第45話 『調教』
「着いたぞ。降りろ」
顔全体を覆っていた麻袋を剥ぎ取られると、急激な眩しさに襲われて思わずボルドは目を閉じた。
目蓋の向こう側が真っ白に染まっている。
川の下流で小舟から降ろされたボルドは、岸で待っていた馬車に乗せられた途端、顔に麻袋を被せられて視界を塞がれた。
どこか遠くで鳶がピョロロロと鳴く声を聞きながら馬車に揺られること一時間ほどで、一行は目的地に到着した。
馬車から降ろされたボルドは目をしばたかせながら、背中を女戦士に押されるまま歩いた。
うっすらと目を開けると目の前には先導して歩くバーサの背中が見える。
徐々に目が慣れてくると、そこは小高い丘の上であり、いくつもの天幕が張られていた。
ダニア特有の屋外での滞在を繰り返すためのしっかりとした天幕だった。
ついこの前まで過ごしていたはずのその天幕が妙に懐かしく感じる。
そんなことを思いながら天幕の間を歩かされるボルドに無数の視線が向けられていた。
天幕の周りには幾人ものダニアの女たちが立ち並び、ボルドを好奇の目で見つめている。
中には明らかに好色の目を向けて口笛を吹く女もいた。
分家の女たちだ。
見た目も態度も本家の女たちとまったく変わらず、ボルドは気持ちが混乱するのを覚えた。
本家に戻ってきたように錯覚してしまうが、誰もかれも見たことのない顔ばかりだ。
当然だろう。
ここはボルドにとって敵地だ。
彼は必死に気を引き締め、全身を舐めるように向けられる視線を一切無視して歩き続ける。
そしてここに来る途中でバーサが言っていた言葉を思い返す。
― 貴様は我が一族に黒髪の子孫を増やすための種馬となるのだ。ボルド ―
ボルドは自分でも驚くほどその言葉に腹を立てていた。
自尊心など皆無だった奴隷時代ならば、そんな非現実的なことを言われたところで怒ることはなかっただろう。
だが、今の自分はブリジットが拾ってくれて身なりと健康を整えてくれたからこそあるものだ。
それを分家の勝手な都合で種馬扱いされてしまうことが本当に腹立たしかった。
(ブリジット……)
ボルドは胸の中で彼女の名を呟いた。
彼女の元へ帰りたかった。
だが、こうして敵地に囚われてしまったことで、それはもう二度と叶わぬこととなってしまった。
ここから逃げ出して奥の里に帰りたくとも、ここがどこであるか分からないし、屈強な分家の女たちの手から逃れる術などボルドにはありはしない。
ボルドは今自分に出来ることはほとんどないことを悟り、とにかく努めて冷静に周囲の状況を窺った。
どこかに逃げ出すチャンスがないかと周囲に目を配る。
だが、そんなことはお見通しとばかりに、前を行くバーサが振り返った。
「無駄なことはやめておけ。貴様がここから逃げられる可能性は万に一つもない。それより貴様には今から早速一仕事してもらうぞ」
そう言うとバーサはボルドの腕をグイッと掴み、すぐ近くにある天幕の中へと投げ入れる。
「あっ!」
強い力で投げ込まれて、ボルドは思わずよろめきながら天幕の入口にかけられた布の向こう側へ倒れ込んだ。
すると天幕の中は地面に柔らかな絨毯が敷かれていて、甘い香の匂いが漂っていた。
倒れ込んだボルドがハッとして顔を上げると、そこには数名の女たちが思い思いの格好でくつろいでいる。
皆、一様に赤髪に褐色肌のダニアの女たちだが、外にいる女戦士たちとはまるで趣きが違った。
目の前にいる彼女たちは背こそ高いが、戦士たちのようにその体は筋肉に覆われてはおらず、柔らかそうな肉体としなやかな四肢を持っていた。
奴隷時代に隊商主たちが娼婦を呼ぶのを見たことがあるが、その娼婦たちに近い。
身に付けている衣も薄く、肌の露出が多いものだった。
彼女たちは突然飛び込んできたボルドを見て目を丸くしている。
そこにバーサが入ってきた。
「邪魔するぞ」
バーサが現れると彼女たちは静かに居住まいを正した。
「バーサ。どうされたのですか? このような場所に。その坊やは?」
「聞いて驚くなよ。こいつはボルド。あのブリジットの情夫だ」
その言葉に女たちは驚いて目を見開くが、ボルドの黒髪を見て全員が色めき立つ。
「え? ブリジットの情夫?」
「黒髪ってことは、この坊やを種馬に?」
「ブリジットの情夫が種馬って。笑えますね」
女たちは口々にそう言うと笑い声を上げる。
それを受けてバーサはニヤリと笑みを浮かべ、ボルドを絨毯に押し付けると小刀で彼の衣服を切り裂いていく。
ボルドは必死に抵抗をするが、バーサの力には敵わない。
「こよなく愛した情夫が種馬にされると知ったら、ブリジットは怒り狂って泣き叫ぶかもな」
「うぅ……や、やめろ」
そう呻くボルドを無視してバーサはズタズタになった彼の衣服を乱暴に剥ぎ取る。
そしてあられもない姿となったボルドを絨毯に押し付けたまま女たちに命じた。
「おまえらにはこいつの調教を任せる。しっかりとした種馬に育ててやってくれ」
その言葉を聞いた女たちは生唾を飲み込み、その目に妖艶な光を宿らせるのだった。




