第3話 『契りの夜』
「今すぐにアタシを見ろ」
有無を言わせぬブリジットの口調にボルドは顔を上げた。
そこには何も身に着けず、白い素肌を晒したブリジットが立っている。
背が高く筋肉で引き締まった体だが、大きな乳房と腰の曲線は女性のそれだ。
思わず目を逸らしそうになるボルドだが、ブリジットはボルドが視線を外すことを許さない。
「ボルド。おまえを生かすと決めたのはこのアタシだ。この先、アタシの命令に背くことは許さん。何があっても我が意に従え」
静かな口調ながら強い意思の込められたその言葉にボルドは圧倒され頷いた。
生まれた時から女王の系譜として生きてきたブリジットの威厳に、人生の大半を奴隷として過ごしてきたボルドが逆らえるはずはなかった。
「来い」
それだけ言うとブリジットは居室の奥に歩いていく。
この一際大きなゲルは今いる広間の東西南北にそれぞれ1つずつ合計4つの小部屋が存在する。
大きなゲルに小さなゲルを繋いで作ったものだ。
ブリジットはそのうちの南側の小部屋の入口に垂れた暗幕をどけてその中に入って行った。
ボルドもそれに続いて立派な絹糸の暗幕をどけて部屋に入る。
そこは大きめのベッドが置かれた寝室だった。
ベッドの上には分厚い紫色の掛け布団が掛けられ、その全面には金色の豪奢な刺繍が施されている。
だが、そのベッドには変わった細工が施されていた。
大きな枕が2つ並べられたベッドの頭側に一本の木杭が立てられている。
そしてベッドの両脇には2人の小姓が控えていた。
「こっちだ」
「あっ……」
ボルドはブリジットに手を引かれ、ベッドの上に投げ出された。
柔らかなベッドの感触に包まれるボルドに2人の小姓がサッと近付いてきてスルスルと彼の夜着を脱がせていく。
ボルドは反射的に抵抗しそうになったが、目の前でブリジットが眼光鋭く彼を見据えていたため、あきらめて従った。
そうして衣服を全て脱がされると、ボルドは木杭を背に座らされた。
小姓らは麻縄を取り出してその一端でボルドの両手を縛り、もう一端を木杭に縛り付けてボルドの体を固定した。
ボルドが木杭に背をつける格好でしっかり固定されているのを確認すると、小姓らはサッと退室して行く。
寝室で2人きりとなると、ブリジットはベッドの上に這い上がってきた。
ボルドは目を見開きながらわずかに体を震わせる。
だが先ほどから異様に体の中が熱く、特にそれが下半身に集まってきていた。
美しいブリジットの裸体を目の前にしたからというだけでは説明がつかないほど、ボルドの下半身は男の欲望でたぎっている。
昼間、体を洗われた女たちに揶揄された時とは大違いだ。
それを見たブリジットは満足げに目を細める。
「食事の効果が出てきたようだな。我がダニアに連れ去られた男たちは恐れのあまり寝屋の中で縮こまってしまう者も少なくない。それでは興ざめなのでな、あらかじめ食事と茶に含ませてておく。体が熱かろう? よく効いているようだな」
その話にボルドは先ほど飲んだ不思議な茶の味を思い出す。
食事の中にもそうした作用のある薬のようなものが混ぜられていたのかと思うと、寒気を感じて恐ろしくなる。
だがそんな彼の思いとは裏腹に体は熱く、痛いほどにたぎっていた。
ブリジットはボルドの目の前に膝立ちとなると彼の黒髪に触れる。
その目にどこか感慨深げな色が滲んだが、それもほんの一時のことだった。
彼女はボルドの胸元に口をつけるとゆっくりとその肌に舌を這わせていく。
ボルドは突然襲い来る刺激に思わず声を漏らした。
「あううっ……」
「ダニアの女は決して男に抱かれぬ。男を抱くのだ。ボルド。情夫としてこのアタシに抱かれること。お前が残りの人生でなすべきことはそれだけだ。肝に銘じろ」
ボルドの反応を見ながら満足げに顔を歪め、ブリジットは甘噛みをする獣のように彼の体をなぶっていく。
そして座ったまま彼の上に跨がると、ゆっくりと腰を沈めていった。
その瞬間だけ、ブリジットは顔を強張らせる。
緊張しているような、わずかに恐れているようなそんな表情だった。
外から聞こえてくる宴の声もどこか遠くの出来事のようにボルドには思える。
ボルドはなすがままにされながら、ブリジットの濡れたぬくもりに包まれて無我夢中で契りの夜を駆け抜けていった。