第39話 『怒りのブリジット』
「邪魔だ!」
目の前から襲いかかってくる3人の女戦士たちをブリジットは容赦なく斬り捨てる。
屈強な体格の女戦士らは全員、ブリジットが閃光のごとく振るう刃に首すじを深く斬り裂かれ、盛大に血を噴き出しながら倒れて息絶えた。
皆、赤毛で褐色肌の女たちだった。
降りしきる雨の中、奥の里が燃えていた。
ブリジットが亡き母たる先代の墓前に供えた花を回収に向かっていたその時、唐突に里から火の手が上がったのだ。
即座に異変を察知したブリジットが走って戻ると、本邸の近くでいきなり数人の女たちに襲われた。
皆、赤毛で屈強な体格を持つダニアの女戦士そのものだが、ブリジットが一度として見たことのない顔ばかりだった。
もちろんブリジットとて部下たちの顔をすべて覚えているわけではないが、部下たちはすべてブリジットの顔を覚えている。
そのブリジットに刃を向けてくるのだから、その女たちは明確に敵なのだ。
ブリジットはすぐに悟った。
これは分家の襲撃だと。
「ボルドが危ない!」
幸いにして本邸に放たれた火はすでにシルヴィアや小姓らが消火活動を行っていて最小限に消し止められていた。
雨が降り続いていたことも不幸中の幸いだった。
そして本邸を守るために急きょ駆け付けたベラとソニアがシルヴィアらを守るべく武器を手に周囲を警戒している。
「シルヴィア!」
消火活動を行っていたシルヴィアは真っ赤な顔でフゥフゥと息を上げていたが、老体とはいえさすがにかつては戦士として鳴らした頑強な体はまだまだ動けるようだった。
だが、彼女はブリジットを見るとその顔に悲痛な色を滲ませる。
それを見たブリジットの背すじに悪寒が走った。
「ブリジット。ボルド様が……」
「ボルドがどうした? まさか……」
ボルドが何者かに殺害されたことを予想してブリジットの顔が鬼のように険しくなる。
だがシルヴィアは首を横に振った。
「いえ……どこにもおられないのです」
「な、何だと……? リネットは……リネットはどうした!」
ボルドの護衛にはリネットがついている。
たとえ分家の女たちに襲撃されたとしても、あのリネットがそうそう簡単に死ぬとは思えなかった。
だがシルヴィアの答えはブリジットの考えの及ばないものだった。
「リネットも……姿が見えません」
シルヴィアの話に一瞬、呆然と立ち尽くすブリジットだが、すぐに気を取り直して号令をかける。
「2人を探せ! 捜索部隊をすぐに編成せよ! それと全ての者に頬に紅の十文字を入れろと伝えろ! 敵味方混同しないためだ!」
そう指示を出すと、近くにいた女戦士らが即座に動き出す。
それを見送るとブリジットは駆け寄ってきたベラとソニアに声をかけた。
「分家の奴らとやり合ったか?」
「ああ。ここに来るまでにアタシもソニアも2人ほど倒した」
ベラとソニアはそれぞれ戦闘で負傷したようで、ベラは肩から血を流し、ソニアはこめかみを赤く腫らしている。
分家の者たちとの戦闘行為は、この2人に手傷を負わせていた。
それだけ敵の腕も確かだということだ。
「敵で生きている奴は?」
「1人だけ捕らえた。だが、そいつは毒袋を噛んでもう虫の息だ。じきに死ぬ」
ベラの話にブリジットは舌打ちをした。
捕虜になることを許されていない決死の特攻隊がすることだ。
敵は十分に準備をし、覚悟を持ってこの襲撃に備えていたのだ。
雨の音が強まる中、ソニアが珍しく声を張り上げた。
「こっちにも被害が出ている。もう十数人はやられた。奴ら、アタシらと同じ顔だからな。何食わぬ顔で近付いてきやがった」
夜の闇の中、しかも強い雨で視界が悪いことが災いした。
同じ色の髪と肌を持つ分家の女戦士たちを見分けることが出来ずに、十数名の同胞が不意を打たれて命を落としたのだ。
ブリジットは己の甘さに拳を握り締める。
敵の襲撃がいつあるかもしれないということは、数日前から分かっていたことだ。
母が死に、自分自身が腑抜けていたように、里全体が油断に包まれていた。
敵は喪に服して襲撃を待ってなどくれない。
おそらく何らかの手で先代の死を知り、葬儀が行われた直後のこの時を狙って襲ってきたのだろう。
その結果としてボルドは敵の手に落ちてしまったかもしれない。
ブリジットは拳を握り締め、押し殺したような声を漏らした。
「母上に誓ったというのに……必ずボルドを守り抜くと」
もしボルドが父バイロンと同じ目にあってしまったら……。
そう考えるとブリジットは焦燥感と激しい憤怒に心が爆発しそうになる。
だが、彼女は自分に言い聞かせた。
自分はダニアの長だ。
長が焦って浮足立てば、それは一族の者たちすべてに伝わってしまう。
冷静に……そして非情になれ。
そう心に念じてブリジットは深く息を吐いた。
「ベラ。ソニア。我らはここで里を守ることを第一に考える。夜明けまで警戒態勢を続けるぞ」
小姓が持ってきた頬紅で自らの頬に十字を描いているベラとソニアは、ブリジットの話を聞いて息を飲んだ。
それはボルドの捜索よりも里の防衛を優先するということだ。
長として当然の決断だったが、ブリジットがボルドを大切にしていることを知っているベラとソニアは彼女の覚悟を前に、張り詰めた緊張感をその顔に滲ませて頷くのだった。




