくる。

 少し行くと、森の奥から流れてきた渓流《けいりゅう》が一時的に貯《た》まる池が木々の間から見えてきた。

 その池のほとりの大きな岩の上に身を横たえているベアトリスの姿が見える。

 斬り落とされた腕の切断面からおびただしい量の血が溢《あふ》れ出し、彼女が身を横たえている平たい岩を赤く染めていた。


 ベアトリスは虚《うつ》ろな目で宙を見つめたまま、時折わずかに身じろぎするのが精一杯のようだった。

 リネットは木陰《こかげ》に身を隠し、彼女がそのまま息絶えるのを見守ることに決めた。

 だが……。


「そこにいるのは……リネットか」


 ベアトリスは宙を見つめたまま、掠《かす》れた弱々しい声でそう言った。

 気付かれている。

 リネットはベアトリスの勘の鋭さに内心で舌を巻いた。

 おそらく追跡している時から気付かれていたのだろう。


 リネットは静かに木陰《こかげ》から姿を現すと、油断せず身構えたまま十分な距離を保ってベアトリスに視線を送った。

 そんなリネットを見てベアトリスは弱々しく笑う。


「やはりか……。見事な追跡だったから、おまえだと思ったよ。リネット」

「……なぜブリジットを裏切った? あれほど献身的だったあなたが」


 リネットには理解が出来なかった。

 ベアトリスは分家出身者でありながら、本家のために多くの貢献をしてきた。

 それがなぜ今になって……。


「……このままではダニアは滅びる。本家も分家もな」

「何だって?」


 眉《まゆ》を潜めるリネットにベアトリスは苦しげに息をつきながら語った。


「おまえも知っているだろう? ここ数年で公国は急激に力をつけてきた。王国はそのことに危機感を抱き、我ら分家を急先鋒に据《す》え、苛烈《かれつ》な戦を公国に仕掛けようとしているのだ」

「戦を……」


 公国の件はリネットもすでに知っていたが、王国が戦を仕掛けようとしていることはリネットには初耳だった。

 西の王国と東の公国の戦が起きれば、ダニア本家が主に活動している公国西部は戦火の真っただ中となる。

 本家も戦に巻き込まれ、その被害は致命的なものになるだろう。

 ベアトリスは静かに目を閉じると話を続ける。

 

「その戦の結果を見ることなく我らは滅びるだろう。公国の戦力を大きく削《そ》ぐのと引き換えにな。それを避けるために、我らのクローディアは王に進言した。本家と分家の2派に分かれたダニアを統合して戦力を整えるまで待つべきだと」


 ダニアを統合する。

 それはベアトリスが本家の者たちに吹聴《ふいちょう》し、内部分裂を促《うなが》した甘言《かんげん》だ。

 

「世迷言《よまいごと》を……」

「それだけではない。同時にクローディアの血族を増やし、将来に渡って戦力を充実させることも重要だと王を説《と》き伏せた。そのためにクローディアはまだ成人前の娘であるレジーナに次代の女王を任せ、自らは王に輿入《こしい》れすることと引き換えに、王国側に戦の開始を数年待たせることに成功したのだ」

「なっ……」


 その話にリネットは絶句した。

 にわかには信じ難《がた》い話だった。

 

「クローディアが……王に輿入《こしい》れだと?」

「そうだ。女王としての誇りも何もかなぐり捨てて、王の妾《めかけ》となる道を選んだのだ。王も自らの血すじにクローディアの血を混ぜることが出来るのは僥倖《ぎょうこう》と思ったのだろう。話はまとまり、先代は今すでに王の子を身ごもっている」


 リネットは知らず知らずのうちに拳を強く握りしめ、声を震わせて言った。  


「馬鹿な……女王の身でありながら自分を売ったというのか?」

「それもこれも全ては一族を守るためだ。貴様らのブリジットにそのような真似《まね》が出来るか? 無理だろうな。情夫1人にかまけているような身勝手な女だ。我が姉クローディアこそが……真にダニアの未来を思う女王なのだ。リネット……おまえならばダニアをどうする? ダニアの未来をどう……」


 それだけ言うとベアトリスは体を震わせる。

 すでにその目は光を失い、リネットを映してはいないようだ。

 いよいよ死が目前に近付き、ベアトリスの意識は混濁《こんだく》とし始めた。

 その口からここにはいない娘の名が漏《も》れ出る。

 

「バーサ……母はここで死ぬ。だが、ダニアは決して滅びぬ。バーサ……ダニアの未来を……頼む」


 そう言ったきりベアトリスは事切れた。

 リネットはその亡骸《なきがら》を見つめたまましばらく動けずにいた。

 ベアトリスの言葉と自らの胸の憂慮《ゆうりょ》が絡《から》み合い、彼女の身の内でグルグルと激しく渦《うず》を巻き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。