第44話 『捜索隊の結成』
「あの……ブリジット。なぜアタシを?」
まだ15歳のアデラは短い前髪を指でせわしなくいじりながら、おどおどとした表情でブリジットを見上げてそう言った。
鳶隊のアデラ。
ダニアの女戦士としては体が小さく、筋肉はしっかりついているが全体的には線も細い。
まだ数カ月前に成人したばかりの彼女は、つい昨年までこの奥の里で訓練をしていた新人だ。
「ビクビクすんな。アデラ。おまえもダニアの女だろ。シャキッとしろ」
「は、はいっ!」
ブリジットの背後に立つベラにそう言われてアデラは反射的に背すじを伸ばした。
そんなアデラの肩にポンと手を置いてブリジットは言う。
「おまえの鳶隊としての能力をアタシが買っているからだ」
ブリジットは自らが即位してから新人の中で目ぼしい人材については把握していた。
自分の目で見て確認した人材でなければ適材適所の配置ができないと考えたからだ。
ダニアに生まれた女たちは皆、頑健だが、それでも能力には個人差が出る。
ベラやソニアのように体が大きく、武器を使った近接戦闘が得意な者ばかりではない。
逆にアデラにはベラやソニアにはない能力がある。
鳶隊というのは鳶や鷹などの鳥を使って様々な情報を得る諜報部隊だ。
彼女は鳶隊に所属する者の中で一番若い。
そして鳥を扱う腕前はその若さに似合わず高い技術に恵まれていた。
「おまえたちに関してもそうだ。ナタリー。ナタリア」
そう言うとブリジットは背後を振り返る。
そこには背中に長弓を背負った2人の女戦士が立っていた。
その2人はブリジットと同じくらいの背丈で共にアデラと同じ15歳なのだが、双子の姉妹であるため2人ともまったく同じ顔をしていた。
「え~と、どっちがナタリーでどっちがナタリアだ?」
ベラが2人を見比べて、ややこしそうに眉を潜める。
共に長い赤髪を後ろで一つにまとめたナタリーとナタリアの2人は、アデラとは違ってふてぶてしい面構えでベラの質問に答えた。
「どうせ。教えても後になったら見分けつかないから無駄ですよベラ先輩」
「そうそう。時間と労力の無駄。二回同じこと聞かれるの、かったるいんですよね」
後輩のぞんざいな態度に、ベラは苛立ちを隠さずにブリジットを振り返る。
「……ブリジット。こいつら生意気だからぶん殴っていいか?」
「黙っていろベラ。この3人の実力はアタシがこの目で見て確認済みだ。それに3人はこの作戦に同行させるに当たって重要な条件を兼ね備えている」
そう言うとブリジットは3人に目を向ける。
「3人ともリネットと面識がない」
ダニアの中にはベラやソニアのようにリネットから直接教えを受けた者は多いが、役割上、リネットとは関わりの無い者もいる。
鳶隊のアデラや弓兵部隊所属のナタリーとナタリアは近接戦闘への基本訓練こそ受けているが、彼女らの任務の特殊性から、リネットが直接教えることはなかった。
「リネットの息がかかってない者のほうがいい。あいつはアタシらが追跡することを読んで、待ち構えているだろうからな」
「なるほどな。裏をかくにはリネットが深く知らない人材がいたほうがいいってわけか」
ブリジットとベラの会話を聞きながら、アデラは目を白黒させる。
「ほ、本当にリネットさんが裏切ったのですか?」
アデラ自身、リネットとは直接面識がないが、その名は当然のように知っている。
そしてリネットがダニアの者たちからどのような高評価を受けているかも。
だからこそリネットの反逆の可能性はにわかには信じ難かったようだ。
ブリジットは泰然とした顔で頷く。
「状況証拠からその可能性が高い、というだけだがな。だが、そのつもりでいろ。あいつを敵に回す以上、こちらも死を覚悟してかかれ」
ブリジットの言葉にアデラは顔を引きつらせる。
対照的にナタリーとナタリアの双子は好戦的には唇の端を吊り上げて笑った。
「で、リネットを見かけたら矢でぶち殺していいんですかね」
「頭を一発で射抜けばリネットだろうがイチコロですからね」
そんな2人にブリジットは首を横に振る。
「いや、リネットは生かして捕らえる。狙うなら足を狙え。それ以外の敵は容赦なく頭を射抜いてぶち殺してやれ」
ブリジットの言葉に双子は笑みを深くして、互いの手を打ち鳴らした。
その様子を見ながらブリジットはイマイチ釈然としていないアデラに目をやる。
彼女の疑問はもっともだ。
あのリネットがダニアを抜けて反逆を企てるからには、何か大きな理由があるはずだ。
おそらく分家と組むことでそこに何らかの大義を見出しているはずだ。
リネットほどの人物が金や地位で買収されるとは思えない。
もちろんどんな理由があろうと、ボルドを連れ去り、奥の里への襲撃に加担したとなれば許すことは出来ない。
だが、リネットが抱える思いを想像すらしないままでは、何か大きな落とし穴にハマる。
そんな気がしていた。
「出立は一時間後だ。死ぬかもしれんから、各自家族には挨拶をしておけ」
すでに家族と呼べる者を失ってしまったブリジットの言葉に、その心中を思ってベラとソニアはわずかに顔を歪めた。
そしてこれ以上の苦痛をブリジットに与えぬよう、何としてもボルドを見つけ出すという強い決意が2人の胸に宿る。
この日の午後、ダニアの本隊を奥の里防衛のために期間延長して滞在させ、ブリジット自身は少数の仲間たちと共にボルドの捜索へと出立したのだった。




