第40話 『雨中の夜襲』
奥の里への襲撃は続いていた。
ブリジットは本邸前に天幕と椅子、机を並べただけの即席の陣を作り、そこに陣取ると各方面へ指示を飛ばした。
「年寄りと子供、それから小姓どもは絶対に家屋から外に出すな。それと戦士たちは敵を深追いせず、家屋の周囲で防御に徹するのだ」
奥の里には年老いて戦えない者や、まだ幼い者たちも少なくない。
そして逆に小姓らは数が少なく、彼らがいなくなってしまうと里の運営に支障が出る。
戦士たちは彼らを守る盾になる必要があった。
本陣前にはブリジットの傍らにベラやソニア、その他数名の戦士たちが控えていて本邸への襲撃に備えている。
時折、本陣に座るブリジットを狙ってどこからか矢が放たれた。
だが、すでに油断なき戦闘態勢に入っているブリジットはこれを何なく盾で防ぐと、逆に弓を手に取った。
「居場所を教えてくれるとは親切な輩だ」
そう言うとブリジットはすぐさま長弓に矢を番え、虚空の彼方へ狙いをつける。
ブリジットの能力は異常筋力だけではない。
視力、聴力などの五感を一時的に急激に引き上げることが出来るのだ。
彼女の目には今、ハッキリと映っていた。
夜陰に乗じて木の枝の上からブリジットを狙った射手の姿が。
「フンッ!」
ブリジットが放った金属の矢は猛烈な勢いで宙を切り裂き、一瞬で敵の射手の頭を貫ぬいた。
悲鳴は上がらなかった。
代わりに、首の無い死体が木の上から落ちて来てドサッと地面に横たわる。
矢の勢いが強過ぎて、相手の頭部を胴体から吹き飛ばしてしまったのだ。
「す、すげえな。ブリジット」
鬼気迫るブリジットの射撃に、さすがのベラもいつもの多弁は鳴りを潜めて息を飲む。
ブリジットは冷静だったが、敵を狩るその手腕はいつも以上の冴えを見せ、いつも以上に冷酷だった。
近くで見ているソニアはブリジットの静かな怒りをヒシヒシと感じて思わず肌が粟立つのを抑えられなかった。
だが、そうした凄みとは裏腹にブリジットの冷静な指示が功を奏し、分家の襲撃に対して本家は徐々に劣勢を跳ね返していった。
そして時間が経つにつれ、ブリジットの元へ寄せられる報告から、襲撃の全容が見えてきた。
襲撃してきたのは50名前後。
すでにそのうちの30名以上が死亡しているが、味方の被害も同程度。
外部からの増援は今のところなし。
「やっぱり狙いはボルドだったってことかよ」
思わずそう漏らすベラの脇腹をソニアが肘で小突く。
ベラは顔をしかめつつブリジットの表情を窺った。
ブリジットは一切の感情を表に出さず泰然としていたが、彼女もベラと同様の感想を得ていた。
分家の襲撃の規模からして、奥の里の全滅を狙ったものではなく、陽動ということは明らかだった。
何のための陽動か。
それは言うまでもなくボルドの誘拐のためだ。
「決めつけは禁物だぞベラ。状況を断定するにはまだ早い。敵の襲撃に対して気を緩めるな」
そう言ったブリジットだが、夜明けが近付くにつれ襲撃の勢いは急激に収まっていった。
そして明け方になる頃には徐々に雨も勢いを失い、雲が切れて空が明るくなっていく。
鳥のさえずりが響く静かな朝が奥の里に訪れる。
血なまぐさい襲撃は……ようやく終わった。
「敵兵54名の死体を確認。少数ですが外へ逃げた者もいたようです。追手を放っております」
「こちらの被害は?」
「死者45名。動けぬ重傷者は十数名に上ります」
味方のその報告にブリジットは静かに頷いた。
敵兵の襲撃規模に対して、こちらの死者も多い。
それだけ敵が実力者ぞろいだったということだ。
「捕虜は?」
「2名ほど捕らえましたが、すでに服毒していたらしく1名は死亡。もう1名も意識が混濁としております」
「手遅れかもしれんが解毒薬を施せ。生かせるものならば生かせ。敵の思惑通りにさせるな」
そう言うとブリジットは警戒態勢の継続とケガ人の治療などを指示する。
そんな彼女の元に捜索班からの伝令が届いた。
「西側の防壁前に不審な荷車が残されていました。轍はこの本邸の西200メートルほどのところから続いています」
その報告を聞くとブリジットは立ち上がった。
「案内しろ」
その目には何があってもボルドを取り戻すという強固な意志が光となって宿っていた。




