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第43話 『友への誓い』

「こちらです」


 部下の案内を受けてブリジットは急ぎ足で林の中を進んでいく。

 すぐ後ろにはベラとソニアが付き従っていた。

 

 奥の里の敷地しきち内にある林を進むと、やがて防壁に突き当たる。

 だがそこにたどり着く前に、林の中で2名の戦士たちが待ち受けていた。

 その足元には無惨むざんに殺された2人の戦士らの遺体が横たわっている。

 ブリジットはすぐにその遺体の元へしゃがみ込んだ。


「どうやらこの2名は荷車を引いていた人物と接触した模様です。その者を呼び止めようとして殺されたものと思われます」


 部下の説明を受けながらブリジットはその2名の遺体を見て思わずくちびるみ、拳を地面に打ちつけた。

 2名とも頭部を刃物で一刺しされて殺されている。

 おそらく抵抗する間もなく一撃で即死だったのだろう。

 後ろから遺体の傷をのぞき込んだベラとソニアも思わず息を飲んだ。


「こいつは……」

「人間を一撃でほうむり去るための正確な刺し傷だ。速やかに、そして静かに相手をむくろに変えるための暗殺術だな。2人とも、こういう傷痕きずあとを見たことがあるだろう」


 ブリジットの言葉にベラは苦い表情でうなづき、ソニアは押し殺したような声をしぼり出す。


「リネット……」


 かつてベラとソニアは戦場での実戦訓練としてリネットが実際に敵をほうむる場面を幾度いくども見せられた。

 彼女の手際てぎわは一言で言うなら「静かな殺人」だった。

 殺された相手は苦しむことなく一瞬で命を断ち切られる。

 自分が死んだことすら気付かなかったと思われるほど静かに。

 それは殺害と言うよりはそっと花をむような手際てぎわで、人というのはこんなにも簡単に死ぬのかとベラもソニアも戦慄せんりつを覚えたものだ。


「本当に……リネットなのか?」


 ベラが思わず口にしたその疑問と同じことを、この場にいる誰もが思っていた。

 リネットは誰よりもダニアのために尽くしてきた女だ。

 敵を暗殺するために様々な方法で手を汚してきた。

 同じダニアの仲間にすら言いたくないような汚れ仕事も行ってきたはずだ。


 そして彼女はベラとソニアのような若い戦士の教官としても尽力した。

 皆に怖がられながらも信頼されていたのは、彼女のそうした献身ぶりを皆が知っていたからだ。

 決して裏切ることのない人物のはずだ。

 だが現にリネットは姿を消した。


「決まったわけではない。だが、リネットの死体は見つかっていない。リネットが殺したであろう敵の死体も見つかっていない」


 仮にボルドを護衛中のリネットが敵に襲われたのなら、リネットは少なくとも相手を1人か2人は殺しただろう。

 そしてリネット自身が殺されたのならば彼女の死体があるはずだ。

 敵が彼女の死体を持ち帰る理由はない。

 そうなると考えられる可能性はふたつ。


「何らかの理由でリネットは無抵抗のままボルドと共に連れ去られた。あるいは……リネット自身がホルドを連れ去った」


 ブリジットの言葉にベラとソニアは拳を握りしめる。

 そんな2人にブリジットは厳然と告げた。


「真相は分からん。だが、今よりリネットは敵に回ったときもめいじろ。そうでなくばいざリネットと対峙たいじしたときに、この2名と同じ道をたどることになるぞ」


 そう言うとブリジットは哀れな2人の戦士の亡骸なきがらに短く黙祷もくとうささげげ、立ち上がる。


「ベラ、ソニア。リネット相手に本気でやり合って勝てるか?」


 ブリジットの言葉に2人は即答できなかった。

 リネットの教鞭きょうべんを受けていた頃とは違い、今の2人はすでに一人前だ。

 幾多の戦場で最前線に出て戦い、実戦経験を経てダニアの中でも指折りの戦士に成長した。

 一方のリネットは30歳間近となり、戦士としてはすでに肉体的なとうげを越えておとろえが進んでいる。

 体力勝負なら若い戦士を相手に勝ち目はないだろう。

 それでもベラとソニアは彼女を敵に回して必ず勝てるとは言い切れなかった。

 

 相手は百戦錬磨の暗殺者だ。

 互いに刃を構えていざ尋常じんじょうに勝負、というのならともかく、たとえばこんな林の中でリネットに背後から襲われて自分が生きていられるというイメージが湧かなかった。

 おそらく未熟な見習いだった頃から刷り込まれたリネットへの苦手意識というものも強く影響しているだろう。

 だが、ベラとソニアは顔を上げてハッとした。


 目の前ではただブリジットが静かに2人を見つめている。

 その顔はいつもの女王としてのブリジットのそれではない。

 ベラとソニアにとってブリジットはまだ今の半分の身長しかない頃から共に過ごし、かつてはライラという名で呼んだ友だ。

 だからこそ彼女はブリジットとなった今でも2人のことを誰よりも信頼してくれているとベラとソニアは常々感じていた。

 そして2人も彼女のためならば喜んで剣を手に死地に向かうことが出来ると心の底から思っていた。


 今その友が静かに自分たちを見つめている。 

 その目にはいつもと変わらぬ信頼が、揺らがずに宿っていた。

 それだけで十分だった。

 彼女が成人となる前の若干じゃっかん14歳でブリジットの座にいたその日に、ベラとソニアは何があってもブリジットを支えるとちかい合った。

 それは幼き日の幼き友のちかいとはいえ、今もまだ2人の胸に深く刻み込まれている。

 ベラとソニアは迷いと躊躇ためらいと恐れを振り払って拳を握り締め、目の前に突き出した。


「リネットがダニアに牙剥きばむくのなら、アタシがこの手であいつの息の根を止める」

「ブリジットを裏切る奴は誰であろうと許さない。たとえリネットでもね」


 2人の言葉にブリジットはうなづくと、両手を上げて2人と拳を合わせるのだった。

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