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第42話 『バーサの計画』

「戦争さ。ダニアは2つもいらない。我ら正統ダニアのみが新たな歴史をつむぐのだ」


 バーサは傲然ごうぜんとそう言い放った。

 その瞳には揺るぎない眼光が宿っていて、彼女の言葉と信念がいつわらざるものなのだとボルドに感じさせた。

 その眼光に気圧けおされながらボルドは必死に言葉をつむぎ出す。


「ブ、ブリジットたちとあなたたちとでは住んでいる土地も活動する範囲も異なります。分布が被らない以上、互いに食い合う必要はないはずです」


 分家の存在を知ってからボルドは小姓こしょうらから、彼らのことについて学んでいた。


「ほう。しっかりお勉強もしているというわけか。ならば教えてやろう。貴様の言う通り我らは王国、奴らは公国の領内を住処すみかにしている。公認非公認の差はあれどな。かつてブリジットが身勝手にも我らに通告してきた絶縁による不戦状態を継続しようと思えば出来るだろう」


 ブリジットの座にいたばかりの彼女が最初にしたことは、分家との手打ちだった。

 父を失うことになった分家の画策かくさくに、本来ならばブリジットはすぐにでも分家に攻め込んで滅ぼしてしまいたいほどに怒りを感じていたはずだ。

 それでも煮えくり返るハラワタを腹に抱えたまま耐え忍んだのは、内乱によって弱った本家の力を回復させるためだ。

 その時に分家との紛争に突入していたら、たとえ勝てたとしても再起できないほどのダメージを負っていただろう。

 ブリジットの英断だった。


「だが、それでは5年先は生きられても50年先に我らダニアを待つのは滅亡だ」

「滅亡?」


 バーサが言った我らとは本家と分家両方のことを指しているとボルドには分かった。


「そうだ。王国や公国から見ればしょせん我らダニアは少数民族。これまでは国同士のいざこざの間でうまく立ち回り生き延びてきたが、近年その均衡きんこうくずれつつある。公国は大陸の東側諸国と秘密裏ひみつりに同盟を結ぼうとしている。もしそれが成立すれば公国は背中を攻め込まれる心配をすることなく、西側の王国に攻め込むことが出来る。無論、その際には邪魔なダニアを殲滅せんめつしようとするだろう。奴らが本腰を上げて討伐とうばつに乗り出せば、ブリジットらは一夜で壊滅するぞ。いかにダニアの勇猛な女たちとはいえ、数の力には太刀打たちうち出来ぬ」


 小姓こしょうらの教育を受けてボルドもこの大陸の現状はある程度理解しているつもりだったが、バーサの話は初めて聞く事柄ことがらだった。


「そして我らも王国の後ろだてがあるとはいえ、しょせんは有事に最前線で戦うことを課せられた使い捨ての兵だ。公国の力が増せば王国は負ける。そうなれば一番最初に滅びるのは我らだ。だからな……ダニアは1つにまとまるべきなのだ」

「まとまる? それがあなたのねらいなのですか?」


 相手を滅ぼすのではなく、2つの勢力を1つにまとめる。


「そうだ。それは我が母の悲願にして当代のクローディアの目指す目標でもある」


 かつてベアトリスがやろうとして失敗した謀略ぼうりゃくを、娘であるバーサは真正面からぶつかって成しげようとしている。

 本家の勢力を吸収してダニアを統一する。

 そんなことが本当に可能なのかと思うボルドだが、バーサがそれを微塵みじんも疑っていないことは伝わってくる。


「ブ、ブリジットがそんなことを許すはずはありません」

「許してもらう必要などない。どのみちブリジットには死んでもらわねばならん。ダニアの女王は1人、我らがクローディアと決まっているからな」


 彼女の言葉にボルドは気色けしきばんだ。


「あなたたちの目論見もくろみは失敗に終わります。それに戦争することで互いに力をけずり合うなら、50年どころか10年後にはダニアは滅びます。そんな行為はおろかなことだと思わないのですか」


 そうまくしたてるボルドに船頭の女が不快そうに顔をゆがめるが、バーサはそれを手で制して笑い声を上げた。


「ハッハッハ。勇ましいな。ボルド。御主人様を思う貴様の忠誠心はなかなか好ましいぞ」


 そう言うとバーサはボルドのそばひざをつき、彼のあごをその手でグイッとつかむ。

 有無を言わせぬ力の強さにボルドは逃れることが出来ない。


「だがな……おまえには戦士の考えは理解できまい。ワタシらダニアは武力を何よりも尊ぶ民族だ。自分のほうが強いと思えば相手に従うことはない。初めから協力し合いましょうと手を握り合うことはないのだ。相手を叩き、力を見せつけることで従わせる。相手を自分より強いと認めれば、従う価値があると納得する。そうして序列をハッキリさせる必要があるのだ。野良犬のような我らにはな」


 バーサの母であるベアトリスもヨソ者でありながらその腕前を見せつけることで、本家の者たちに認められていったという。

 ボルドには分からない感覚だった。


「戦争によって一時的にはダニアの戦力はけずられるだろう。だが、2つの勢力が正統ダニアとして一本化すれば、繁栄はんえいの道が広がる。実際に我らはその一歩を踏み出し始めているのだ」


 そう言うとバーサはボルドのあごつかんだまま、その顔をマジマジと見つめた。


「ボルド。自分では分からんだろうが、貴様はなかなか愛らしい顔をしている。貴様のような男を好む女は我が一族にも多かろう。そしてその黒髪は貴重だ。黒髪の一族は海を越えた西の大陸からやって来て、この大陸の西端である王国に住み着いたという言い伝えがある。その者たちは皆、美しい顔立ちをしていたそうだ。男でも女でもな。美しさはそれだけで一つの財産であり武器だ。我らはダニア繁栄はんえいのためにその武器を増やそうと考えている。ボルド。貴様にはそのための重要な役割を課す」


 その言葉の意味を飲み込めずにまゆを潜めるボルドにバーサは告げた。

 至極端的しごくたんてきに。


「貴様は我が一族に黒髪の子孫を増やすための種馬となるのだ。ボルド」

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